ふらりと愛媛編 2月23日 ①
朝8時50分
太陽が差し込み天気に恵まれた朝。周囲は観光客らしき人々が楽しそうに会話していたり、仕事人らしき人が膝にコーヒーをこぼし、「へぇええん!」と鳴き声を上げていたころ。
私は大阪ではなく、神戸の三宮バスターミナルにて、近くのコンビニで買った一個100円ぐらいのカスタードクリームパンをもそもそ食べながら俯いていた。
話は少々さかのぼる。
私は神戸ビーフを食べてから愛媛に行くべきだと思い立ち、ホテルの朝食もそこそこに、すぐに出発した。
日本国籍の大半を占める通勤人に押しつぶされながら満員電車に乗り、迷子になって駅員さんに道を聞き、交番に行って道を聞き、散歩している老人に道を聞く。そして電車に乗ってどんぶらこ。
その苦労のかいあってか無事、朝の8時に神戸へ到着したのだ。だがそこには誤算があった。
朝はそもそも店やってねえ。
朝から神戸ビーフを食べたいなら、早朝のホテルビュッフェを狙ったほうが良いに決まっているが、そんな事に思い当たっていたらこんなことになっていない。
顔だけはやる気がなさそうに散歩しているだけの人を取り繕いながらも必死になって定食屋もステーキハウスも探したが、こんな時間にやっているはずがなかった。
どこか空っぽになったような胸の中を少しでも埋めたいと思い、コンビニに座り込む。すると、店から誰かが出てきた。制服からして店員だ。
どこか警戒するように恐る恐る店員が近づいてきて声をかけている。誰に?もちろん私にだ。
「あの、お客様、どうされましたか?」
「あ、え、その……」
考えなくとも当然である。こんな不審者警戒しないほうがおかしい。でも信じてくれ。私は不審者じゃないんだ。
「わ、私、観光客でして……。三宮のバスターミナルって、どこ、ですか?」
道は知っていたが誤魔化すためにそう言うと、店員の眉間からしわが消え、いかり肩がなで肩へと変化していった。見るからに安心したように力が抜ける店員。
あまりの申し訳なさに、私は爽健美茶と安くて甘いクリームパンを買ったのであった。
旅の前だというのに既に心の体力ゲージがデッドゾーンすれすれの私は、そのまま三ノ宮駅にてボケっとして時間をつぶし、9時過ぎ発の高速バスが到着するのをまつ。
そして現在。
もそもそクリームパンを食べていると足元がもそもそした。
何ぞや?と思いクリームパン越しに視線を下すと小さな子供がなぜか座っている。こちらには背を向けており、顔は見えない。
子どものズボンについた毛玉のポンポンが私の足をもそもそ刺激する犯人だった。
なぜ足元にいるのかも分からず、そのまま見下ろすことにする。
もしかしたらかくれんぼをしている最中の可能性もあるので、もしそうだったら声をかけることで見つかる可能性もある。
私は寛大な目で子供の存在を許していた。
すると子供がこちらにもたれかかり、顔を上げたことで私と目が合う。
「いやー! だれー! おかあさーん!」
子供は急に叫び出すと私を突き飛ばすように押すことでその反動で立ち上がり、どこかへと去っていった。
突き飛ばすようにと言っても、体格差は私が圧倒的に有利であり、肉体どころか衣服にも損傷は見られない。だが心は別だ。
体に見合わない私のふわふわハートは大いに傷つき、手元の空になったクリームパンの袋が悲し気にカサカサ鳴いていた。
そしてバスがようやく到着したのだった。
バスに乗り、町中を走る。夜行バスとは違い、昼の高速バスは窓のカーテンがすべて開けられている。そのまま外をぼんやり見ていると、気が付けば景色は一変。海だ。
普通の乗用車とは違い、高速バスは背が高いのでガードレールよりも乗客の視線が高くなる。
あいにくの天気だったが、まるで海の上を走っているような光景に、私は思わずスマホで写真を撮ったのであった。
そして淡路島を越え、四国に入り、ひと眠りした後。
私は愛媛についた。
時刻は午後2時近く。
JRにてバスから降り、さて、公共交通機関を利用して道後温泉に行こうとしたが、ゴミの入ったビニール袋を片手に呆然としてしまった。
遠くの方で、道路に沿うように電車が柵も無い地面を走っている。
私は生まれて初めて路面電車というものを目の当たりにした。
「……んで、どうやって乗るの? これ」
とりあえず、先に並んでいる人達に続いて待つことにする。
お金の払うタイミングが分からず、スマホで調べようにもいまいちわからない。
焦っていると、昔、姉から言われた教えが思い起こされた。
(そうだ。都市部は人数多すぎはよ降りろと、せっかち先払い。それ以外はゆったり後払いだ)
そう思うと安心感から周囲の景色を見回す。目に見えるお店全部がミカンアピール。
どうやらここはミカンに支配されたミカン県であることに間違いはないようだった。
そして路面電車に乗り、無事に道後温泉駅に到着することが出来た。
そして到着してすぐの午後2時58分。
私は坊っちゃんカラクリ時計の前で団子を貪りながら仁王立ちで時を待っていた。
別に意味も無くこのようなことはしない。団子だって胃袋に必要だったから仕方が無くだ。
本当は私だってすぐ隣の足湯を楽しみたい。
そう思いながら視線を足湯に向ける。
「わあー! あったかい! 生き返るぅ~!」
「ごめーん! あたしタオル、ホテルにおいてっちゃったみたい!」
「しかたがないなあ~。はい!タオル~(謎のだみ声)」
キャイキャイ、ワイワイ。
そこにはおそらく女子高生であろう子供たちが楽しそうに輝いていた。もとい、足湯を堪能していた。
もちろん彼女たちは他の観光客の迷惑にならないように声も抑えているし、荷物もぎゅっとまとめて広がらないようにしている。
独占の意思なぞ一切感じられない。
だからこれは私の問題なのだ。影に生きる私ではあのような高校時代を送ることが出来ず、……うっ!古傷が!
その時、音が鳴り始める。時計からだ。
過去の暗黒の記憶は一旦よそに置いておいて、串をビニール袋に入れて時計を見守る。周囲の人たちも会話を抑え立ち止まり、思い出を残そうとスマホで撮影する者もいた。私もその一人だ。
時計が縦に伸び、時代を思わせる衣装を着た人形たちが現れる。
音楽と共に時計が動き、人形たちもゆらゆら、くるくると回っている。
伸びた時計は一階、二階、三階と、道後温泉本館を表している。
そして時計がもとに戻ると、周囲の会話や人の動きもまた動き出した。
私も、いつまでもここにいるわけにはいかない。
宿泊旅行で欠かせない作法である宿へのチェックインをすべく、その場を離れたのであった。




