第七話 約千をこえて・5
「うん。いいと思うよ」と、演奏を終え、理一はそう呟いた。「『ステイ・ゴールド』はとりあえず完成かな。あとは育てていく感じというか」
「おっけー。いやぁ、良かったー凄い気持ち良かったー」と、純輝が晴れ晴れとした表情で言った。「ハイスタができることになってマジ嬉しいよ。本当みんな、ありがとな」
「とんでもない。ぼくも好きになってきたし。みんなはどう?」
雅哉の言葉に、剛も亜月も頷いた。
「いい曲だね。青春! って感じ」と、亜月。
「難しいけど、爽快感はあるな。達成感も凄いし」
「大和田は本当に向上心が凄いなぁ」
「よせよ猪瀬」
「いやいや。で、あと四曲ね……間に合うかな」と純輝は楽譜をぱらぱらとめくる。「とりあえず一曲完成させて成功体験を積むっていうのは成功したようだけども」
「なんとかなるさ。なかなか本気になってきたし。何よりみんな、どんどんうまくなってるし、大丈夫。ピアノもなかなかうまく編曲できたしな」
理一の言葉に純輝の顔がぱぁっと輝いた。
「いいね瀬戸! 将来はミュージシャンかな!?」
「そこまでの才能はない」
「あらま。目指してもいいと思うけど?」
「自分では、音楽で食っていけるほどの腕じゃないとわかってるからな。猪瀬は?」
「まあそれはおれも同じっちゃ同じだけどね。芸能界にそんなにときめきないし」
「仕事としてやるってことを考えたら、やっぱり難しいだろうなと」
「仕事といえばそろそろバイトをして夏休み期間スタジオを借りられるようにしなければ。もうしばらくしたら音楽室使えなくなるし」
「おいおい猪瀬」
と、そこで優作が割って入った。
「だから、もうしばらくしたらく期末テストだぞ」
「だからテストが終わったらってことですよ~」
「怪しいな」
「いやいや」と、笑いながら首を振った。「勉強ちゃんとしてますし」
「それならいいけど」
言いたいこともなくもないが、とはいえもちろん優作は純輝が真面目な生徒であることは理解しているので、とりあえずこのまま言葉を紡ぐのはやめることにした。
純輝はメンバーと向き合った。
「とりあえずアプリは入れてみたけどね。日雇いのバイト」
「やっぱり即日入金がいいな」と、理一。「テストが終わってから働くんじゃ、スタジオ代の支払いに間に合わないし」
「どんな仕事にしようかな~。おれ何とな~く仕事っていうと会社勤めのイメージしかなくてね。パソコンカタカタ書類書き書きみたいな。でも、アプリざっと見てたら、世間知らずって言われるかもしれないけど、ああ世の中にはいろんな仕事がいっぱいあるんだなぁって思うんだ」
「それはぼくも同感だね。ぼくも求人誌で、ああ世界は誰かの仕事でできているって本当なんだなと思ったもの」
「古屋は何でファミレスのウェイターにしたの?」
「人と関わるのが好きだから、活かせないかなって。実際、苦痛ではないよ。大変だけどね。そのうちみんなも来てね」
「うん。いいねいいねぇ。しかし古屋だけを当てにはできんからな」
「何かいいバイトはないかと、おれも探してるよ」
「おれもだ」理一の発言を受け剛も答える。「家計の助けにもなるといいしな」
「勤労少年である」
「よせよ猪瀬」
「いやいや」
「……みんないいな。バイトできそうで」
と、そこで、ちょっと静かな声で亜月がそう言ったので、五人は、ちょっと同情した。
「小津野さんの親御さんの許可が出そうな仕事も探してみてはいるんだ」と、雅哉が声をかける。「お母さんが納得しそうな、理解を示しそうな」
「あるのかなぁ。そんな仕事って……」
「最終的にはお母さん次第だけど、でもバイトがしてみたいっていうのは、高校生としては夢見るところではあると思うし、負担だって感じなさそうな仕事を探してるよ」
「ありがとう古屋くん」
亜月はふう、と、小さくため息をついた。
「親にとってわたしって何なんだろう」
「そりゃ大切な存在だろうよ」
純輝の即答に、一同は、やはりこいつは凄い、と思う。一切の間がなかった。
ちょっと目を丸くして、亜月は、しかし続ける。
「それは分かるんだけど。そうは思うんだけど」
「それならいいんじゃないか」
「うーん……いろいろ考えちゃうの。いろいろ。親のことはちゃんと好きだけど、いろんなことぐるぐる考えちゃうの。何であれもこれもダメなんだろうって。でも心配してくれてるの分かるし、不安な気持ちにはもちろんさせたくないし、でもわたしはわたしだし、好きなことがやれたらいいなと思う。でも、親のことがちゃんと好きなのは確かだし、何かぐるぐるしちゃう自分が悪い人間っていうか、嫌な人間みたいな気持ちになって……」
「それが愛なんじゃないかな」
雅哉の即答に、みんな目を丸くする。もちろん亜月が一番目をまん丸にさせた。
「愛?」
雅哉は説明する。
「そうだよ。ぐるぐるしちゃうっていうのは、愛なんだと思う、ぼく。だってもし嫌いだったり憎んでいたりしたら、そんなにぐるぐるしないと思う。好きに不思議の好きはあっても嫌いに不思議の嫌いはないよ」
「どこかで似たような格言が」はは、と笑いながら純輝が続ける。「でも、うん。おれもそう思うよ。小津野さんはちゃんと親のこと、好きだと思うし、好きなはずさ。古屋の言っていることってまさにその通りだよ」
「……ありがとう。二人とも」
「じゃ、まあ、『マイ・ファースト・キス』の音合わせをちょっとしてみようか」
そう言った理一の言葉を皮切りに、フォレストは一丸となる。
あと四曲を完成させなければならない。
「先生もちゃんと聴いて、感想ちょうだいね~。何てったってこの中で唯一ハイスタのド世代なんだから」
「……」
返事がなかったので、純輝は今一度優作に声をかける。
「先生?」
「――あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「先生~。録音もしてるけどお客さんの意見を聞かせてよ~」
「ああ、うん。わかったよ。うん、さっきのはなかなか良かったし、よくできました」
「えっへん。では、行きますか! おー!」
「おー!」
フォレストは再び音合わせの練習に入る。
そんな中……優作は何かが引っかかっている。
何だろう。
今のこの子たちの会話に、何か引っかかるものがあったのだろうか。何が引っかかっているのだろう。
……やがて無意識で既に理解していることをはっきりと意識することになる。ただそれがいつになるのかはまだわからない。今はとにかくフォレストの演奏を聴くことを重視しようと、あまり深く考えないようにする優作だった。




