2話 あの日の轍
あの日以降俺は、父と碌に話していない……
母ともどう接すれば良いのかわからない……
あの日から俺の居場所が無くなったような……そんな感覚だけがあの家にはあった。
だから俺は大学入学を機に一人暮らしをすることにし、姉さんの事件を調べるために心霊研究家を名乗り古いアパートの一室で暮らしている。
薄暗い部屋の中に、散らかる資料と、
一冊のノートには
ー幽霊は存在しない、ただの現象である。ー
そして、その中には決して犯してはいけないタブーがある。
ピンポーン!
部屋にインターホンが鳴り響く…
「はーいどうぞー」
どこか気だるげな声で出迎える。
「あのー、こちら心霊研究家さんの事務所で
合っていますか?」
「はい、心霊研究家の修二と言います。
本日は、どんなご用件で?」
「ちょっと相談したいことがあって……」
「どうぞお座りください、何か飲みますか?
コーヒーしか出せませんけど……」
俺はコーヒーを注いで、椅子に腰掛けた。
「話をどうぞ。」
「あ、はい。
私はアパートで大家をして生活しているんですけど、
ここ数年でアパートの住民が1人もいなくなってしまってねぇ
みんな黒い子供の幽霊が出る、
夜にベランダ窓をドンドンと叩かれる
と言って、出ていってしまった。
成仏出来てないんだろうなと思ってねぇ
お坊さんにも頼ってみたけど効果がなくて、
そこであなたの噂を聞いてね、お願いしたいのよ。」
まるで状況があの時そっくりだ……姉さんが起きなくなってしまったあの日、あの場所に……
「わかりました。
その依頼……引き受けましょう。
ただ一つだけ、あなたに伝えておかないといけないことがあります。」
「幽霊は存在しません、あるのは現象だけです。」
「現象を紐解くためにも大家さん、
住民が居なくなるまでの流れを、教えていただけますか?」
大家さんは変な人だな言いたげな顔をして、
「はい、あれはそうね。
8年前に親子が引っ越してからと言うもの、
毎日怒鳴り声や泣き声がしてね。
あれから1年くらい経って、
異臭がするから警察を呼んで、部屋を調べると
子供が……死んでたのよ……
今更だけど、今もあの部屋に取り残されているならなんとかしてあげたいと思ったの……
周りにも幽霊アパートなんて言われてるし、
もしそうなら
成仏させてあげたいの、だから……」
「お話の途中すみません!もう十分です。
と言うよりこれ以上は話さない方が良い」
大家さんの話を遮り、話を進めることにした。
「では、部屋の鍵を貸していただけますか?
今日の夜に部屋を調査しましょう。」
「わかりました、お願いしますね。」
ーー夜
大家さんから預かった鍵も持ち、部屋の前に立つ。
今回の現象は、あの時と条件が似通っている‥
はずだ。
ガチャ、
埃が舞い…月明かりの差し込む部屋……
いやでも、あの日の部屋の光景彷彿とさせる……
外に風は……吹いていない……
なのに……
ドン!
ドン!ドン!
ドン!
音は部屋の中からする……
窓際に"影"がいた……
そしてこれは幽霊なんかじゃない……別の何かだ……
そして、何故か俺はあの日から“影”が見えるようになってしまった。
あのときは何も知らなかったけど、
この現象と対面する際のタブーがある
一つ名前を言ってはいけない
一つ物語を語ってはいけない
一つ感情を投影してはいけない
これさえ守れば、安全に仕事を終えることができる。
最低限のルールだ……
部屋の窓際にいる不定形の“影”を見つめる……
影は腕ような膨らみを形成し始めていた……
まずいな……大家や周辺住民の噂が、形をなすための情報を与えてしまっている……
その事象を目にしていると……
「姉さん…」
このまま放置していたら……あの時みたいに…
ドン!
ドン!!
いや、誰かが止めないと、必ず起きてしまうのか?
そう考えていると、俺は口にしていた。
「こ……ここは君の居場所じゃない」
言った瞬間に気づいてしまった……
自分が……タブーを侵してしまったことに……
……悪寒がする。
ドン!
ドン!ドン!
ド!
音が止み、影はこちらゆっくり向いた。
「しまった!」
目を瞑り、耳を塞ぎ、必死に意識を逸らす。
ドクン!ドクン!ドクン!
ドクン!ドクン!ドクン!
と自分の心臓の音が聞こえる。
目を開けるのが怖い!
姉さんみたいになりたくない!姉さんみたいになりたくない!
だって!俺は……まだ!
それから、どれくらい経っただろう……
瞼を上げ“影”がいた方向を見る。
影は少しずつ、不安定な“影”に戻っている。
「…………助かった?」
その後も目の前の影を観察し続けたが……
朝になっても“影”は消えていなかった……
ーー翌朝
「何かあった?」
「いえ……何もなかったですよ。
調査結果はまとめてまた後日郵送で送りますね。
では、俺はここで失礼しますね。」
俺は事務所へと戻り、ノートに記入する。
俺はこの事象を、止めたかったんじゃない
本当は‥また同じになるのかを試したかったんだ‥
――でも次は、止められる。
そう確信して、俺はノートを閉じた。




