第二話 富の「……」・2
「音楽部?」
昼休み。中庭で友達二人と昼食を取っている亜月のもとへ理一たち三人が赴き、純輝が話を切り出した。
「とはいってもまだ部活じゃないんだけど」
「ふうん?」
「小津野さん、ピアノがめちゃくちゃうまいだろ。さっきジャズ弾いててこれはいける! って思ったんだよね。どう? おれたちのバンドにピアノないしキーボード担当で入らない?」
「うーん……」
と、悩む亜月の前に屈強な(精神の)女子二人が立ちはだかる。
「ちょっと、亜月のこと困らせないでよね、猪瀬」
「そうだよそうだよ。いきなり突撃してきて空気読めないよね本当に」
理一と剛はちょっと怯んでしまったが、ここで負けないのが純輝という男である。
「そんなんじゃねーよー。おれ、小津野さんのピアノが好きなだけ。お前らだってさっきかっこいいと思っただろ?」
と言われてしまうと、彼女たちもそれは同感なので「まあ、それはそうだけど」と口々に言う。しかし自分たちは友達を守らなければならない。
「とにかく亜月が乗り気じゃないんだからさぁ」
「乗り気じゃないかどうかまだわかんねーだろー。今まさに返事してくれる最中だったんだからさぁ」
「亜月。猪瀬なんかとバンドなんて嫌なんでしょ?」
「嫌なら嫌ってちゃんと言わなきゃダメだよ」
とはいえ純輝がこの女子二人に嫌われているわけではない。どちらかと言えばクラスのムードメーカーである純輝に対しては彼女たちもそれなりに好意的に見ている。例えば合唱の曲目をあっさり提案した純輝にリスペクトに近いものまである。肯定的には彼のことを見ているのだ。しかし自分たちは友達を守らなければならない。
「ほらほら、帰った帰った。瀬戸くんも大和田くんも!」
じゃあ帰ろうか、などと思ってしまった理一であり、どうすればいいのかよくわからない剛であり、というわけで純輝の独壇場が続く。
「お前らはさておき」
「何よ」
「どう、小津野さん。OKかNGか?」
「……うーん……」
と、亜月は顎に指をやり、少し悩む。しかし、きちんと答えなければならないとは思ったようだった。というわけで亜月は返事をする。
「せっかくだけど、ごめんね」
ほーらね、と、女子たちは満面の笑みを浮かべる。
「はい、帰った帰った」
「そうそ、用は済んだでしょ。お昼の邪魔しないで」
ふと理一は、この女子二人はどうやら中学生の頃からの亜月の友達ではあるようだが、しかしそれにしてもちょっと過保護なのではないかとやや気になった。しかし自分がしゃしゃり出るわけにはいかない。何といっても面倒な事態は避けなければならないと思う。
「えー」と純輝はわかりやすくがっかりする。「ダメ?」
「ダメ」と、亜月。「ピアノを喜んでくれたのは、もちろん嬉しいんだけどね」
「何でダメ? 男しかいないバンドってキツい?」
「うーん……要するにそういうことなんだけど……」
「もういいじゃん猪瀬~しつこい男は嫌われるよ~」
しかし部外者に邪魔をされるわけにもいかない。
「お願いっ。何でダメなのか教えてくれたら自分を納得させるからさっ」
と、顔の前で両手を合わせる純輝に、これは説明をしないと不親切なのではないかという気が亜月はだんだんしてきて、というわけで亜月は言葉を紡ぎ始める。
「親が厳しい、というか……すごく心配性なの。だから男の子しかいない部活に入るっていうのは、ちょっと……お母さん、どうなんだろうって」
と言われてしまうと、納得せざるを得ない。「がーん」と、わざわざ言葉に出して自分ががっかりしたことを表現してみたら気を引くことができるだろうかと思ったがさすがにそこまで純輝の意図は亜月には伝わらなかったようだった。「ごめんね、ライヴするなら聴きに行くから」とだけ言って軽く微笑んだ。こりゃダメだ、と、理一も剛も諦めることにしたし、純輝もこれ以上は「しつこい男」になってしまうと思い、やがて女子二人の勢いにも押され男子三人組はとぼとぼと教室へと帰っていくのだった。
