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フォレスト  作者: 横谷昌資
第四部 または寂しさの輪郭(かたち)
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第一話 想いは燃えているか・2

 というわけで保健室。到着するまでの間、理一は後ろをちらちらと振り返っていたが、いつの間にか机は消えていた。どこかへ行ったということなのか、それとも、単に自分の幻覚だったのか――さっぱり事情がわからないが、しかしいなくなってくれたこと自体は良かったと言える、そう思い、理一は少しホッとした。養護教諭に純輝が説明をしてくれて、理一はあっさりとベッドに横になることが許可された。

「大丈夫か、瀬戸?」

 自分に声をかけてくれる左の純輝の方を見る。

「ありがとう。だいぶ、落ち着いた。猪瀬、だったっけ」

「そう、猪瀬純輝。よろしくな」

「瀬戸だ。よろしく――」

(そしておれは名無しの机)

 ぎょっとして右側を向くとそこにさっきの机がいた。机の上にまるで生えているかのように緑色のアメーバ。そいつが自分に話しかけている――やっぱりおれは頭がおかしくなったんだ。そう思って、どうすればいいのかわからず、とりあえず理一は布団を頭から被った。

「おい、本当に大丈夫か」

「大丈夫だ。ちょっと、ごめん」

「うん。落ち着くまでいるよ」

「いや、戻ってくれていいよ」

「そんなこと言わないで。それより友達になろうぜ」

 この状況下でこいつすごいな、と思いつつ、しかしそういえばこのアメーバ机はどうやら他の人たちには見えないようだということにいよいよ理一は気づいた。

「友達って」

「おれ、悪い奴じゃないよ」

「それは何となくわかるけど」

「おっ。好印象を与えられたな」

 しかし友情を育むのは考えてやらないこともないが、今はちょっと一人になりたかった。早く教室に戻ってくれないかな、そう思う。

(まあこの猪瀬とかいう奴はお前が心底心配みたいだぜ)

 机が話しかける。たぶん、心の声でコンタクトは取れるのではないかと理一はちょっと思い、心でこう反応した。

(だから何なんだよお前は)

 すると机が応えた。

(おれも知りたいんだがね。まあとにかく、落ち着け落ち着け。これからおれたちの縁はしばらく続きそうなんだぜ)

(は?)

 布団を被って真っ暗闇の中、まるで自分が夢を見ているかのように理一には思えたが、しかしこれが夢ではないことはその間もちょくちょく話しかけてくる純輝の存在で明らかだった。

 だが純輝の言葉への反応はおざなりに済ませ、理一は机と接触を試みないわけにはいかない。机は言った。もちろん理一以外には聞こえない。

(おれは誰かの残留思念だ。そいつがお前のもとへおれを届けたかったらしい)

(誰かって、誰だよ)

(わからんね。誰かは誰かさ。ただ理想的第三者って意味じゃないぞ)

 ふと理一はこの机と順調にコミュニケーションが取れていることに気づく。

(なんだか面倒臭いなお前。机の分際で)

(おれはあくまでお前の中に存在している言葉を遣っている。おれの言葉が面倒臭いということはお前が面倒臭い男だということだ)

(それはいいから、だから……お前は何だ。怪物か。化け物か)

(おれにもよくわからん。言っただろ。誰かの残留思念だと。そいつのイメージが、おそらくは時間経過とともにこのような姿にグラフィカルに表現されているのだ)

(アメーバに?)

(そうだ。この机もたぶんそいつが意識を残しただけのただの机なんだが、今ではイメージの産物と成り果てているのだな)

(ということは幻覚なのか)

(幻覚も現実の一部さ。ひいては人生の、生活の、日常の)

(知ったようなことを)

(人生は何があるかわからない。わからないならわからないなりに進んでいくのもまた人生かな)

(いちいち小うるさい机だ)

(ま、お前の影の分身、ってところだな)

