第三話 素晴らしき「カタ」の世界・3
というわけで二人でマックへ行くことになった。「腹が減ったな」という理一の何気ない一言に雅哉が「じゃあマックでも行こうか」と即答したので、それに「いいな」と返し、そして二人で学校を出たのである。
「瀬戸くん、マックとか好き?」
「嫌いっていうのもなかなか珍しいんじゃないのか」
「世の中にはいろんな人がいるもの」
「まあ好きだよ。常連だし」
「じゃあ、特別好きなのかな」
「いやおれ父子家庭でさ。料理もするけど何だかんだ面倒だから」
「なるほど。これ訊いていいのかい。お母様はいらっしゃらない」
「うん。小っちゃい頃に死んでて」
「これはやっぱり悪い質問?」
「そんなことないよ。その返しいつもされるけど、おれからすれば当たり前のことだし」
「すみません。いえいえとんでもない。そういうコミュニケーションって意味のないものだとは思わない」
「古屋は賢いよなぁ」
などと談笑しながら歩いていると、ふといつの間にか机が出現していたことに気づいたので、理一は雅哉の手前顔にこそ出さなかったが内心うんざりした。
(何だよ)
(おれが出現している、ということは、世界に異変が起こっているということだ)
何か大変なことを言われたような気がしたが、この机の言葉はいつだって仰々しいのでそこはあまり気にせず理一は心の中で反応する。
(お前自体が世界の異変だ)
(結局のところ世界に異変はしょっちゅう起こっている。それに気づくかどうかだ)
(今まさに気づいているんだがな)
(〈サイド・マウンテン〉発動だ)
(何だ?)
「あれ。あの子は――」
雅哉のやや警戒のような雰囲気の声色で、理一は「え?」と雅哉の方を見る。すると雅哉は、
「あの子」
「あの子?」
雅哉の視線の先を見る。すると道の真ん中に幼稚園児ぐらいだろうか、小さな男の子がいたのに理一も気づいた。
「あの子がどうかした?」
と発言すると同時に理一は事態を何となく理解し始める。
雅哉は言った。
「一人だね」
「親が近くにいるんだろ」
(お前の予測は外れる)
であるのであれば、と、理一は心の中で頭を抱える。
「いや。そんな様子がないよ。迷子だね――」
と、足早に雅哉はその男の方に駆け寄っていった。もちろん理一もついていく。
男の子は怯えながら、しかしどうすればいいのかわからず立ちすくんで、だから辺りを見渡すことなくただただその場にいる。
「どうしたの?」
と、雅哉が優しく声をかけたところで、初対面の男子高校生に対してスムーズにやり取りができるわけもなく、彼は下を俯いた。
「迷っちゃった?」
「……」
何も反応しない。無理もない、と理一は思った。
(既定事項だな)
(無理もないのはわかる。ちょっと黙ってろ)
(さて。この異変をお前はどのようにクリアするんだろうな?)
(そんなの、この子を警察とかに連れてくだけだろ?)
「困ったな。ぼくたちが連れ歩いたら通報されてしまうかもしれない」
それはとんでもない、と、理一は怯えた。
「それじゃどうする。だからって放っておけないだろう、気づいた以上」
「何とかしなきゃいけないんだけど。どうしようかな」
(どうすりゃいいんだ)
(お前の思う可能性の網の目を掻い潜るだけさ)
(可能性って言っても……)
そうはいっても警察に連れて行くという発想以外が理一にはどうしても思いつかなかった。ここから少し歩いたところに交番があるので、なんとかその子をそこへ誘導できないだろうか、そんな風に理一は考えたので、つまり、その計画はダメになってしまうということだなこの”能力”では、と愕然とし、しかし他の可能性がまるで思いつかない。どうすればいいんだ。
「どうする、古屋?」
「そうだな……」
すると雅哉が辺りを見渡し始めたので、理一はどうしたんだろうと訝しむ。
「どうした?」
「やっぱりぼくらだけでどうにかすることはどうにもできなさそうだ」
「工夫すればできる可能性はあるだろ?」
「自分ではどうにもならないことは、自分ではどうにもならない。その上で、自分でどうにかできることをしなきゃ」
それはそうなのかもしれないが、でも、ちょっと見方や努力の仕方を考えれば、自分ではどうにもならないこともどうにかできるのではないかという風に理一は思った。思ったので、少なくとも今回のケースではそうならないということになるのだな、と、理一は思う。
(雅哉の言っていることは正しい)
(しかしその考え方は、絶望的で、悲観的だ)
(雨が降ることは止められない。傘を差すことはできても雨を止めることはできない)
(お前と議論する気はない)
雅哉は言った。
「だから、誰か、大人の、それも女性が通りがかるまで、ぼくらちょっと待機していよう」
なるほど、と理一は思ったので、「なるほど」と首肯した。
「なかなかの安全策だな」
「たまたまパトカーがやってくる可能性よりは大きいと思う」
それは予測としては確かに精度が高い、と、理一は感心した。
「じゃあ、待っていようか」
「そうだね。瀬戸くん、このあとの用事は何かあるのかい」
「お前とマック食べたらそのまま帰るつもり」
「それなら時間はあるんだね。ぼくも一人はきついから君がいると助かるよ」
「それはどうも」
「誰か来い……」
しかし見渡した限りでは、車は通っているが通行人はいない。
理一は、つい、考える。
(誰も来ないのだろうか)
すると机が不思議なことを言った。
(適応力が高いということは、抵抗力が低いということでもある)
(抵抗力?)
