第六話 あらわしながら・1
結局あなたは音楽で何がしたいの? ということを、直感的にでも自分で理解しておいた方がブレないで済みます。
「あ。地震だ」
音楽室。いよいよ音合わせが始まったフォレストだったが、一曲終えたタイミングで雅哉がそう言ったのでみんな怪訝そうな顔をした。
「今、揺れた?」
「揺れたよ。猪瀬くん、気づかなかった?」
「気づかなかったよ。みんな気づいた?」
四人も優作も口々に気づかなかったと言った。
「ぼく、感覚過敏なところがあるんだよね。感じやすいっていうか」
「やらしい男だ」
「あのね」
「予言だと明日、震度7の地震があるそうだが」
剛の発言に一同は口をあんぐり開けた。
「大和田くん、結構乙女チックなのね」
「災害のどこが乙女チックなんだ」
「そうじゃなくて、予言とか信じるんだね。意外。そういうの一蹴するタイプだと思ってた」
「何か気がついたら気になるようになっちゃってて、そうなるといちいちチェックするようになっちゃってて。予言とか馬鹿馬鹿しいと思うんだが、しかし万が一ってことがあるんじゃないかって。おれ、地震とか災害とか、嫌なんだよな」
「地震とか災害とかが好きな人なんている?」
「スピリチュアル界隈の人たちなんて結構好きそうだが」
そこで雅哉が「ああ」と頷いた。
「来ないでほしいとか言ってるけど、来てほしくて堪らないんだろうなみたいな」
「まさにその通りだ。だから馬鹿馬鹿しいとは思っているんだが……基本、毎週注意日だし。ただ癖というか、習慣になっちまってるんだよ」
恥ずかしそうに頭を掻く剛に、しかし純輝は冷静だった。
「予言もそうだけど、地震の予測とかっていうのは、相関関係が基本なんだよね」
「科学的じゃないね」
「古屋の言う通り。地震雲とか体感とか、そういうのは因果関係が証明されてないから科学的だと言うことができないんだよね」
「だから馬鹿馬鹿しいとは思っているんだが……」
「だからとにかく、科学者を自称している人もそうだけど、占い師とか予言者とかだって同じで、自分を何かの未来予測専門家だと思っているのなら実際にそうならなかったときは根本的に自分の手法を見直すべきだと思うね。自分のやり方は正しい、自分は絶対に正しいのだと思ってるからいつまでもどこまでも事態を正確に把握できないわけよ。それで例えばこの日に来ます、いや来週です、延長です、延長です、延長です、になるわけだね」
「いやに批判的だな」
という理一に純輝も頭を掻く。
「おれも馬鹿馬鹿しいとは思っているんだけども」
「なんだ。お前もそういう予言とかを気にするタイプなんだな」
「でもなんか気になるもんは気になるんだよなー。大和田もそうなんだよな。な」
「そうそう」
と、純輝と剛が頷き合うので、四人は半ば呆れた。
「……でも、今の説明、わたしちょっと別のことで頷けちゃった」
亜月がちょっと暗い顔でそう言ったので、雅哉はどうしたんだろうと思った。
「どの辺が?」
「自分は絶対に正しいと思ってるから、事態を正確に把握できない、っていうところ。わたしのお母さんも、小さい頃からあれやっちゃダメこれやっちゃダメ、危険だから心配だからって。お医者さんは大丈夫ですよって言ってくれてても」
雅哉はシンプルに同情した。
「仕方のないところはあるんだろうけど、小津野さんの気持ちはよくわかるよ」
「ありがとう古屋くん」
「そんなこと言ったら何もできないし、言われたことしかできなくなるし」
「そうなの。確かに、病気は病気なんだけど。それはわかってるんだけど。何といっても自分自身のことだし……でももうちょっと好きにさせてもらいたいなって」
「夢見る気持ちとか大切にしたいよな」
という純輝に、亜月は、くす、と笑った。
「ありがとう猪瀬くん」
ちょっと和ませるつもりのようだった。
「いやぁ、でも親に話す話じゃないのかもしれないけどな、夢とかそういうのって。やっぱり親って大概心配性なもんだと思うしさ、夢を追いかけるって多かれ少なかれハイリスクなことなんだもんな。でも、夢見る気持ちを忘れた大人にはなりたくねーなぁ」
そこで話を聞いていた優作が、はは、と笑った。
「君たちみたいな悪ガキどもを育てるのに必死で夢だの何だの言ってられないのさ」
「うう……耳が痛い……」
「小津野も、親御さんに不満があるのはわかるけど、ただ病気があることは間違いないから――」
「でもそんなの、健康的じゃないですよ」
どこか重たい口調でそう言った剛に、一同は注目する。
「大和田?」
理一の声が聞こえているのか聞こえていないのか、剛は続けた。
「通常の人間関係だったら、好きだからって大切だからって、だから何をしてもいいなんて理屈にはならないのに」
全員、静かになった。
優作は、それはそうだとは思ったが、しかし何と返せばいいのかちょっとわからないでいた。しかし教師として大人として、そして亜月の心臓に重大な欠陥があることで生活に制限がかかること自体は致し方のないことだと理解しているからには、亜月の母親に対する不満をそのままにしておくわけにはいかなかった。
「それは――」
「勉強不足で経験不足だね」
と、雅哉が優作より先にそう発言し、一同の顔に疑問符が浮かぶ。
「勉強?」
理一の怪訝そうな反応に雅哉は説明する。
「教科書とかペーパーテストとかじゃないよ」
「何となくわかるけど」
「これってどういうことなんだろう? とか、どうしてこれはこうなるんだろう? とか、つまり考えることそのもの。小津野さんのご両親としては『病気だから仕方がない』で、ちょっと止まっちゃってるんだろうね。でも生きることは止まらないこと。そして勉強とは、生きることそのもの」
「なるほど」
「――って、以前知り合いが言ってたんだ。知り合いっていうか、ぼくの主治医の先生が」
「主治医?」
「精神科に通ってるんだ。病気があるとかではないんだけど、いろんな話を聞いてもらってるよ」
「精神科って、何か特定の病気がなくても行っていいの?」
という亜月に雅哉はちょっと考えた。
「お医者さん次第なのかなぁって気もするけど、ただぼくのドクターなんかは、ちょっとしたことっていうのを放っておいたからうつ病とかになっちゃうわけだから、もっと気軽に来てほしいって言ってるね」
「ふーんそうなんだ」
「もうちょっと精神科っていうのが外科とか内科とかと同じようにポピュラーな存在になるといいなっていう風に思うな。ピンキリなんだろうけど、ぼくのドクターはピンだからそう思うんだ」
気がついたら雅哉を中心に話題が変わっていたので、優作の出る幕はなくなってしまった。
だから理解する。これは剛と自分が言い争いになりそうだったのを雅哉が止めてくれたのだと。つくづく頭のいい子で、頭の回転の速い子だと思う。
ただ、優作が不完全燃焼になってしまったのも確かだった。
「……」
小津野さんのご両親としては『病気だから仕方がない』で、ちょっと止まっちゃってるんだろうね。
五人の少年少女がいつものように談笑モードに戻る中、優作は雅哉の発したその言葉が、何だかちょっと気になった。