「なあ瀬戸。聞いてるか?」

 そこで純輝の声にようやく理一は気づいた。

 布団から顔を出す。右側に机はまだいた。しかし、純輝に反応する。

「何だよ?」

「いや。おれとバンド組まない? お前ギター弾けるんだろ?」

 考えてみればこいつと会話をしていればこのようなやり取りになるのは必然だったんだろうな、と理一は思う。

「一応それなりに」

「じゃやろうぜ。学園祭でライヴしよ」

「考えとく」

「え~。決めようよ~。ちなみに好きなミュージシャンは誰?」

(せっかく仲良くしてくれてる相手なんだから仲良くするべきだぜ)

 机の言葉に背中を押されたわけではないが、そのこと自体は確かにその通りだといい加減理一は気づいた。この猪瀬は自分を心配して保健室へと連れて行ってくれたのだ。悪い奴ではないのは直感でわかるし、友達になるかどうかはさておき、今、純輝とコミュニケーションを取らない理由は特にない。理一は純輝の質問に答えた。

「日置航也に最近注目してる」

「『レッツ・トゥデイズ』の?」それは毎週日曜日の夕方に放送されている理一たちの地元ラジオ局の番組である。「なかなかジモティーだな」

「音楽はいいと思うけど」

「じゃあ帰ったら聴いてみるよ」

 純輝は実際に、帰宅したら聴いてみる奴なんだろうな、と、理一はちょっと確信した。割と強い確信だった。こいつはきっとそういう奴なんだろう。

(〈サイド・マウンテン〉は既定事項の否定までは機能しない)

 そこで机が不思議なことを言ってきたので、サイドなんとかとは何だろうと反応しようとした矢先、純輝が訊いてきた。

「ハイスタとか好き?」

 文脈から言って、それはパンクバンドのハイ・スタンダードのことでしかないだろうな、と、理一は思う。

「親父が好きだったみたいだ」

「世代を感じるな」

「もう二十年以上前だろう」

「名作は色褪せない。『メイキング・ザ・ロード』は完璧な名盤だ」

「それはわかるけど」

「まあ学園祭でハイスタをやるかどうかはみんなで考えるとして、ライヴ楽しみだなぁ~」

「ちょっと待て、おれはバンドをやるなんて言ってないぞ」

「せっかく縁ができたんだからさ。おれ的には、さっきのあの小津野さんというのにピアノないしキーボードで参加してもらいたいと思ってるんだよね。あとはドラムとヴォーカルだな。クラスの連中で言うとあの大和田って奴がドラムっぽい雰囲気だ。体もでかいし。ああ、歌がうまいに越したことはないけどそれより声のきれいな奴がいいなーかっこいい奴だといいんだけど」

 べらべらと計画性のない計画を説明する純輝に、これはもう、今さらメンバーにはならないと言ったらこいつはすごく悲嘆に暮れるのだろうな、と、これまた強く理一は確信する。とはいえ、まあ、せっかく仲良くなれそうなのだし、別にバンドを組みたくないわけでもないし……まあ、あとは、こいつとの相性次第だ、と、そう思い、理一は純輝との会話を弾ませる。

(どうやらバンドを組むのがお前の未来の既定事項のようだな)

(何だよさっきから既定事項既定事項って)

(ま、お前もだんだん乗り気になってるし、人生は乗りこなすものなのさ)

(いい加減なことを――)

「それでさあ、最近は新山一斗にいやまいっとにハマってるんだよね。流行りの音楽性の中のどこか懐かしい感じがいいよなーと思う。瀬戸は他はどんなのが好きなの? 日置航也かぁ。ローカルなミュージシャンってダサいなーとか正直思ってたんだけど、お前が好きっていうならマジ帰ったらじっくり聴いてみるよ。あとお前の親父さんともおれは相性が良さそうだ。ゼロ年代だなぁ、リアルタイムでハイスタを聴けたなんて羨ましいことこの上ない――」

 純輝は喋るのが好きな男のようだな、と、そこで理一はようやく気づき、こいつと友達になるからには自分の基本的には無口な性格も少しは変わっていくのだろうか、と、思った。

 それはちょっと、不安だな、と――ふと思う。

 それはこれからの高校生活とこの不思議な机に対する不安と同じような感情であった。

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