第六話 あらわしながら・5
すずかけ。
ある日の栄吉とゆかりの対話。
「うちの親は人としては普通にいい人だったし、尊敬できる人物だったんだけど、親としてはダメね。親の才能はなかったし、子育てに向いてなかった」
「子育てに向いてるとかあるんですか?」この質問は許されるはずだ。
「何にだって向き不向きはあるわけだから、それが子育てとて例外ではない」
「なるほど」相槌自体は不自然ではない。何か足りない気はするが。
またある日。
「いつまでも夢みたいなこと言ってないでとか、音楽じゃ食えないからねぇとか、趣味でいいじゃんとか、そうじゃなくて、頑張れって言ってほしかった。一生懸命頑張ってみたかったなぁ」
「辛かったですねぇ」ここはこれでいいはずだ。
「宇宙人と話してるみたいで。でもそれを言うなら向こうだってぼくと話してて宇宙人と話してるみたいって思ってたんだろうな」
「どうなんですかねー」否定はしていない、と、思うのだが。
またまたある日。
「でも例えば、夫が妻に誰のおかげで生活できてると思ってるんだって言うのは誰もが間違ってると思うと思うの。それはタブーだと。でもこれが親子だとそうはならないのはなぜかしら。やっぱり、親子神話みたいなものがあるんだろうなぁ」
「大変でしたねぇ」これが精一杯だ。“自分の意見”はご法度だ。わたしは家族と仲がいいけれど。
「ま、その臨時職員のお嬢ちゃんがね。まだまだ発展途上なのです」
診察室。ちょっと疲れたように、そしてやや救いを求めるように雪尋にそんな話をしてみた。
「地活とデイケアの違いだね」
「要は職員さんの当たり外れが大きい、と」
「とはいえ病院だろうが何だろうが百%自分にとって都合のいい安心安全な場所なんてものはないわけだけど。君も何だかいろいろ気苦労が多いね」
そう同情され、栄吉は「そうねぇ」と頷き、しばらく黙り、そしてやがて説明する。
「育休中のお姉さんと介護士のあんちゃんは、ただただ話を聞いてくれるんです」これは史生と佐都紀のことである。「同意しながら肯定しながら、ただただ話を聞いてくれるの。でもその臨時のお嬢ちゃんとおばさん職員さんは何かをくれようとしてくるのね」これはゆかりと澤部のことである。「それはとってもありがたいことで幸せなことなんだけど、ただ、どうもいまいち的確じゃないわけです。たまーにヒットはするんですけど。そこへいくと先生や山崎さんはただただ聞いてくれる一方で何かをくれるわけで、それが二人の場合、打率十割なんですよね」
「勉強不足で経験不足だね」
雪尋の即答に栄吉は特にびっくりしなかった。
「ばっさりぶった斬りますね相変わらず」
「それがぼくの仕事だからね。別にどんな仕事でもそうなんだけど、“働く”ってことは本当に日々の勉強と経験が大切なんだよね。有名大学を出ていようが現場に三十年出ていようが、勉強不足は勉強不足だし経験不足は経験不足なんだよ。忙しいからっていうのは勉強を疎かにしていい理由にはならないし」
「忙しくてぼくの小説を読む時間がないっていつも言ってますが」
「単に興味がないだけだね。読みたければ勝手に読むよ。読みたいんだから」
「ですよね」
まだまだ“お嬢ちゃん”なんだな。ゆかりのことはそう思うことにしようと思った栄吉なのであった。




