第四話 説得力・2
日曜日。
「はーい」
と、インターホンに出た亜月の母親らしき女性に、ドアチャイムを押した雅哉が応える。
「こんにちは。ぼくたち亜月さんと同じ音楽部のメンバーなんですが」
「あ、ちょっと待っててね」
亜月ー、という声が聞こえ、そしてインターホンが切られ、すぐに亜月が玄関のドアを開けた。
「おはようみんな」
「おはよう」
「おはよう!」
と、四人の男子たちは口々に挨拶する。
「時間の五分前だね」
「エチケットだから」
雅哉の言葉に亜月は、くす、と笑った。
「社会人じゃないんだから」
「いずれはそうなるよ」
「じゃ、入って。お父さんもいるからね」
よっしゃ、と、純輝は軽くガッツポーズを取った。
というわけでメンバーは小津野家に入る。
亜月の母親がどうしても心配性であり、そこで智也はメンバーに春樹の息子がいることがわかり、それなら一度全員でうちへやって来てもらいなさいと言って、それで彼女を安心させてくれたらいいのだと提案し、日曜日の今日、全員で亜月の家へとお邪魔することになったのだった。
居間に入り、亜月が「どうぞ」と言って、四人はそれぞれ適当なポジションに座る。
「こんにちは、亜月の母です」
と、母親である楓が、やや警戒しながら、それでもまだまだ十代の子どもたちである理一たちに大人としてそして亜月の母親として余裕を見せた態度を取らなければならないと自制しながら挨拶をした。メンバー全員で「こんにちは!」と言ったので、楓はちょっとたじろぎ、亜月はふふと微笑んだ。やはり男子四人の揃った声はなかなか大きいものだ。しかも小津野家に男性は父の智也しかいないのだから男の子の存在そのものが家族にとって珍しいことであった。
「部活の仲間にして、バンドのメンバーだよ」
「こんにちは!」
殊更に元気が良かった純輝なので、楓としては安心したものか不安がるものかちょっと迷う。ちなみにその感情の動きなど純輝には伝わらなかったようだった。終始にこにこしながら、やがて亜月と楓が二人で運んできてくれたジュースを飲み始める。
「それで、お父さんっていうのは?」
「庭」純輝の質問に反応して亜月は居間から窓ガラス越しに見える庭に目をやるが、そこに智也はいなかった。「そろそろ戻ってくると思うけど?」
「いやぁ、楽しみだなぁ。おれのことは気に入ってくれるかなぁ。良ければでもちろんいいんだけどベース教えてくれるかなぁ……どきどき」
「どうかなぁ」
「あ、ダメっぽい?」
そこで楓がキッチンへ向かったので、そのタイミングで亜月は純輝に小声で言った。
「ということは、猪瀬くん、日常的にうちに遊びに来るつもり?」
純輝は気づいた。
「あ。そうなるかぁ。だからってうちに来てもらうのも不自然だし……」
「スタジオを借りるっていうのは非現実的だしな」と、理一。「今日、アドバイスもらえたらそれで万々歳なんじゃないか」
「うーん。そうだなぁ。せっかく師匠に出会えたと思ったんだが」
「話題を振ってみたらいいんじゃないかな」と、雅哉。「案外、それじゃ教えてあげるよってなるかもしれないし」
「さすが古屋」
「うまくいくといいね」
亜月の言葉に、純輝は、おう、と頷いた。
そこで智也がやってきた。
「お。こんにちは」
「こんにちは!」
「元気だねー。亜月の父です」
と、そこで彼は目を丸くした。
「雅哉くんじゃないか」
「え」
と、全員が雅哉に注目する。そのタイミングで楓もキッチンから戻ってきた。
「どうもこんにちは小津野さん」
「凄い偶然だね」
「ぼくとしては、”小津野”だから、たぶん、小津野さんだろうなって思ってたんです」
「いやはや。これは意外な出会いだ。そうか、君もメンバーだったんだね。それなら完全に安心だ」
「知り合い?」と、亜月が智也に訊ねる。「何繋がり?」
「ぼくの職場の、施設の利用者さんが、雅哉くんのお兄さんなんだよ」
「あ、そういうことか」
と、亜月は納得するが、他のメンバー三人にはよくわからないでいた。そんな様子を察して雅哉が説明する。
「小津野さんは、地域活動支援センターっていう、障害のある人たちの憩いの場みたいなところにお勤めの福祉士さんなんだ。ぼくの兄貴に病気があってそこを利用させてもらってる」
「地域活動支援センター」と、剛がちょっと興味を示した。「それは、すずかけってところでしょうか」
智也は、おや、と驚いた。
「いや、すずかけさんとも交流はあるけど、別のところだよ。ひなたって言います」と、智也は剛に興味を示した。「君は?」
「大和田です」剛は説明した。「ぼくの弟にちょっと障害があって。まだ小学生なんですけど」
「ああ。そうなんだね」にっこり笑う。「大丈夫だよ。地活はみんなの居場所だからね。大きくなったらぜひうちでもすずかけさんでも利用するといいよ」
