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ふらりと愛媛編 2月23日 ②



 手元の画面内の地図が示す場所に来たはずなのだが、いまいちわからない。


 おかしい。この辺りに宿があるはずなのに。道中買った竹の棒に巻き付けて焼き上げたようなかまぼこに齧りつきながら考える。


 ……いや、本当は分かっている。今まさに齧りついているこれのせいだ。


 食事を食べながら入るのはマナー違反と思い、あえて遠回りして食べ終わる頃に宿に入館する予定だったのだが、到着する前に完食してしまった。


 ビニール袋に竹の棒を入れて一息つく。


 気を取り直し、手元のスマホに再び視線を下す。画面は現在地とは道が一、二本ずれた場所に目的地を示していた。


 「えぇ……」


 まるで食べ終わるのを待っていたかのようなGPSの挙動。

 食べ歩きをする奴はけしからんとばかりに案内を放棄していたのだろうか。


 自分のスマホがそんなマナーに厳しいはずがないと思いつつも、改めて今日の宿に向かうのであった。



 道後温泉の中心地からは徒歩圏内の坂の道沿い。そこに目当ての宿があった。

 ここの宿に決めた理由は簡単だ。朝食が上手いとのネットの口コミに誘われたからだ。

 意気揚々と入ると、すぐに愛媛の宿の洗礼を浴びた。


 蛇口ミカンだ。


 蛇口からミカンジュースという都市伝説が今ここに実在していた。それもただミカンジュースというだけではない。


 〈温州〉〈清美〉〈不知火〉


 三品種のテイスティングが出来てしまうではないか!


 紙コップに入れてはそれぞれグビグビ飲んで、おかわりもしてしまった。


 普段意識もしていなかったが、味が全く違う。愛媛の人もそりゃあ力を入れる。


 別の壁にある棚にはタオルバーなる物もある。道後で温泉巡りをするからこそ、タオルの拭き心地も比較できるとはなんと贅沢なホテルなのだろう。


 そこで視界の端にちらりと果物が乗った籠が見えた。みかんだ。


 宿泊客へのサービスとして、ミカンが山盛りになっている。しかも私の大好きな小玉ミカンではないか。


 個人的に大玉ミカンよりも味が濃縮されているように感じるこの果実は小玉に限るのだ。ジュースを飲み干しタオルを物色し、ふと、“目が合った”


 受付で宿の従業員の方がニコリとほほえんだ。


「…………あ、チェックインお願いします」


 受付の方は微笑んでいた。



 少々気まずい思いをしながら部屋で小休憩を挟んだ後、散策に出かけることにした。


 宿に到着する前にも散策はしたが、あくまでも宿のおまけ程度。商店街をメインで散策するのはこれからだ。


 地元では見ないものが詰められた空間は、ピクニックとは違うものの、どこか浮ついた心持になる。


 ホットミカンジュースやミカンのドライフルーツ。餡子のロールケーキを揚げたなぞの菓子を飲み食いしながら散策をしていく。


 そして目についたのは、日本の古銭が入ったガチャガチャだった。


 最初は正直目を疑った。


(え、お金入ってるじゃん。古銭だったらいいの?)


 ……一回三百円。やるか、やらざるか。


 とりあえずすぐに出せる手持ちの小銭を確認しようとしたが、できなかった。


 食べ歩きの際のゴミで手はいっぱいだ。油もついてるし、正直これをこのままカバンに入れるのは嫌だ。


(まあ、珍しいって思っただけだし。こういうのは外国人観光客向けだし。どうしてもやりたいわけじゃないし)


 ぶつぶつと言い訳を重ねながらその場を後にした。





 午後6時30分


 道後温泉駅にて人だかりが見えたので、野次馬根性を発揮して現場に向かうと、そこには坊ちゃん列車が夜の街頭に照らされていた。


 小説『坊っちゃん』に登場する蒸気機関車を再現した観光列車らしい。あいにく今日は展示だけだが、どうやら走るときもあるとのこと。


「すいませーん、写真お願いしてもいいですか? 」


 背後から声を掛けられて振り返ると、そこには妙齢の女性二人組がいた。首から下げたカメラをこちらに渡そうとする。


「はい、良いですよ」

「ありがとうございます!」


 パッと目を見開いて嬉しそうに口がパカリと開く。


 受け取ったカメラはなかなかに本格的なものでずっしりと重く、多くのボタンがあった。手間取る私に気が付いたのか、「ボタンを押してパシャリと取るだけでいいんで!」と言う。


