第八話 忘らるる想い・1
やっぱり自分が成功したなんて思えない。いつまでやれるか分からないから。
「ああ、大和田くん。君も来たの」
と、病院の近くの公園でベンチに座っている佐都紀が剛にそう声をかけた。
「だいぶ待つみたいなので、いったん外出することにしました」
「そうか。どうぞ」
佐都紀に座るように促され、「ありがとうございます」と言いながら剛と彪は座る。
「息子さんは」
ふふ、と笑いながら佐都紀は答えた。
「蟻の巣を観察しているよ」
「変わった子ですね」
「そうだね。彪くんも行くかい?」
そう佐都紀に声をかけられ、しばし沈黙していた彪は、やがて立ち上がって佐都紀の息子の方へととてとてと歩いていく。二人で座り込んで、じっと地面を見ている。その様子を見て剛も微笑んだ。
「ASD同士は相性がいいなんて本に書いてありましたが」
佐都紀は首を振った。
「あの二人が、相性がいいんだよ。みんながみんな必ずしも仲良くなれるわけじゃない」
「もちろんです」
「学校はどう? 大和田くんは」
「おれは、まあ、音楽部がいい感じで」
「ドラムを叩くんだよね」
「担任で、顧問の先生が、元ドラマーだったみたいで。教えてもらってます。何とか仕上がってきてます」
「青春だなぁ。ぼくも高校生になりたいや」
「いろいろ大変ですけどね。おれ、勉強はできる方じゃないし。体育とか家庭科は割とばっちりなんですが」
「就職希望なんだろう?」
「そうなんですけど、やらなきゃいけないことには違いないですし。今は期末テストの勉強で手こずってます。ああ、そろそろ部活も休止になるなぁ」
「今は音楽のために通ってる感じかな」
「まあ、そういう感じなのかな……彪も楽しいこと、あるのかな」
座り込んでいる子どもたちを二人で見つめる。
「何か得意なこととかはあるのかい。彪くんは」
「特に何もないみたいで。家に帰ったらゲーム三昧ですし。息子さんは?」
「手芸が得意でね」
剛は意外そうな顔をした。初耳だった。
「そうだったんですね」
「将来的には、裁縫関係とか、そういう仕事に就けたらいいんじゃないかなと思っているよ。障害者雇用でそういうのがあったらいいんだけどね」
「特殊な能力を持っているんだなぁ。そういう話、よく聞くけど。彪は特に何もなくて……」
「一応、福祉士として、障害のある人と日常的に接している身としては」
と、突然冷静な声色になった佐都紀に、剛は何だろうと思う。
「何でしょう」
「特殊な能力を持っている障害者って、実際にはとても少ないんだよ。あったとして、社会的に実用性のあるものとは限らない」
「ああ。アスペルガーのミュージシャンが特別目立ってるだけで、みたいな」
「そう。アスペだからといって芸能関係の才能を持っているわけじゃない。障害があるが故に特殊な才能を持っている――ということは、ないんだよね。そして――ぼくの施設の利用者さんにも、小説を書いているって人がちらほらいるけど、みんながみんな成功できるとは限らない……。あるいは才能を持っているということと稼げるかどうかは関係ないんだ」
「彪も、集中力は凄いけど、勉強とかには活かせないっぽいしな。ひたすらゲームの集中力だけ」
「でも、彪くんは、いい子だ」
佐都紀の笑顔が眩しかった。
「そうです。彪はいい子です。素直だし、真面目だし、優しいし。自慢の弟です」
「だから、それでいいんだよ。それが何よりなんだよ」
剛は微笑む。
「そうですね。そういうこと、周りの人たちにもっとわかってもらえたらいいんだけどな。友達はいるみたいだけど……社会に出たらどうなるか。それが心配で」
剛の言葉を受け、参考になるかわからないけど、と前置きして佐都紀は説明を始めた。
「例えば、ぼくの息子に障害があることは事実で、それは周囲の人たちにできれば理解してもらいたいし、できる範囲での配慮をしてもらわないと困ることなんだけど、ただそれは、例えば仕事とか実際の作業をする上では関係のないことなんだよね」
「そうですね。仕事ですし。お金を稼ぐんだし」
「でも、赤の他人なら仕方がないと思う。わかってもらえなくても。だからせめて、ぼくや奥さんはわかってあげたいと思う」
しかしここでシンプルな疑問が浮かぶ。
「でも、親にも限界があるのでは? 人間である以上」
「でも、自分が生み出した以上――逃げてはならない」
気がついたら佐都紀の表情は真剣そのものになっていた。
「……」
「もちろん、これなら児童養護施設で育った方がずっといいっていう家庭もあるだろうけどね」
それは極端な例なのではないだろうかと思ったが、しかし、親であることから逃げる、となると、それはそういうことにも繋がるのかもしれない、と、何となくそんな風に剛は思った。
彪とずっと仲良し兄弟でいたいな、とも、思った。




