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フォレスト  作者: 横谷昌資
第四部 または寂しさの輪郭(かたち)
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第二話 富の「……」・1

 何にもない、っていうのは、クリエイターとしてラッキーだと思うんですよね。だから何かを生み出そうと思うわけですから。上へ上へ、前へ前へと進んでいくためには、より良いものを作りたいっていう、欲望が不可欠なんじゃないかな。だから――もしも自分にとって最高の一曲ができたらもう音楽をやる必要はないんじゃないかな、とも思います。ただ、その一瞬に辿り着きたいのか辿り着きたくないのかは、ちょっとよくわからない。

 ――辿り着いちゃったら無職になっちゃうわけですもんね。

 そうなんですよねぇ(笑)。


「はーい。それじゃ休憩ー」

 若い女性である音楽教諭のその一言で全員の気持ちが一斉に緩んだ。授業が開始してからずっと歌いっぱなしの三十分間でだいぶ疲れてしまっていたのだ。

 今は音楽室で音楽の授業中であり、一年一組は合唱の練習をしていた。この高校は合唱会が慣例のようで、毎シーズンごとにちょくちょくそのイベントがある。というわけで理一たち一組メンバーは「ビリーブ」を選曲し(純輝の提案である)練習に励んでいる。

「ふう。疲れた疲れた」

 と、二人してバリトンを担当している純輝と理一は顔を見合わせた。純輝の言葉に理一も反応する。出会ってから一ヶ月以上経ち、今ではすっかり友達だ。

「主旋律も満足に歌えないのに副旋律が歌えるものかね」

「さすが瀬戸。おれもいつもそう思ってた。大和田は?」

 と、右後ろでバスを担当している剛にそう訊ねると、剛はううむと唸った。

「おれはそもそも音痴だから」

「ま、合唱なら紛れちゃうんだぜ」

「ふーんそういうものなのか」

 四月の大和田家の火事以降、この三人は割といつも一緒にいることが多い。理由はもちろん学園祭ライヴのためである。剛は和太鼓経験者ではあるがドラムは未経験であり、初心者マークで音楽室のドラムセットといつも格闘している。とはいえリズム感はあり、生真面目な性格でもあるので日に日に上達していっている。一方、純輝もベースが趣味ということだからそこそこの腕前なのだろうと理一は思っていたが、これがずっと我流でやっていたようで粗さが目立ち、何とかして全体的に整える必要があった。だからそれなりにギターがうまい理一はベースのことはよくわからないまでも純輝の練習にいつも付き合っている。したがってこの三人の音楽の中心メンバーはいつの間にか理一になっていた。だがとりあえずスリーピースにはなったが秋の学園祭までに形になるのか理一は甚だ疑問だった。そもそも自分たちの活動はまだ部活動でも何でもないし、ステージ出演の許可が出るかどうか自体もよくわからない。まあなるようになるだろう、と、理一は達観することにしていた。

 というわけで十分休憩の間、一組メンバーは水を飲んだりのど飴を舐めたり、あるいは楽譜のチェックをしたりしていたが、ほとんどのクラスメイトたちは級友との雑談に励むことにしたようだった。というわけで理一たちもそれに応じる。

