第四話 説得力・6
「被害者が加害者を許さなきゃいけないっていうのがわからないんだよね」
「いや、いいお父さんお母さんだったじゃないか」
「優作にとってはね。ぼくも優作みたいに行きたい学校に行きたかったよ」
「おれが大学に行けたのはおれが努力をしたからで、兄貴が音楽の学校に行かせてもらえなかったのは兄貴が努力をしなかったからだよ」
「行けた」と「行かせてもらえなかった」を巧妙に使い分けているところが、この弟がぼくの話なんかハナから聞く気などないという証左。
だいたい、二年浪人、大学に四年、留年を二回して、院にまで行って。その八年間、毎月の仕送りが十三万円。
それでも優作は自分の努力で、自分の力で自分の人生を切り開いてきたと信じ切っているのだろう。
こっちは、ヒキニートだったのは論外かもしれないが、それでも親と一緒に暮らして結果的に老後の面倒を見てやったんだから、そこはもうちょっとありがたがられてもいいと思う。
思えばこの弟は不登校になってからこんな感じだ。それ以前はもっとかわいらしかったのに。どうしてこうなったんだろう。わかっている。「病気だから仕方がない」「また病気の兄貴が何か言ってる」という納得の仕方ばかりして、自分の側に問題があるなどという発想に決してなっていなかったからだ。でもそれは血族の連中みんなに共通している思考回路。公然と人のせいにできる、っていうのは幸せなことなんだろうと思う。それだけ自分の問題や、責任や、失敗や、罪と、真正面から向き合わないで済むわけだから。
いくらでもエピソードは出てくる。
例えば、高校生のとき。優作が、兄貴はしょっちゅう友達の家に泊まりに行けていいなぁみたいなことをぼくに言ってきたことがあるんだけど、でも優作はぼくを羨ましがるんじゃなくて親をおかしいって思うべきだったのだ。だって高校生が友達の家に泊まりに行くということでいちいち親とバトルになるだなんておれにはやっぱり理解できない。優作は適応力が高いが故に、親にうまく洗脳されていたんだと思う。
実際、大人になってから親に、結局のところぼくが友達の家に泊まりに行くっていうことの一体何が気に入らなかったの? と訊いたことがあるのだが、明確な回答は得られなかった。それが当たり前じゃないか、といった反応であった。そこに自分たちが過保護で過干渉であるという認識は一切ないようだった。
そう、要するに今さらながら過保護で、過干渉な親だったのだ。
同じ兄弟だっていうのに、随分と扱いが違ったものだった。
そんなようなエピソードならいくらでもいくらでも出てくる。例えば、あれはそう十三年前……。




