第一話 想いは燃えているか・5
「母親が、以前、あんたは反抗期が凄まじかった、と、ぼくに向かって言ったことがあるんです」
診察をしている雪尋はパソコンから栄吉へと顔を向ける。
「うん」
「でも、ぼくは反抗期なんかなかったんですよ」
「なかったの?」
「少なくとも理由なき反抗をしたことは一度もない。親のここが問題だ、それで困っている、という指摘を、ただしていただけで――」
「うん」
栄吉は、ふう、と軽くため息をついた。
「自分は絶対に正しい。自分たちは何も悪くない。間違っているのはお前だ。それはなぜなら反抗期だから。反抗期だから反抗しているのであって自分たちには何も問題などない。だから、仕方がない――と」
「しんどかったね」
「本当に」
雪尋の言葉を待たず栄吉はそのまま続けた。
「よく、もしも中1のとき不登校にならなかったら? ということを考えます」
「だとしたら?」
「たぶん……うちの親はイレギュラーな事態に対応できない人たちだったわけだから、どういうルートでも心を病んでいたと思います。あまり結果は変わらなかったんだろうなって」
「悲観的だね」
「それだけの日々でしたから」
「つまり戦い続けているんだね、君は」
「ということなんでしょうね」
と、栄吉はまっすぐに雪尋の目を見つめた。雪尋は決してその目線を逸らすことなく温かな目で見つめ返す。このあとこの先生は何を言ってくれるんだろう? それともただただ同意してくれるのだろうか。いずれにしても、この先生は、自分の親や弟や血族の連中がおよそ誰もしてくれなかったことを自分にしてくれている。なぜならそれが精神科医・都雪尋の仕事だからである。だからこそ栄吉は嬉しい。なぜなら血族の連中は、血族のくせに実際問題何もしてくれなかったのだから。
――親にすら助けてもらえないなんて。
「負けるしかない戦い。それでも自分なりに戦ってきた」
「そして負けてしまったのかな」
「そのまま戦いは終わった。そして――そのあと、つまり今、どうするのか」
「どうするの?」
「それはもう……これからも戦うのでしょうね」
「しんどくないかい?」
「しんどいけれど、だけどたぶん、もう新しい戦いはとっくに始まっているのでしょう。それだってどうせ結局、負けるしかない戦いなのかもしれない。でも。それならそれでその上でどうするか、その中でどうするのか――」
「いつだって事態は絶体絶命だし、その中で自分なりになんとかうまくやっていくしかない、ってところかな」
自分の言葉に同意する雪尋が栄吉は嬉しかった。これが精神科医療を行う上で、木下栄吉という患者に対してきちんとしたガイドラインに則った作業であるという事実が嬉しかった。なぜならそれは、客観的事実として自分にも救いようがあるということなのだから。少なくとも自分はちゃんと診察を受けて、きちんと薬を飲んで、そして自分なりに生活を整えているのだから。
それはあの親たちがいた中では決してあり得なかったこと――。
「今は、助けてくれる人たちがいっぱいいるから。先生だったり、すずかけのみんなだったり、職場の人たちだったり」
にっこりと笑う。しかし雪尋がつられて笑うことはない。うん、と真剣な表情で頷き、栄吉の次の言葉を待つ。
穏やかな雰囲気の診察室の中、栄吉と雪尋の対話は続いていく……。




