第四話 説得力・3
「ギターを持ってきたの?」
という智也の言葉に、理一は背中に背負っていたギターを下ろした。
「これ、親父ので」
「えっ。春樹の?」
目を剥いた智也と楓の前に、ケースからフェンダーのギターを取り出す。
「親父に、小津野さんの家に行くって話をしたら、それじゃこれでも持ってけって言われて……」
ギターを見て、二人ともどこかうっとりしていた。
「ああ……懐かしいなぁ。これは、あいつの……。ああ、こういうところ春樹、変わってないなぁ……」
「何ですか?」
智也は、ふふ、と笑い、やや説明する。
「微妙~なサプライズが好きでね昔から」
理一は目を丸くした。
「そうなんですか?」
「理一くんには特には?」
「父と息子の二人暮らしですし……」
そのワードで二人はハッとする。
楓はしみじみと言った。
「ああ。そうね……たまちゃんは、そうだったわねぇ……」
「たまちゃん?」
という純輝に理一は答える。
「おれの母さん。珠枝っていうんだけど。小さい頃に死んだんだけど」
「あ、そうなんだね。あれ。それじゃそのお母さんも、皆さんの?」
「同級生だよ。もちろん優作ともね」
「案外世界って狭いんだな」
「でも実際、どこでどう繋がってるかなんて、わかるまでわからないものだよ」と、雅哉。「例えばぼくがいつもお世話になってる美容師さんだって、もしかしたら猪瀬くんと共通なのかもしれないよ」
「まあ、それは、まあまあ、わかるけど。同じ街だしね」
「そう。同じエリアに住んでいる者同士だからね。同線を共有しているわけだから接近の可能性はより高まる」
「あーはいはいはい。そういうことになるのか」
「うちの親、どんな人でした?」
と、二人はさておき、そんな話題を何気なく振ってみたら、存外二人とも「うーん」と唸った。
「?」
「凄まじい才能を持っていた」
「?」
「春樹は、ヴォーカリストとしてもプレーヤーとしても、作詞家作曲家編曲家としての才能にも恵まれていてね。もちろん日々鍛えていた。ぼくと優作は学生時代のお遊びとしてスリーピースをやってたけど、春樹はプロを目指していたんだ。シンガーソングライターとしてデビューできるようにぼくたちも応援してた。天才だったからね」
理一は驚く。
「父が?」
「そんな話はしていない?」
「若い頃ギターをやってたってぐらいで。それで自分も父に習ってたんですけど」
「いろいろあって諦めてしまったんだけど、ぼくも優作も、楓さんもたまちゃんも、みんな、もったいないってずっとそう嘆いてたものだ」
「あら。わたしは瀬戸くんには堅実な道に進んでもらいたいと思ってたわよ」
という楓に、智也は、ああ、と気づいた。
「君はそうだったね」
「ミュージシャンなんてそんな夢みたいな話は学生時代限定にしたらってずっと言ってたしね」
「ま、それに背中を押されて諦めたわけじゃないとは思うけどね」
「それは同感よ。天才だけあって頑固な子だったから」
「父は、そういう奴だったんですね」
理一の呟きに純輝が乗っかる。
「親父さんとあんまり話をしないのかい、瀬戸は?」
「うん」と、理一は頷く。「でも、父と息子の会話なんて、そんなもんじゃないのか」
「父と息子の会話がそんなもんだったとしても、それに瀬戸家が従わなきゃならない理由はないだろ」
「いやあの、それはそうなんだけど」
「もっと話をしてみたらいいのに~。今聞いてた感じだと、瀬戸家の親子の会話って必要最小限、必要最低限なものばっかしなのかな~と思ったよ」
「それは間違ってないけど」
「瀬戸くん、無口なのは変わってないのねぇ」と、楓はしみじみと言った。「たまちゃんもそこが気になってたのよねぇ」
「いやいや楓さん、親の恋バナなんて子どもは興味ないだろう」
「あ、そうかもね」
実際興味がなかったので、理一はそこはスルーしたのだが、しかし、母・珠枝のことは気になるところだったので、そこを二人に質問してみた。
「母はどんな人でした?」
すると二人は、ふふ、と、笑い合った。
「?」
「かわいい子だったのよ~たまちゃん。本当に」と、楓はけらけらと笑った。「彼女の方がわたしより年上だったんだけど、わたし、お姉さん気取りでね」
「そうだったんですね」
「二人で智也くんたちのバンドの追っかけをしてたの」
「へえ」
「で、最終的にたまちゃんが選ばれたってわけ。懐かしいなぁ」
「まだ未練があるのかい」
と笑いながらそう訊く智也の背中をバンと強く叩いた。
「大昔のことなのよ~あなたまだ嫉妬してるの」
「まさか。青春時代の恋は一生ものだからね」
「?」
事情がよくわからない五人を前に、楓は堂々と説明を始めた。
「わたし、昔、瀬戸くんのことが好きでね~」
「えっ」
「昔のことよ~。ちょっとした片想い。で、振られる前にたまちゃんが選ばれて、まあわたしはこの智也くんと何とな~く結ばれたってわけ」
「何とな~く……」
亜月が神妙な顔をする。自分は何とな~くで産まれたのだろうかと訝しい気持ちが生まれていたのだが、しかし親の恋バナに興味がないのは娘の自分とて同じことである。昔のことで、両親二人ともとっくに過去のものになっているわけだから、いちいちショックのような感情を抱くのもエネルギーがもったいないと思い直すことにした。
「ま、親もね。結局、ただのおじさんおばさんであり、そして今の君たちと同じように元・若者だった、という、ただそれだけのことだよ」
「今なんか凄いことおっしゃったような?」
という純輝に智也は、くす、と笑った。
……しかし、一方で、考える。
「ただ、春樹は、天才だった」
何だか空気が静かになった。
「そうねぇ。そのこと自体はそう」
引っかかっていたことだったので、理一はいよいよ質問した。
「あの、さっきから親父のことを”天才”っておっしゃってますけど、具体的に、どういう人だったんですか」
「――そうだな」
ちょっと考え、やがて智也は説明をし始める。
「もはや天才としか言いようがなかった」
「実績が凄かったとか」
「そうだね。コンテスト荒らしだったし」
理一は更に驚く。
「まさか」
「本当だよ。瀬戸春樹が出るならやめる、と言う人が当時たくさんいたんだ。と言ってもだね。春樹は人前に出ること自体にはそんなに興味がなくて、将来的にはスタジオ制作での活動を目指していたんだが」
「そうだったんですね」
「それはそうだな、まるで……」
やや言い淀んだが、しかし智也は、言った。
「世界の仕組みを丸ごと変えてしまいそうな……」
何か、大変なことを言っているように子どもたちには思えた。
「……世界?」
「大袈裟に言えばね」
「はあ」
「まあ、それだけ天才だったのさ。ベートーヴェンとかビートルズとか、それに匹敵する才能の持ち主だったとぼくは思っていたよ。彼はいずれ音楽史そのものを書き換えてしまうんじゃないか、ってね――」
”世界の危機はいつどこにでもある”。
ふと理一は、出現する度にしょっちゅうそんなことを言っているアメーバ机のことが、なぜか頭に浮かんだ。なぜあいつのことが今頭に浮かんだのか、よくわからない。ただ――あの怪異が、何かを握っているのではないか、ただただそんな気だけが、何となくしていたのだった。




