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フォレスト  作者: 横谷昌資
第四部 または寂しさの輪郭(かたち)
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第一話 想いは燃えているか・3

「入学早々、担任を頼ってくれるのは嬉しいんだけどね」

 放課後。廊下を歩きながら優作は純輝の言葉に応える。

「くどいようっすけどおれたち学園祭でライヴやるんで、それならまずは音楽室っしょと」

「しかし入学式の翌日とはねー。猪瀬は人見知りしないタイプのようだ」

「それはもう、直感で分かる優作先生の人柄の賜物」

「何も出ないぞー」

「それマジでいい返しっすよねー。誰が言い始めたんだろう? な、瀬戸?」

 理一は、ふう、と、ため息をついた。

 優作はちょっと心配そうに理一に声をかけた。

「瀬戸、本当に大丈夫かい? さっきは急にパニックになったようだけど、何かあったのかい」

 机に生えたアメーバが話しかけてきたからびっくりしました、などと言うわけにもいかず、どう説明すればいいのか理一にはさっぱりわからなかった。今ここにその机がいないのは幸運だった。うっかり説明してしまいそうだったからだ。

「何だか急に……突然パニックになって」

「精神科に行ってみた方がいいかもねぇ」

「精神科って」と、理一はちょっと驚く。「そこまで異常じゃ」と言いながらも、しかし”異常”なことが起こっていること自体は間違いないのだが、とは思う。

 優作は言った。

「一応、誰もが行くとこなんだよ。結局ただの病院だからね。外科とか内科とかと同じで」

「そうだよ瀬戸。体の調子が悪くて内科に行くなら、心の調子が悪いなら精神科とか心療内科とかがベストだよ」

 純輝はそう言うが、精神科ねぇ、と、理一は呟く。

 すると優作が、

「病院自体は普通のとこみたいだよ」

 と言ってきたので、理一は怪訝そうな顔をした。

「先生の知り合いがかかってたりするんですか」

「――まあ、そんなところ」

 精神科が危険な場所ではないことを説明したい一方で、どこか言葉を濁す優作に、やっぱりそうそう簡単に受診すべき診療科目ではなさそうだ、と、理一はちょっと思う。

「ところで猪瀬。音楽室に何しに行きたいんだ?」

 話題を変えたことがちょっと気になったが、しかし話題を変えてくれたこと自体はありがたかった。

「それはもう~今後のおれたちの根城になるわけだし? 下見してーなと」

「音楽の授業まで待ってられない、と」

「そうです~」

「まあ許可が出れば基本どこの教室にも行けるけどね。着いたよ」

 音楽室に到着した。さっき立ち寄った事務室から借りた鍵を使って優作はドアを開ける。そして三人は教室の中へと入った。

「ふうむ。これが我が校の音楽室か――お。ドラムセットだー。デジタルピアノもあるじゃん、わ、コルグだー」

 はしゃぐ純輝に呆れる一方、ちょっとだけ眩しい気持ちになるのも確かで、理一は、自分がどこか同世代の子たちと比べて冷めているようなのはやっぱり物心ついた頃からあまり積極性というもののない静かな父親と二人暮らしなのが原因なのかな、と、いつも思うようにそう思う。とはいえ原因がわかったからといって活発な性格になるわけでもないし、別に自分の性格を嫌悪しているわけでもない。

 自分はこれからも、どこか冷めた感じで人生を過ごしていくのだろうな、と、理一は思う。それがいいことなのかどうなのかはよくわからないが、しかし、音楽室に入れて純粋に喜んでいる純輝と比べたら、それによって自分は損をしているような気もしてくる。

 だからといって、別に自分のこれまれでの日々を、損をしたと思っているわけでもないのだが。

 そんなことを思いながら理一も音楽室内を見渡す。すると、後ろの壁にやや大きめの額縁に飾られている絵を発見した。特に絵に興味のない理一であったが、何が描いてあるのかなという興味はそそられそちらへ行く。

 それは渚の絵だった。もしも作者がこの海なし県で描いたのであれば想像で描いたのだろうなと思う。きれいな絵だが、ちょっと寂しげな雰囲気を感じるのは自分の気のせいだろうか。

「海川航平っていう画家の人が描いたんだよ」

 と、後ろから優作が説明した。

「聞いたことないな。まあ、おれ、画家の名前なんて知らないんですけど」

「うん。ぼくも詳しくは知らないんだけどね。もうとっくに亡くなってる人で、いよいよ有名人になるっていう前に死んでしまったようだ」

「ふうん」

「なんで音楽室に飾ってあるんだろう? てゆーかその人この学校の卒業生?」

 と、こっちに注目してそう訊ねる純輝に、優作は答える。

「お姉さんがこの高校の出身らしくて」

「ああ、じゃあ、その人が音楽部だったと」

「いや。そうじゃないみたいなんだけど、美術室に飾りたいっていうのと一緒にどうしても音楽室に飾りたいっておっしゃったんだと。それで、断る理由もないしね」

「ふーん。なんかこの黄色のとことか、寂しげな絵だけど、でもきれいな絵だ」

 自分と同じ感想を抱いた純輝に理一は心の中でふと感動する。そう、確かにこの渚の絵からはちょっとだけ寂しさを覚えるのだった。

「で、それはま、さておき」と、そこで純輝は右手でガッツポーズを取った。「絵のことはいいや。それよりドラムもあるわデジピもあるわスピーカーもあるわで完璧だな。バンド組むにあたって楽器の心配も機材の心配もなさそうだぜ、瀬戸。それで先生、おれたち、音楽部だか音楽クラブだかに入りたいんすけどね」

 と早口でまくし立てる純輝にそこで、優作は、う~ん、と、唸った。

「何その唸り声」

「いや、何というか……言いにくいんだけどね。音楽部は一昨年、廃部になったんだよね」

「えっ」

 そこで優作は笑顔になった。こう説明すればがっかりしないだろうと思って。

「だから君たちは、一からのスタートではなくゼロからのスタートになる、というわけだ。どうだい、やれそうかい?」

 やれないんじゃないかなぁと理一は漠然と思う。

 すると後ろから机の声がした。

(さて。お前がおれを”使いこなせるかどうか”がこのミッションの鍵のようだぞ)

(だから何なんだよお前は出たり消えたり――)

 と後ろを振り返ったがすでにそこに机はいなかった。

 とにかく――学園祭ライヴの決行は純輝次第でおれは関係ないな、と、そう理一は決めることにした。こういうところが自分の”冷めている”所以なのだろうな、と、やや自分に呆れながら。

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