「親が厳しいのかぁ。うーん。男ばっかりの中に女子一人っていうのが、心配性の親が心配するのはわからんでもないが」
というわけで一年一組の教室へと戻り、三人は昼食を取ることにした。
「でも子どもが自分の自由を自制するっていうのはいかがなものか」
「韻を踏んでいる」
という理一のツッコミの意味がよくわからず、純輝は「?」と首を傾げた。
弁当を持ってきている二人とは違って理一はいつも購買部で焼きそばパンとメロンパンを買っている。その焼きそばパンを齧りながら理一は言った。
「何でもない。それよりこれは小津野はダメだな。他を当たろう」
「え~。でもさっきのピアノすげーよかったんだけどなぁ。何でも弾けそうだし、ロックもポップスも余裕じゃね、彼女なら?」
「ポップスでもよかったのか?」
「できたらロックがいいけど、やっぱり全員の意思が共通するのが望ましい」
つくづくこいつは大人だなと理一は感心する。成績も悪くないし、頭の回転も速い方だとは思っていたが、とにかく純輝は意外と冷静沈着な男なのだ。一般常識などの知識の吸収の仕方が雑であるというのがやや難点なだけで、とにかくトータルで頭の切れる奴であった。そこで理一は、やはり”クール”というのは雰囲気や印象の問題であり行動様式を表しているわけではないのだろうな、などとそんなことを思うのだった。
「まあメンバー増員のことは常に頭に置いておくとして。よし、気を取り直して今日も練習だ。な、大和田もどんどんうまくなってるもんな」
「あ。悪い、今日はちょっと参加できん」
亜月に続いて剛にも振られ純輝は「ががががーん」と大袈裟に嘆いた。
「何か用事?」
と訊ねる理一に、剛は答えた。
「弟を病院に連れて行かないといけないんだ」
この二つのワードが結びつけるものと言えば理一たちにとって先月の事故だった。
「弟を病院に、っていうと、こないだの火事の、救急車で運ばれた子?」
「えっ、怪我とかしてたの?」純輝は急に不安そうな顔になる。「煙を吸い込んじゃったってのは聞いたけど」
「いや。それは関係ない……というか、それも関係はあるんだが」
「?」
と、二人の顔に疑問符が浮かんだので、剛は説明を始めた。
「発達障害があってなぁ」
「発達障害?」
はて、と、二人は首を傾げる。
「ASDっていう……アスペルガーってわかるだろ」
「ああ。空気が読めないとかの」
という純輝に理一は、おい、と注意する。純輝は何を注意されたのかよくわからずますます疑問符が浮かぶ。
剛は言った。
「空気が読めないっていうより、自分の世界に強くこだわってるんだな。たぶん、そういうことなんだと思うけど。ああ、それで、前回の火事が尾を引いてて、ちょっと時たまパニックになっちまう感じで……」
「じゃ、音楽向きだな」
食い気味の純輝の何気ない一言に剛は目を丸くした。
「――それは面白い観点だな」
「実際、アスペの人ってクリエイターとか多いんだろ?」
理一は顎に手をやった。
「それはアスペを公表しているクリエイターが目立つだけなんじゃないのか?」
「芸能人は目立ってなんぼでしょ」
「それはわかるけど」
「で、まあ、とにかく」
と、別にアスペルガー症候群について語り合いたいわけではない剛は話をまとめた。
「そういうわけで、弟を月一で病院に連れて行かないといけないんだ。それが今月は今日ってわけ。だからすまんな、二人とも」
「いいよいいよ。事情はわかったから弟さん大切にしてあげてよ」
そう言う純輝に、剛は「ありがとう」と言って弁当に戻る。
というわけで純輝は再び「しかし小津野さんは惜しいなぁ」とぐだぐだと言い続けるのだった。




