第六話 あらわしながら・3
「日置くん」
「海川さん」
海川家の墓の前で姿勢良く立っている航也の姿を発見し、史生は小走りでそちらへと向かっていく。
「お待たせ。久しぶりだね」
という史生に、航也は頷く。
「ちょっと痩せた?」
「太ったのよ」
「じゃあ、前より痩せたんだ」
ちょっと思い出す。前会ったのは半年前だ。
「そうね。確かに前、なかなか凄かったから」
「航太くんは、今日は?」
「ちょっと熱出しちゃって。旦那が見てくれてる」
「もう二歳だっけ?」
「そう。ようやく”赤ちゃん”から”幼児”って感じかな」
「じゃあイヤイヤ期かな?」
「なんだけど、大人しい子でね。手がかからないからそれがかえって心配で」
ふふ、と航也は微笑んだ。
「親って大変だな」
「そうよ。ていうかあなただってパパじゃない」
「うちはまだまだ産まれたばっかりだからねぇ。忙しくて、――っていう理由で育児に参加できない不甲斐ないパパですよ」
「”参加”はダメ」
「あ。――まだまだだ」
ふふ、と笑い合う。
もう掃除は航也が終えていて、あとは線香を焚くだけだった。というわけで航也はライターで線香の束に火をつける。
「煙草はやめたのよね」
という史生の質問に、うん、と航也は頷く。
「ようやくね。今、一年目。活動がだいぶ軌道に乗ったし、これはもう、音楽のためにいい加減やめなきゃってね。君は?」
「わたしも妊娠を機に。それに当時、月の煙草代が三万円を超えちゃってて……これはもうやめなきゃってタイミングで妊娠がわかってやめたよ。神様っているんだなって思ったね」
「神様ねぇ」
「そうねぇ~……航平は取られちゃったけどね」
ちょっとしんみりする。
「はい」
と、線香を史生に渡す。
「ありがとう。じゃ、わたしから」
「うん」
海川家之墓と彫られた墓石の前で、史生は線香を供え、目を閉じて両手を合わせる。しばしの時が経ったのち、「どうぞ」と言って航也と替わる。航也も同じようにする。
(今はどんな絵を描いてるんだ? おれがそっちに行くときにまとめて見せてくれよな)
などと思いながら、やがて目を開けて史生の方を振り向く。
「じゃ、恒例の”あれ”、やりますか」
「本当にいいのかしらね、この沖縄スタイル」
「このエリアに他の参拝客が来たら中断しよう」と言いながら航也はいつものように持ってきたちいかわのイラストのブルーシートを敷く。「航平だって、即撤退っていうのは哀しむぜ」
「まあそれはそうだろうね。あの子のことだから。お弁当作ってきたよ」
「悪いねいつも。デザートは買ってきたから。フィナンシェ詰め合わせ」
「日置くんの定番ね」
というわけでブルーシートの上に二人で座り、”沖縄スタイル”と呼ぶ二人の墓参りが始まった。といっても食事を取るだけと言えばだけなのだが。今のところ、これを始めてから、そのタイミングでこのエリアに他の参拝客がやってきたことはなかったので、今日もそうなるだろうと思い、二人はしばらくここで食事を取りながら雑談をするのがいつもの恒例行事であった。
「車じゃなかったら飲めるんだけど、まあさすがに酒はダメだな」
「そうねー。さすがにね。飲みたい気持ちはやまやまだけど」
「結構いける口なんだもんね」
「でもここしばらくずっと飲んでないかな。航太と旦那と三人で飲むのが結構夢」
「いい夢だ。おれんとこは女の子だからな~」
「あらいいじゃない。父と娘の晩酌」
「ま、君という例もあるか」
「航平は受け付けなかったのよね。3%のしか飲めなかった」
「あ、飲めたことは飲めたんだ?」
「興味を示しててね。どうぞって言って5%のを渡したらあっという間に寝込んじゃったからその日はなかなか大騒ぎだったけど」
「人騒がせだな、お前は」
はは、と墓石を見ながら二人で笑い合う。
「仕事はどう?」
という史生の質問に航也は答えた。
「ぼちぼちかな。今度、地元のフェスに出ることになって」
「凄いじゃない。ラジオも毎週聴いてるよ、『レッツ・トゥデイズ』」
「あざっす」
「なかなか成功した――と、言えるのかな? ミュージシャンとして」
うーん、とちょっと考え込んで、やがて説明した。
「まあそうね。全国区のメジャーアーティストにはなれなさそうだけど、まあ、結婚もしたし子どももできたし、これが一番収まりがいいかなって思ってるよ」
「やっぱり生活があるものね」
「守るものができた以上、一世一代の賭けにはもう出られないわな。ま、おれも立派なおじさんになったってことだよね。君と出会った時点でとっくにおじさんではあったけど」
「ようやく”おじさん”の自覚が芽生えた、と」
「そうそ。海川さんだって、さすがに自分を”おばさん”だと思ってるでしょ」
「そりゃ思うわよ。おばさん以外の何者でもないわよ」
「はは。――いやぁ、しかし、弾むし和むし」
「航平も参加してるんだろうしね~」
「そうだねぇ~」
二人で改めて墓石を見つめる。しみじみと。
「もうちょっと普通にね、長生きというか、してほしかったものだけど」
という航也に、史生としては「そうだねぇ」と首肯する以外にはない。
「それこそ今頃”全国区のメジャーアーティスト”になってたのかしら?」
「正しい英語のアーティスト」
「アートの人」
「いろんなとこに連れてってやりたかったし、航平の見せたいものをもっと見せてもらいたかったと思うよ」
「そうねぇ。遊園地とか海とか山とか、わかりやすいところはいろいろ連れてってあげられたんだけど」
「わかりやすいところ?」
「わかりにくいところもある」
という史生の言葉に興味を示した。
「例えばそれはどんなところ?」
「キャバクラとか」
航也は飲んでいた麦茶を吐き出した。
「キャ、キャバクラ?」
「どうしても行きたいって大騒ぎだったのよ。男だからしょうがないんだろうけど、でもまさかあの子がそういうお店に興味を示すとは思わなくて。絵以外は興味がないと思ってたから」
「男だからってキャバクラ好きとは限らないぞ」
「それは知ってる。ちなみにあなたの自己紹介は結構」
「へへ。で、その話、もうちょっと詳しく聞かせてくれよ。非常に興味深い」
「うん。それが――ああ、そう確かね、あの日の辺りで、『フォレスト』って言い始めたのよね」
「へえ。例の口癖? なおさら聞きたいなその話」
「うん。だから――キャバクラというところに連れて行ってくれって頼んできて、当然わたしたちとんでもない話だって答えたんだけど、どうしても行きたいどうしても行きたいって大騒ぎして、それで一家で行ったのね。本当どこから知ったのかしら……」
「一家でキャバクラ」
「まさかさすがに夜の街をあの子一人で出歩かせるわけにはいかないし。それで、ネットで検索しまくって、比較的優良店ということになっているお店をいくつかピックアップして、で、最終的にお母さんが選んで決めて――それで、その日、行ってきたのね。家族四人で。キャバクラに」