 まあ、私の様な初心者が訳も分からずいじるよりは絶対にそちらの方がいい。

 言われたとおりに押すとフラッシュが辺りを一瞬照らし出す。


「ありがとうございます! あの、できればもう一枚――」


 一通り写真を撮り終え、笑顔でお礼を言われて彼女たちは去っていった。

 そしてその様子を見ていた別の観光客からもカメラ係を頼まれることになった。



 さて、愛媛の名物料理と言ったらと、名前を挙げる人も多い鯛めしだが。


 今、私の目の前にあります。


 道後温泉は観光地なだけあって色んな飲食店が並んでいるのだが、私としてはせっかく来たのだからご当地名物は食べないと気が済まない。


 席に着くなり鯛めしを注文したのは私ぐらいだろう。


「スンませーん。鯛めしセット三っつ」


 もっと早い人がいた。店に入店しながら注文するのはやったことが無い。常連ならまだしも、あのチャラさだ。観光客に決まっている。


 上には上がいると一人反省をする。お冷を飲んで頭も口も冷やしていると、注文した鯛めしが届いた。


 この店の鯛めしは宇和島スタイルで、ご飯に鯛の刺身を乗せたタイプだ。

 

 赤と黒の容器に盛り付けられた鯛めしは、トッピングの薬味が色彩的にアクセントになっている。

 

 一口食べればタレに付け込まれた鯛と、そのうまさがしみ込んだ米がとってもおいしい。


 温かい汁を一口飲んでほっとする。じんわりと体の奥から暖かくなってきた。

 温かい店内とはいえ、まだ冬。外をずっと歩いていたこともあり、体はすっかり冷え切っていたのだ。


(もうちょっと何か頼みたいな)


 そう思いテーブルのメニュー表に目を通す。そこで目を引いたのは……。


〈じゃこ天〉


 迷わず注文した。





 午後9時




 店から出て商店街を散策していると、あることに気が付いた。


「やばい、温泉、忘れてた!」


 ここまで来て観光地のメインである道後温泉本館に入りそびれるところだった。

 慌てて宿に戻り、入浴の準備を抱えて外出をするのであった。

 

 目指す先は道後温泉本館である。

 

 そして時と距離が飛び、極上ふわっふわタオルと着替え、入浴セットを入れた袋を片手に、意気揚々と道後温泉本館の玄関をくぐる。


 時間が時間なのもあり、人は賑わっているものの、混雑というほどではない。


 靴を脱ぎ、いざ風呂台を支払う。と、視界の端でオレンジ色の小さなブロックが個包装で売られていた。一個50円。


 しっかり視線を向けて確認すると、それは石鹸だった。みかん石鹸。

 道後温泉と愛媛のみかんアピールが噛み合った奇跡のマリアージュ。


 お土産にもよし。石鹸を忘れた人にもお手頃でよし。


 誰も損する人のいない大きさと値段設定だった。


「ふぅむ」


 入用料も色々あるけど、時間的に満喫は難しい。ならばと一番安い基本プランを選択した。


 そして入浴後、道後温泉本館前。午後10時過ぎ


 は?入浴シーン?


 各自で脳内補完してくれ。心地よさも素晴らしさも他の大多数の温泉とそう変わらん。明日も入るし。

 要するに素晴らしかったとだけ。

 

 そうやって、のぼせる寸前まで入り体の芯まで温まったからだろう。

 息を吐くと濃く白い煙が出てきて、まるで自分が坊っちゃん列車になったかのようだった。


 風呂上がりにパンツを新しいものに履き替えたおかげで、気分もまっさらになった。


 鼻歌でも歌いながら帰りたいが、あいにくと周囲には窓多くの観光客が歩いている。


 そんなことでもしたら一発で不審者認定合格だ。


 鼻歌ならぬ、鼻息でリズムをとりながら今日の宿へと戻ったのであった。


 そしてホテルのフロントから半笑いで見られつつも戻った時、山盛りみかんをいくつか拝借しようとして、目を見開いた。


 みかんが消えた。その代わり――


「鯛めし握り……」


 おいおい、なんてこった。ここの宿のサービスは一体全体なんなんだ?


 一つずつラップに包まれたおにぎり達。それらに込められた暖かさにぐらりとしそうだ。

 その心遣いに感謝を捧げながら一つだけ拝借する。


 おかげでこの日は口も胃も不思議な満足感に満たされながら眠りにつくことができたのであった。


 


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