「しかしあと二人かぁ」

「お前いつもそんなこと言ってるな」と、理一。「募集はしてるだろ」

「だって誰も来ないじゃん。まだ先月、大和田が入ったっきりだし」

「友達に声はかけてるんだが」と、剛は頭を掻く。「おれの誘い文句が良くないのかもしれない」剛は口下手だった。

 いやいや、と純輝は手を振った。

「おれたちも同じ。友達はいっぱいいても楽器のできる友達は全然いないからなぁ、おれ」

「ベースは一人でやってたんだよな」と、理一。

「そうそう。ギターより弦が少ないから簡単だと思って」

「素人あるあるだな」

「そしたら、通販で買って届いたら、ギターよりでかいじゃん? わーと思ったけど、でも楽しいことこの上ない。しかし」

「独学の我流じゃどうしても乱暴になるからな……音楽教室にでも行けばよかったのに」

「ロックに学校なんかいらないのさ」

「日本人あるあるだな。知らんけど」

 三人で会話していると、剛は無口なので結局理一と純輝の会話になってしまう。理一も無口な方だが、どうも純輝のペースに乗せられて喋ってしまうのだった。

 そんなこんなでバンドの話をしている中、一人の女子がピアノを担当している亜月に呼びかけた。

「ねー亜月ー」

 楽譜のチェックをしていたら友達が自分を呼んできたので、亜月は「なーに?」と言いながらそちらを振り向く。

「なんか弾いてー」

 すごいリクエストの仕方だと理一は思った。

 亜月は応える。

「何かって、何?」

「何でもいいからさ。うちら今、BGMが欲しい」

「とはいっても。うーん……」

 ちょっと困ったようだったが、しかし指は早くピアノを弾きたい衝動に駆られているようだったのが理一にはよくわかる。亜月はクラスで一番ピアノが上手であり、というより一年生全体の中でも一番の腕前だった。音楽が好きなことは火を見るよりも明らかだった。

 やや考えてから、亜月は音楽教諭に許可を申し出る。

「先生、いいですか?」

 すると彼女はあっさりといいよと頷き、今までやり続けていたように楽譜に鉛筆でチェックを入れ始めた。

「じゃあ、行きます」

「盛り上がるのにしてね」

 という友達の漠然としたリクエストに、「盛り上がる曲……」と小声で呟き、やがて亜月は弾き始めた。

「おおーっ。ジャズじゃん!」

 それが『イン・ザ・ムード』だったためクラス中がぴたりと止まって亜月の演奏に耳を傾け始めた。それは理一たちも同じだった。理一は感嘆する。確かにピアノのうまい子だと思ってはいたが、まさかジャズが弾けるとは思っていなかったからだ。静かに、しかしノリながら聴いていると、そのうちグリッサンドが行われクラス中が「おおーっ」と騒ぐ。リアルでこのようなピアノの弾き方を行う人物を理一含め誰も見たことがなかったようだった。音楽教諭も鉛筆の動きを止めて亜月の演奏に聴き入る。ジャズを弾くぐらいだから、これはこの女の子は音楽家一家の家庭なのだろうな、と、理一は推測した。

(となると違うのだろうか)

 と思ったがそこに例の机は現れていなかったため、シンクロ率がどうとかいう話でいけばこの自分の推測が当たっているのか外れているのかはよくわからない。

 ふとあの奇妙な生物のことを考える。

 あいつがどういうタイミングで自分の前に現れるのかよくわからないが、何となく奴の気まぐれなんじゃないかと最近の理一は思い始めていた。別に出てきてほしいとは思わないにしろ、出たり消えたりでそれこそ予測がつかないので理一としては突然の出現にまだまだびっくりしてしまうのである。それこそ「予測がつかない」からそうなるのだろうか? わからない。〈サイド・マウンテン〉は想定外の事態を引き起こす、ありとあらゆる可能性の網の目を掻い潜って”それ”は現在に訪れる……不思議なことを言うアメーバ机であり、しかもそれはどうやら自分自身の”能力”であるようなのが謎だった。あの机は一体何なんだろう。だがその答えとなる糸口はまるで掴めていなかった。とりあえず今の自分の日常の中にあの奇妙な異生物が出現することが常態となっている、という理解にはなんとか及んでいたが……自分が正気であるのがつくづく理一には謎だった。とにかくあの自己紹介の日以来、ずっと謎であり、不思議現象であることこの上ない理一の日常がしばらくの間続いているだった。

 そんなことを考えていたら、純輝が「おい瀬戸。おい瀬戸」と、背中を叩いてきたので、「何だよ」と振り返ったら、純輝はにんまりと微笑んでこう言った。

「ニュースター候補だぞ」

 何を言っているのかも誰のことを言っているのかも理一には瞬時にわかった。既定事項の否定までは機能しない――ということなのだろうか、と、自分もだいぶ異常な日常に順応してきたようだと、理一は半ば自分のクールさにに呆れた。

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