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フォレスト  作者: 横谷昌資
第四部 または寂しさの輪郭(かたち)
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第二話 富の「……」・4

 音楽室へ行こうとまず事務室へと寄ったのだが既に鍵は借りられていた。誰だろうと思って名簿を見るとどうやら優作のようで、三人はおやと思った。テンションの高い純輝は「もしやおれたちを部活扱いにしてくれるのかもしれないぜ」などとはしゃいでいたが、理一はたまたま音楽室に用があるだけだろうと単純に推測した。とはいえ、鍵が借りられているということはいずれにせよ音楽室に入ることが可能であるということだと理解した三人はすぐさま事務室を出て教室へと向かっていく。

「あれ、小津野さん?」

 音楽室に到着したら優作と亜月が二人きりでいたのでそれは理一にとっても少しびっくりすることである。自分の予測が外れた……と思ってふと後ろを振り返るとそこに机がいたので、やっぱりな、と、諦めに近い気持ちで自分の異常さを受け入れた。

(お前もおれにだいぶ慣れてきたようだ)

(異生物になんか慣れたくないんだけどな)

(慣れっていうのはな、慣れちまえばそれが当たり前になるのさ)

(うるせぇなぁ)

「どしたの小津野さん」と、何気なく疑問を口にした純輝だったが瞬間、それはこのような思考に変わった。「あ、まさか! おれたちのバンドに入ってくれるのかい?」

 すると亜月は即答した。

「そういうわけじゃない」

「なんだ」がっくりする。「でも、それじゃ何で音楽室に?」

「海川航平の絵が見たいってことでね」と、優作が代わりに説明を始めた。「好きなんだってさ」

「へー」

 と、がっくりした気持ちのまま気のない返事をした自分を純輝は戒めた。いけないいけない、これじゃスカウトが成功しないぞ、と、まだ諦めるつもりはないようであった。

 というわけで三人(と机)も二人のもとへと近寄る。亜月は少しビクッとしたが、しかし何といっても教師の優作がいるのでその安心感は半端ないようだった。その様子を伺って理一は、異常教師はたくさんいるけどな、と思ったが、机の存在を思い出し、こんな”予測”は外れるべきだと自分の思考と能力とやらに感謝した。〈サイド・マウンテン〉はおれの感情の動きと連動している――今のところ、自分の感情の動きに特に揺れはないように理一には思えるのだったが、しかし机が出現しているということは実のところそうでもないのだろうか。

 あるいは、自分も亜月をまだ”諦めて”いない焦りのようなものが、その感情の動きとやらに該当するのだろうか?

 などと思っていると、亜月は再び航平の渚の絵に目をやった。

「絵が好きなの?」

 と、なんとなく理一は亜月に訊いてみる。すると亜月は、

「この画家さんが好きなの。絵自体はまあまあかな」

「ふーん」

「知的障害のある人だったんだって」

 一瞬、誰のことを言っているのかよくわからなかったが、前後の文脈からそれはこの海川航平という画家のことだと理解した。

「へえ」

「でも、絵の才能が凄くて」

「ふーん。ドラマになりそうな話だ」

「本人がドラマ化を希望しているかって言ったら、たぶん、してないんじゃないのかな……」

「?」

 どこか寂しげな様子を感じたのは自分の気のせいだろうか。

「この絵、ちょっと寂しい感じだね。この黄色のところとか、そんな気になるな」

「おっ。小津野さんもそう思った?」と、会話の糸口を掴んで純輝は、しめしめ、という表情をする。「奇遇だね。おれもそう思ったんだ」

「ふうん」

「ところでやっぱりおれたちのバンドに入らない?」

 だから無理だって……と、”予測”した自分を理一はすぐに発見した。

 机に心の声で話しかける。

(ということは、小津野はバンドに加入するのか?)

(既定事項のようだぜ)

(じゃ、このまま猪瀬が押して押して押しまくればいいわけか)

(運命は選択の連続によって必然になる)

 何を言っているのかよくわからず、理一は更に訊ねる。

(だって、決定済みなんだろ? 既定事項ってことは。じゃ、選択がどうであろうがそれが運命だろう)運命とはこれまたファンタジーな単語だ、と、我ながらどこか恥ずかしい気持ちになった。(とにかく、既定なんだろ? 既に定まっている――)

 すると机は簡単なことだと言わんばかりにこう説明した。

(ゴールが”見えている”だけではレースには勝てないんだぜ)

(また面倒臭い……)

 しかし、机の話からすると――どうも、ここでの選択、おそらく”自分の選択”によって亜月のバンド加入が決まるようであることはわかった。自分が頑張らなければならないのは面倒だったが、しかし、ここは友達のためだった。と、ふと剛の方を見ると何だか渋い顔をしていた。大和田がなぜこんな表情をしているのだろう、と、やや怪訝な気持ちになったが、しかし自分は自分の”仕事”とやらをしなければならなさそうだった。おれもちょっと変わってきたのかなぁ、などとそんなことを思いながら。