(お前もおれをだいぶ使いこなせるようになってきた、ということになるのかな)
(何だよ)
(世界の危機はいつどこにでもある)
(危機?)
(”ある流れ”がやってきたとき、お前がそれに乗るか乗らないか。〈サイド・マウンテン〉とは、ただそれだけのことなのさ)
(わけのわからないことを)
「あの人、どうだろう」
と雅哉が呟いたので、理一はそちらを見る。道の向こうから若い女性が歩いてきたのが見えたので、理一は、うーん、と唸る。
「どうしたの瀬戸くん」
「派手系じゃん。果たして助けてくれるかね」
「子どもが好きなら助けてくれると思うけど」
まあそれは理論的であると思った。
自分たちのスペースにその女性がやってきたので、雅哉はそちらへ駆け寄った。
「あの、すみません」
まさか道の上で見知らぬ男子高生に話しかけられることがあるなどとは思ってもみなかったその女性はもちろん警戒した。
(どうする古屋)
(雅哉のどうにかできることを雅哉はするだけだろうよ)
(でもいくら古屋だからって、無関係の、しかも女の人って)
つまりこれが”発動”になるのかな、と、理一はちょっと安心してはいた。
警戒信号の点滅のしっぱなしの女性はそのまま無視して通り過ぎようとしたが、しかしそこで視界に小さな男の子が入ったので、彼女の中で何かが動く。
そのタイミングを見計らったのか、雅哉は一気に説明した。
「あの。この男の子がどうも迷子みたいで。保護しないといけないのだけれどぼくたちじゃ手に負えないからお姉さんに近くのコンビニかどこかに付き添っていただきたいんです。お願いできますでしょうか」
「ああ、はいはいはいはい」
と、その女性は瞬時に状況を理解し、そして一気に満面の笑みと大人としての余裕を見せた。雅哉の説明が非常にわかりやすかったのだろう、「うんうん、大丈夫」と、彼女は男の子と目線を合わせた。
「ぼく、一人?」
「……」
やはり男子高校生よりは”お姉さん”の方が安心するようで、彼は怯えながらだがそれでもゆっくりと頷いた。その反応を確認した彼女は雅哉の方を見た。
「じゃあね。あっちのコンビニまで行きましょうか」
と、彼女は今自分が来た道の向こう側に目をやった。
「ありがとうございます。助かります」
という雅哉を、彼女は直感的に”安心”だと理解していた。
「いいのいいの。事情はわかったから。じゃあ行こうか。ぼく、お姉さんと一緒に行こ。大丈夫だよ、すぐお母さんお父さんに会えるからね」
というわけで彼はやや安心した様子で、うん、と頷き、そして女性が先導して男たちはついていく。
「お忙しい中すみません」
という雅哉に彼女は答えた。
「全然。どうせ暇だし」
「さっき発見したんです」
「じゃ、通りがかれてよかったよ」
「大変でした」
「そうだね。世の中物騒だからね」
「こういうとき男は何もできないみたいで」
雅哉の”世間話”に彼女は、ふふ、と笑った。
「自分にできることをしないとね」
直前の雅哉のセリフと同じなのは机と何か関係があるのだろうかと理一は思った。
「今回、できることが特になかったみたいで、不甲斐ないです」
すると彼女は小声でこう呟いた。
「You can't see the forest for the trees……」
拙い発音であり、そして雅哉はすぐにその英文を理解する。
「”木を見て森を見ず”……ですか?」
「これしか覚えてなくてね」
雅哉はやや遠くを見た。
「森か……」
この二人が何の話をしているのかよくわからない理一はただただ後をついていくばかりだった。やがてそんなこんなでコンビニへと到着し、中に入り、店員たちに彼女が説明することで彼らは事情を一気に理解し、つまりその男の子はこのコンビニで一定時間保護されることが決定した。
「皆さん、お名前を」
という店長の中年男性の言葉に彼女はわかりやすく首を傾げた。
「怪しい者じゃないけどね」
「一応、必要なことですから」
「あきな」
と自己紹介したので、二人はそのとき彼女の名前を知る。
「苗字は何と?」
「中森」
二人も店長もややずっこけた。
「あのね」
やや呆れる店長に、彼女は一気に言った。
「名乗るほどの者じゃないのよ。それに、助けたのはこの子たちだからね。自分はたまたま通りがかっただけだから。それにあんまり自分の存在知られたくないっていうかアピールしたくないっていうか? ま、そういうわけだから、それじゃあこの子のことくれぐれもよろしくお願いしまーす」
といって、まるで逃げるようにコンビニを去って行ったので、雅哉は「ありがとうございました!」と彼女の背中に向かって大声でそう言って、というわけで店長としては、それならこの男子高校生二人組のことを教えてもらわなければならないと頭を切り替えた。理一も雅哉も名前をこの場合名前を名乗ることに特に抵抗はなかったし、どこの学校に通っているのかも連絡先も店長に教え、やがて男の子に「じゃあね」と笑顔で手を振り、そして気を取り直してマックへ向かうのだった。
そして後日警察から連絡が入り、迷子を見事保護したことについてぜひ感謝状を贈答したいということなので二人はそれぞれびっくりしたが、しかし警察の言うことには従った方がいいのだろうかというある種の恐怖心と危機感が二人を揃って所轄の警察署へと向かわせ、警察官と地元メディアのカメラに囲まれる中二人は感謝状を贈られ、その光景がニュースで報道されたことで二人は学校でそこそこ話題になり、そうしてなかなかの有名人になったのだった。




