最終話 1997年のコピー&ペースト・1
音楽とか小説とかは何が評価基準になるのかが全く分からない。例えば学校のテストだったら正しい答えを書けばいいいし、仕事だったらノルマをこなしたり納期に間に合わせたりっていう分かりやすいOKサインがあるけど、音楽にはそういう客観的指標がない。
――美人コンテストとか料理の大会とかも。
そういうものの一位と二位と三位の違いが我々には分からないわけで。でも、客観的指標がないというなら、そもそも我々は基本的に客観的指標の存在しない世界を生きているわけですね。
――なんかいいな、とか、なんか嫌だ、みたいな。
そういうことでいろいろなことが決まってしまうのが、結局のところ人間社会。だから、あとはもう運でしかない。応募要項を順守してレーベルのカラーに合いそうなものを作って、やることをやるだけやったらあとはもう人事を尽くして天命を待つ。それからできることがあるとすれば、祈ることしかできない。自分は運のいい人間だ、自分は今回素晴らしい凄まじい幸運を発揮することのできる人間だ。
――最後は信じることが全て。
音楽とか小説とかって、テストとかノルマをこなすとかっていうのと違って、努力がダイレクトに結果に直結しない。一生懸命頑張ってもダメなものはダメだし、適当にパパッとやってもOKならOKだし。学校のテストとかは、もちろん根本的な大前提だけど、通常、努力の仕方さえ間違えていなければ一生懸命頑張れば百点が取れる仕組みになっている。そもそも先生というか問題作成者だって生活があるから、できるだけ多くの生徒に高い成績を納めてもらわなきゃ困るわけで。
――仕事ですしね。
そう。だから結局のところ、成功者の成功の秘訣なんて所詮結果論に過ぎない。あらゆる要素が複雑に絡み合っての、今です。
――勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。
でもそれにしても、やっぱり、クリエイターとしては”相手を楽しませよう”っていう発想は不可欠だと思いますよ。そして自分は自分のお客さんたちに対して一体どんな価値なら提供できるのか……それはこれからもずっと探求し続けていきます。
放課後の教室で「メロディアス・マガジン」を読んでいた雅哉に気づき、理一は彼のもとへと近寄った。
「よう古屋。メロディアス・マガジン?」
「新山一斗の一万文字インタビューが載っててね」
「ファンなんだ?」
「割とね。どんなこと言ってるんだろうと思って」
「どんなこと言ってた?」
「まあいろいろ語っていたけれど……」
「何か思うところが?」
「新山一斗、まだデビューして数年経ったばかりなのにこんなに音楽とか創作とかを語っちゃってて大丈夫なのかなって」
「それ、おれも読んだけど、でもなかなか本質を突いてるとは思ったけど?」
「言ってもまだ二年目の新人だ。いくらブレイクしているからってちょっと安心しすぎだと思うね」
「まあ確かに五年後そこに立ってられるか分からないっていうのは分かるけど」
「今後十年後二十年後、そのとき新山一斗がどこに立っているのか。そのとき彼がどんなことを言うのか。そのとき彼はこんな”悠長なこと”を言っていられるのかどうなのか。そんなことが気になったインタビューだったかな」