「ぜひそうさせていただこうと思います」
剛に関しても、直感的に、脈絡はさておき「ならば大丈夫」と智也は判断したようだった。
さて、ここいらで自分の番だろうかと理一が名乗り出ようと思ったのだが、そのとき視界に雅哉が入り、雅哉が、何とも言えない顔をしていたので、おやと思った。どうしたんだろうと思う。雅哉の実兄と智也に繋がりがあったということは確かに意外だったが、つまりこれは楓を安心させる材料としては打ってつけなわけだし、むしろ事態はばっちり展開していっているはずなのだが、雅哉はまさに《《何とも言えない顔》》をしていたので、理一としてはやや疑問符の浮かぶところであった。と、そんな風に考えていたら純輝が先に自己紹介を始めた。
「こんにちは! おれ、猪瀬と言います」
「よろしくね」
「ベースを弾きます」
「そうなんだ。ぼくもベースだったんだよ」
「以後よろしくですぅ」
「よろしくね」
この子は、どうも、純粋な子のように見える、ということで、智也は純輝にも安心感を覚えたようだった。というわけで、結局、三人に智也が安心したのを見て、そうであるなら確かに安全な子どもたちなのだろうと楓もだんだん落ち着き始めたのが理一には何となくわかった。
というわけで、最後に残った理一が自己紹介を始める。
「こんにちは。瀬戸です」
すると智也は「やっぱり」と嬉しそうな顔をした。
「君が春樹の息子だね。お父さんの若い頃にそっくりだよ」
「理一といいます」
「お父さんにはずいぶんお世話になりました」
「こちらこそ」
二人で軽く会釈し、そこに楓がやってくる。一瞬真剣な眼差しを楓がしたような気がしたのだが、すぐに目を細めたのでそれは自分の気のせいだろうと理一は思った。
「私も瀬戸くんの同級生で」
「あ、そうなんですね」
「楽しい学生時代でした」
「それは良かった」
「でも亜月のことはくれぐれも気を付けてね」
「え」
「お母さん!」
四人が静かになったので、楓は、おや、と思った。
「あなた、話してないの?」
「わざわざ話すことじゃないじゃない」
「わざわざ話すことよ! あなた、自分の体のことをどう思ってるの」
ちょっとだけ大きな声を出してしまった自分を楓は恥じた。
「ごめんね~大声出しちゃって」
「いえ」と、雅哉はやや考え、やがて決意して質問した。「小津野さん、体の具合が悪いの?」
「……うーん。そうだな……」
「言っておきなさい、亜月」と、智也が亜月に呼びかけた。「万が一ってこともあるだろ。異常はずっとないけれど」
「うーん……」
と、亜月はちょっと考え込み、しかし、ここまで話題になった以上話さないわけにはいかないと思って、説明を始めた。
「わたし、生まれつき心臓が弱くて」
「えっ」
もちろん全員驚いたが、中でも一番目をまん丸にしたのは純輝だった。
「具体的には?」
という雅哉に、亜月はゆっくり答える。
「生まれつき心室が一つしかなくて……」
「それは大変じゃないか」
「手術を続けたし、今は薬も飲んで、定期的に検査してるから、だから普通に生活はできてるんだけどね。だからいいじゃない、お母さん」
「何言ってるの」と、楓は反駁した。「何があるかわからないのは変わらないのよ」
「そんなこと言ったら何にもできないよ」
「気をつけてって言ってるの」
「それは……」
この母と娘のやり取りを見て、四人は、「お母さんが心配性」という亜月のセリフがよくわかったのだった。
「あの、お母さん」
喧嘩になりそうだったので雅哉が割って入った。
「ぼくたち、くれぐれも気をつけます。決して亜月さんに無理なことはさせないようにするので、どうか安心してください」
「はあ、そうねぇ。瀬戸くんのお子さんもいるしねぇ。でもねぇ」
「小津野さん、何か困っていることがあったら、全然言ってくれていいからね。できることなら何でもするから」
「……うん。ありがとう古屋くん」
感謝の気持ち自体は本物だし、亜月自身、雅哉に含むところは何もない。
ただ、内心、またこれか、と思った。
そんな様子を見抜いたかのように雅哉は続けた。
「あくまでも小津野さんの意思を尊重するよ」
そう言われたので、亜月は、ややホッとした。
「うん。ありがとう古屋くん」
さっきよりちょっと声が明るくなった。
理一は、ふと何気なく剛の方を見たら、何やら安心しているようだった。剛は亜月の病気のことを知っていたのだろうか。そういえば入部に関して亜月をやけに心配していたようだったが。ということはいつ二人はそんな話をしたのだろう。そんな疑問も浮かびつつ、しかし、雅哉のおかげで楓もだいぶ安心したようで、そういうわけで小津野家の両親とメンバーの顔合わせはとりあえず「安心してもらえた」という触感を得て完了するのだった。