 純輝のスカウトに亜月は再三答えた。

「昨日も言ったけど、本当に親が大変なの、うち」

「部活自体はいいんだろう?」

 と、理一が進んできたので、亜月は困ってしまった。

「男の子ばっかりっていうのが気になるの。お母さんが凄い心配性な人なんだよね……」

「それ昨日も言ってたけど、お父さんじゃないんだね」

「うん」と、首肯した。「お父さんは比較的自由人なんだけどね」

「放任主義?」

「までいかないけど」

「おい、瀬戸。もういいじゃないか。小津野は小津野で大変なんだよ」

 そこで剛が出てきたので理一も純輝も、そして優作もおやと思った。

「おい大和田。せっかく瀬戸が頑張ってるのに」

「いやだって、親御さんを心配させるわけにはいかないだろ」

「ありがとう大和田くん」

(じゃ、親の命令にずうっと従い続けるんだろうかな?)

(お。お前もなかなか賢いな?)

「いやでもさ」と、純輝。「音楽が好きなんだろ、小津野さんは」

「それは……そう。音楽が好きだから、音楽部自体はいいなって思うんだけど……」

「男ばっかりなのが気になるって言っても、優作先生が顧問をしてくれるしさ」

 という純輝の発言にちょっと待ったと優作が前に出た。

「ぼくはもう茶道部の顧問なんだよ」

「部活の掛け持ちが許可されてるじゃないすか、この学校。じゃ、先生だって同じことっしょ」

「いやあの、それは無理――」

「ここまでおれたちと共にいるんだから、せっかくだし面倒見てよ。どうだい小津野さん? 担任の優作先生が一緒だったら親御さんも安心するだろ?」

(それはどうだろう)と、理一はシンプルに思った。

(いいな。慣れてきた慣れてきた)

 慣れてきたも何も、男ばかりの部活動に参加することを心配しているわけだし、そこに男性教諭が登場することに何か意味はもたらされるのだろうかと理一は思った。

 しかし事は”順調”に展開していった。

「それはそうかもしれないけど……。お父さんも先生が担任で安心してるし……」

「そうだろうそうだろう。ね、優作先生」

「う、うーん……」

 そうは言っても優作は断るだろうと理一は思った。しかし。

「うーん、うーむ……」

 なぜだか優作は考えているようなのが理一には不思議だった。

「でも」と、剛。「小津野の家だっていろいろあるわけだし」

 ふと理一は気になった。

(――小津野を守ってるのかな?)

 机がその疑問に返答した。

(それはあくまで守る側の都合だろ? 守られる側の都合は無関係――)

「うーん……木下先生がいてくれるなら、それならお父さんがお母さんを安心させてくれると思うけど……」

「何、小津野さんのパパはずいぶん優作先生を信用してるみたいだなぁ」

「うん、あの――」

「それはともかく」と、優作が二人の間に割って入った。「うん、そうだな、茶道部と顧問の兼任なんてことができるのかあとで学年主任に訊いてみるから」

「えっ、じゃマジで音楽部の顧問になってくれるの? うわー嬉しー。というわけで小津野さん、どうだい?」

「う、うーん」

(ダメだろうな。たぶん)

 どうも、これが〈サイド・マウンテン〉発動の決め手であるようだった。というその感触のようなものを不思議と理一も感じていた。

(ゴールに到着かな)

 という机のセリフ通り、亜月は更にちょっと考え、だがやがて決意したように言った。

「……じゃあ、先生がお父さんに説明してくれるなら、もしかしたら、だけど」

 純輝はガッツポーズを取った。

「よっしゃ! これで優作先生も運命共同体な!」

「仕方がないなぁ」

 しかしどこか満更でもなさそうな優作が理一には不思議だった。

(結局、これが運命で、偶然が必然になった、ってことか?)

 と机に話しかけたが既に机はいなかった。

(……)

 気まぐれな異生物だ、と、はしゃぐ純輝と、そしてなぜだか複雑な表情を浮かべる剛を見ながら理一は思う。亜月に目をやると、だが結構喜びに満ちているように見えた。この子は音楽が好きで、ピアノを弾くのが好きなのだから、それを武器に活動できるのは嬉しくないことはないのだろうなと何となく理一は推測した。

 ふと考える。

 自分は、どうだろう?

 おれも音楽は好きだが……しかし、純輝や亜月ほど、音楽をやらずにはいられない、というほどの情熱は、ない。

 それがなんだか、もったいない、と思うのも……確かだった。

 ギターのこと自体は、好きなはずなのだが。

 ……どうして自分はこんなに冷めているのだろう?

(やっぱ家庭の事情かなぁ――小津野みたいに……)

 二人暮らしの父親に原因を求めるのも何だか人のせいにしているようだったが、しかしそれ以外に他に原因らしきものが思いつかないのも、また、確かだった。

 というわけで。四人目と、そして五人目のメンバーが加入することになった放課後なのだった。

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