第一話 想いは燃えているか・4
「五人以上で部活動かぁ。道のりは長いなぁ」
どうも途中まで帰路が一緒のようだったので、理一は純輝と共に下校時間を過ごしている。少なくとも純輝にとってはもはや定着させようとしているスタイルのように理一には見えた。しかしこれはもう友達と言ってしまってもいいだろうな、という気にもなってくる。別に友達作りを拒否しているわけではないし、まあ、悪い奴ではないしな、と、そう思うことにして、だから理一は純輝との友情を育むことにいよいよ決めることにした。学園祭ライヴがどうなるかはさておき。
そんなことを理一が思っているとは露知らず、もうとっくに理一を友達認定している純輝は歩きながら振り向いた。
「なー聞いてる?」
「聞いてるよ。五人以上で部活だろ」
「うん。うまくバンドが組めたとしても、他にも出演者が欲しいよな。おれたちのバンドだけで十分、十五分だけっていうのはいくら何でも寂しすぎる」
「こうなるとお前が部長だな。先輩が入ってきたとしても」
「一年生が部長ってなれるのかなぁ? なれない理由もないっちゃないだろうけど」
「まあうまくいくといいな」
「他人事みてーに言うなよ。お前だってもう運命共同体なんだぜ」
「猪瀬次第だからなぁ」
「あー。道のりは長いなぁ……」
などと会話をしていたら、消防車のサイレンが聞こえたので二人は後ろを振り返った。
「火事かな」
「救急車だもんなぁ。酷いことになってないといいけど」
それはそう思う。小火が出た程度で済んでいるといいと他人事ながら思う。
(そうかな?)
(何がだよ)
今日一日を過ごして、もうこの机が突然出現することにも慣れようとしている自分が不思議だった。こんな異常生物に慣れるなどということが不思議だったし、自分の頭が正気であることも不思議と言えば不思議だった。さっき優作が言っていたように精神科に行くような事態でもなさそうなのも不思議であった。とにかくこの机と普通にコミュニケーションが取れるのが不思議だった。
何から何まで不思議な机とのコミュニケーションが自分に何をもたらすのだろう、と、理一は訝しむ。この机は自分を選んできたのだろうか。それとも誰でも良かった中、自分がたまたま選ばれたのだろうか? 何もわからないが、だが選ばれたのであれば自分には何かがあるのかもしれないと考えるのは自然な発想ではあった。
たとえこれが全部自分の幻覚であり妄想であったとしても、事態が開始してしまった以上は終わらせなければならない。
なんとなく言葉にできるのはそれだけだった。
しかし今、この机が、無視できない言葉を言ったような気が理一にはした。
救急車が自分たちの横を通り過ぎていく……。
「どこの家だろ」
「どこかの家だろ」
「クラスの奴だったりして」
「そりゃないだろ」
「何で?」
(そうだ。まさに「何で?」だぜ、理一――)
(何が不思議なんだよ)
(〈サイド・マウンテン〉は想定外の事態を引き起こす)
何か、とんでもないことを言われたような気が理一にはした。
(その〈サイド・マウンテン〉ってさっきも言ってたが、何なんだそれは)
(そんなことより純輝は野次馬根性が凄いみたいだぜ)
「おい瀬戸。行ってみよう」
ちょっと目を丸くする。
「何でだよ。不幸な人を音楽のネタにするのは良くないぞ」
「そうじゃないよ。なんか胸騒ぎがするんだよ。虫の知らせって奴か。行こうぜ。クラスの奴らの可能性は今現在はまだゼロじゃないだろ」
(そうそう。純輝は”可能性”って言葉を正確に把握している――)
なぜか背中がぞわっとした。
そして駆け足になった純輝の後を着いていく。何か面倒なことになっているんじゃないか。少なくともそれは自分の住んでいるアパートではないとは思う。なぜそう思うのかはわからない。
(そうだな。無意識で〈サイド・マウンテン〉を理解し始めたのかもしれんぞ?)
