第七話 約千をこえて・6
「久しぶりだけど、二人とも元気そうで良かったよ」
智也の言葉に春樹も優作も、そうだな、と答える。
「たまに会ってるけど、今回なかなか久々だ」
「春樹くん、忙しいしね」と、春樹の言葉を受け優作が言った。「仕事はどう」
「まさに今、繁忙期でね。忙殺されてるよ」
「お疲れ様」
「二人は?」
「おれは大変だけど、忙殺はされてないかな」と、智也。「利用者さんとコミュニケーションを取るのは単純に楽しいし、興味深い。でも、やっぱり従業員同士だったりが、まあまあまあ」
「トラブルでも?」
春樹の質問に、うん、と答え、智也は説明する。
「今、うちと交流のある地活でスタッフが育休中でね。うちのスタッフが特例の派遣で、週3で臨時勤務しに行ってるんだが、これがなかなかどうして……利用者からの不満の声は出ていないけど、単純に実力不足なのが見ていてわかる。向こうではうまくやれているんだろうかと思うと、ちょっとね」
「優しい師匠だ」
「管理者だからな」
「智也くんが”管理者”とはねぇ」ふふ、と優作は笑った。「あれだけ自由人だったのに」
「自由人なのはそのままだと思うがね。やっぱりこう、おじさんだから」
「まあここ三人は確かにアラフォーのおじさん集団だが。馴染みの喫茶店とはいえおじさんが三人っていうのは客観的に見てどうなのだろう」
「いやいや春樹くん。本来の喫茶店の使い方だろう」
「ここはどちらかといえばカフェだからな」
「こだわるね相変わらず」
「いや」
と、春樹はコーヒーを飲む。
「新山は、凄いな」
「ほらこだわってる」
「いや」
「おれはさておき。まあおれはそもそもミュージシャン志望ではなかったけれど」と、優作は言った。「二人は結婚して子どもがいて、守るものがいるんだから。それでいくとどうやら独身らしい新山は無我夢中に夢が追えているのは道理だ」
「それはわかってるがね」
「たまちゃんのことを後悔でもしているのか?」
「いや智也。そうじゃない」と、即答できっぱりと否定した。「在学中に理一が生まれたことは何の後悔もしてないし、珠枝のせいで夢がダメになったなんて思ってないよ。本当に珠枝には感謝しているし、理一は自分の命より大事だ。自分の命より大事なものができておれは物凄く幸せな人間だと思っているよ」
「それはそれ、これはこれ、だろう」と、優作。「あれだけの才能があって」
「結局、仕事としての活動はしていないんだから、仕事としての才能があったかどうかは結局わからんよ」
「それはそうかもしれないけど」
「たまちゃんはなぁ……早かったなぁ」
三人の間に、しばし沈黙が走る。
優作が口を開いた。
「もともと乳癌だったんだろう? 若かったから、相当進行が早くて」
「そうなんだ。だから……むしろあの子の方が後悔してないだろうかと」
智也も優作も「違う」と声を揃えた。智也は言った。
「それはないよ。好きな男と結ばれて、子どもが作れたんだ」
「それはそうだと思うけれど」
「横山さんは、結局、予測通りになっちゃったね」
何のことを優作が言っているのかがすぐにわかった二人はちょっと苦笑した。
「〈サイド・マウンテン〉ね。わたしは予測したことが全て外れて想定外の出来事を引き起こす能力を持っているって言ってたね。ただし――既定事項は動かないと」
春樹はちょっと天井を見上げる。
「要するに予測が甘いというだけのことなんだがね。あいつはちょっと世間知らずなところあったし。純粋と言えばそうだったわけだけど」
「期待が多かったな、とは思うよ、横山さん。良いことは自分にとって都合のいいように期待してたきらいがあったね。悪いことに関しては本当に生々しくリアルって感じでむしろ非現実的、むしろ起こってほしいのか? みたいな」
「でもさ諸君。期待をしなければ素敵なことは起こらない」
そんな智也に二人は、頷く。
「まあそれはそうだと思うが。おれも生徒たちに結構、いい思いをさせてもらっていたりするし。期待をしていなかったら、うまくはいかないんだろうなと思うよ」
期待をしていなかったら、うまくはいかない。
……また何かが引っかかった。
何だ? 何が引っかかっている? 期待をしていなかったらうまくはいかない……何だろう。今の自分自身のセリフが何か気になる。先日の雅哉の言葉から、いや、亜月の愚痴から、何かがずっと気になっている。そういうものが自分の中にある――。
しかし目の前の二人との会話に注目することにする……。
そんな優作の心の内などむろん読み取れるわけはなく、智也は言葉を続けた。
「だからといって予測通りにはいかないのが人間でもある」
「その言う通り」
ふう、と、春樹は小さくため息をつく。
「珠枝が、何かの奇跡が起こって、回復するんじゃないかなってね。でもこれも、期待のしすぎで予測が外れたのかもしれない。珠枝的に言えば〈サイド・マウンテン〉発動、それがつまり、“世界の必然”ってね」
はは、と、三人で笑い合う。
やや、乾いた笑いだった。