(黙ってろ。とにかく――行ってみるから)
(その方がいい。あらゆる可能性はすべてのものの上に平等に存在する――)
理一は走る。願わくば自分の関係者ではないように、と、そう祈りながら。
ところが火事になっていたのは自分の関係者であるようだった。
「大和田!」
と、消防隊員の救護を受けている中学生ぐらいの小さな女の子のそばにいる男子を見て純輝は叫んだ。剛は顔を上げて純輝と理一を交互に見る。
「お前は……」
「クラスの。一組の」
「悪い。顔と名前が、まだ」
「猪瀬だ。こっちは瀬戸。そんなことよりどうしたんだ、お前の家が火事になったのか?」
「妹が料理中に、油が――」
その説明で事情はよくわかった。どうやらこの女の子が剛の妹であり、かつその当事者であるようだった。息も絶え絶えにごめんなさいごめんなさいと謝り続ける。いいからいいからと言いながら、剛は疲れた表情でも必死で笑顔を作って妹の背中をさすり続ける。燃え盛る一軒の家を見て改めて理一は愕然とした。もし自分の家がこんなことになったら自分はどうすればいいのだろう、そう驚愕していた。
「おーい! 最後の子だ!」
と、大声で仲間たちに叫びながら一人の消防隊員が燃える家の中から小さな男の子を抱えて出てきた。どうやら剛の弟のようだ。
「これで全員ですか?」
と、ある消防隊員は剛に訊ねる。はい、と、剛は答える。見ると剛の周りには男の子と女の子が一人ずついた。そして今救急車に乗せられていく男の子も併せて、どうやら剛は三人の弟妹がいるようだった。
「ご両親への連絡は」
なんとかやり取りをしなければならない、そう思い剛はパニックになりながらもしっかり答える。
「済みました。すぐ来てくれるそうです」
「よし、救助完了!」
(家はダメでも家族は大丈夫みたいだな)
(果たしてそうかな)
(何だお前は。みんな助かったんだから良かったじゃないか)
(お前がそのように”予測”したわけだから、事態は穏当には落ち着かないぜ)
しばしの沈黙の後、弟がふと呟いた。
「みむは」
「え?」
全員がその子を見る。
するとその子は立ち上がり、なんと家の中へ入ろうとする姿勢を取り始めたので剛は必死に彼を押さえ込んだ。
「おい! 危ないだろ!」
「みむが! みむがまだ家の中に! だって、みむ!」
「みむ?」と、純輝。
「うちの猫だ。もう手遅れだ。諦めろ――」
「みむーっ!」
(〈サイド・マウンテン〉はこういう事態を引き起こすのさ)
お前の仕業かと机をキッと睨みつけ……ようとした直前。
純輝が疾風のように駆け出した。
「えっ――」
消防隊員たちが止める暇もなかった。まるで縮地のように一切の予測もできない速さだった。
「おい君! 何してるんだ危ない――!」
誰の声も聞く気などまるでないようだった。純輝は燃え盛る大和田家の中へと入っていく。
「猪瀬!?」
まずい。このままじゃ猫もろとも純輝も死んでしまう――!
(……という予測を立てたわけだな)
そこでいよいよ理一は机を睨みつけた。
(何だこれは、お前の仕業か!?)
(いや。おれはお前の発動機に過ぎない。実際に世界を変えているのは理一、お前なんだぜ)
ぎょっとする。
(じゃ、おれのせいだって言うのかよ!)
(有り体に言えばそうなるな。お前がそう”予測”した結果、〈サイド・マウンテン〉がおれという回路を通じて発動したのだ)
(その〈サイド・マウンテン〉っていうのは何だ。何なんだよ)
(お前の予測は全て外れる)
ぞわっとした。それなら純輝は死んでしまうのではないか。せっかく友達になれたのに――あいつが死んでしまうなんて、今日出会ったばかりであってもショックで寝込むのは間違いなかった。夢に見る可能性もある。純輝が死んでしまう――!
(ありとあらゆる可能性の網の目を搔い潜って”それ”は現在に訪れる)
(もっと分かりやすく言ってくれよどういうことなんだよ。このままじゃ猪瀬が死んじまうんだぞ――!)
(だから言ってるだろ? ――人生は、何が起こるかわからない。わからないならわからないなりに進んでいくのもまた人生かな)
(いちいちうるせぇよお前……!)
おそらくは……このまま家が崩れて……純輝は……。
とイメージしていたら純輝が猫を抱えて家の中から出てきた。ハンカチで鼻と口を塞いでいる。
「猪瀬!」
助かった……! 生きている! と安堵すると同時に、この緊急事態によくハンカチを取り出すという発想が浮かんだものだと理一はちょっと感心し、つまり自分にも相当余裕ができたようだとやや安心し始めた。これなら猫も無事なんじゃないか?
「猪瀬、お前――」
理一や剛たちのもとへ猫を抱えて、しかし悲嘆に暮れていた。
「猫ちゃんは、ダメだったみたいだよ」そう言いながら、剛に死体となった猫を手渡す。「もうやられてた」
「そうか……」
「みむ。みむ……」
二人の弟妹が泣きじゃくる。その間も大和田家は燃え盛る。このままこの家は灰と化すのだろう……と理一は思った。
しかし通報が相当早かったのか消防士たちの迅速な仕事ぶりによるものか、家は完全な崩壊は免れたようだった。ほとんど原型を留めたまま、やがて火は消えた。
そういうわけで純輝は一仕事終えた消防隊員たちから説教の大目玉を食らい始めた。すみません、すみませーん、と平謝りの純輝であった。これはこいつはこのあとしばらく親だったり偉い人だったりへの平謝りが続くんだろうな、と、理一は予測する。
(さて)
(平謝りにはならないってのかよ)
(そこのところはわからんね。お前とのシンクロ率が今はだいぶ低下しているようだから)
(シンクロ率?)
(どうも〈サイド・マウンテン〉はお前の感情の動きと連動している。ま、自分の予測を外したくないのであれば常に冷静沈着であることを心がけるのがとりあえず重要なんだろうぜ)
(……わからんなぁ……)
と、ふと振り向くとすでに机は消えていた。
「……」
「おい大和田。お前は平気なのか?」
そう訊ねる純輝に剛もようやく落ち着いたようで、答え始める。その様子の方に理一は注目することにした。
「ああ。ちょっとパニックだがな」
「救急車の子は」
「おれは大丈夫なんだよ。本当に。あの一番下の弟のことの方がずっと気になってる」
「でも今はとりあえず自分のことを優先しようよ」
「そうは言うが……しかし、猪瀬、だったな」
「そう。猪瀬純輝」
そこで剛は大きく頭を下げた。
「ありがとう。本当にありがとう」
「いやでも、猫ちゃん死んじゃってるし」
「それは関係ない」首をぶんぶんと横に振った。「本当にありがとう。ありがとう……!」
ひたすら礼を言われ、純輝はどうすればいいかよくわからなくなっていたようだが――。
しかし、ここでようやく純輝も冷静さを取り戻してきたのか、ふと何かを思いついた様子で、剛の肩をポンポンと叩いた。
「まあお前たち兄弟はまずは回復優先として」
「ああ。本当にありがとう」
「お礼はしてくれるんだろ?」
「え」
にやりと笑う純輝にさすがに理一も目を丸くする。こいつこの緊急事態に何を言い出す気なんだ。
「猫ちゃんのいた和室で和太鼓を見かけたんだけどさ」
訝しみながらも、剛は答える。
「ああ、昔やってたが――」
「つまりお前は、太鼓が叩けるわけよね?」
にいっと白い歯を見せて、笑う。剛も弟妹たちも何が何だかさっぱりわからない。
猪瀬純輝――こいつ、いい奴なのか悪い奴なのか……さっぱりわからない。
……机は消えてしまったが、この展開も〈サイド・マウンテン〉の力によるものなのだろうか。
確かに、おれはこんな予測はしなかったが……そう、思いながら、ふと理一は救急隊員たちの仕事ぶりに目を向けていた。みんな一生懸命働いている。そう。どんな事態がどんな展開になろうと、それでも彼らのやることが変わらないのと同じように、おそらくは自分たちのやること、やるべきこと、やらなきゃいけないことも、何も変わらないのだろうな、と、そう、理一は確信していたのだった。




