反撃の狼煙、乙女風味
サイクロプスに捕らえられ、ユウリはもはや万事休す。
絶体絶命のピンチに『お困りどすか?』とヤマトナデシコが悪辣に囁いてきたのであった。
「おまっ。このタイミングで、なにを訊いてきてるんだ!」
『いえ、ですから「お困りどすか?」と』
「この状態で困っていないと思うのか!」
『さいでんなー。絶体絶命のピンチかと?』
「分かっているのなら訊くなー!」
この窮地にのほほんと答えるヤマトナデシコに怒り絶叫すると『せやさかい、助太刀しようと思いまして。今こそ妾を抜きなはれ』と抜刀を勧めてくる。
「言われなくても、この状況なら抜くって」
足を掴まれ自由が利かない現状、ユウリの使える武器は背中に負ったヤマトナデシコ以外にない。コイツが増長するのは少々剛腹だが、背に腹は代えられない。
柄に手をかけると「だから」とヤマトナデシコに釘をさす。
「大見得切って助太刀すると言ったんだから、相応の力を発揮しろよ」
『承知しとりま。ここはどーんと、妾に任しときなはれ』
ユウリ相手に自信満々にヤマトナデシコが『いきますえ』と言うと、まるで熱を帯びるかのように刀が白く輝きだす。
輝きに合わせるように『あ、あ、ああん』と艶めかしい声を漏らすのが何気に卑猥。
『来てる、来てる、来てる。ユウリはんの力が妾の中に入ってきてる』
「やめろ! なんか卑猥な言い方すんな!」
『なに言うてまんねん。あんさんのエネルギーが妾の中で駆け巡ってこそ、魔剣が本領発揮するんやおまへんか!』
ユウリのツッコミに怯むことなく、ヤマトナデシコが身悶えを続ける。言葉にすると怪しいヘンタイの所業だが、その言葉にウソ偽りはなく背中越しに確かな〝力〟を感じる。
「なんだ、あの輝きは?」
アレクサンドリアが驚くのもさもありなん。刀が光り輝くだなんて、普通の常識では考えられない。
「わたくしにも分かりませんわ。なにがなんだか……」
前代未聞の現象に、一緒にいたレオノーラも戸惑いを隠せない。理解できるのは、これが魔剣の力だということのみ。
「ただ……ひょっとしたら、形勢が一気に逆転するのかもです?」
戸惑いと期待を込めてレオノーラがそう呟くと、それに呼応するかの如くヤマトナデシコがひときわ強く真っ白に輝いた。
増した輝きはユウリのポニーテルをも煌々と照らし、その強すぎる光がゆえに瞬きを作り出す。
強い光の明滅にサイクロプスが顔を顰めつつ目を細ると、握る握力に影響が出たのかユウリの拘束がホンの僅かに緩る千載一遇のチャンス。
『今どす!』
「応!」
ヤマトナデシコが鬨の声を発すると、その言葉に弾かれるようにユウリは魔剣を鞘から解放した。
その瞬間。
背中のポニーテールが勢いよく解ける。
「……あっ」
どうやら抜刀の勢いで、髪留めの紐が剣に引っかかったらしい。ただのドジである。
しかし解けた髪が解放されて白糸の滝のように肩へ流れ落ちると、魔剣の白光が髪に反射してユウリの輪郭を淡く照らす結果に。
「……なんと可憐で、美しい」
その神々しさはアレクサンドリアが思わず呟くほど。隣に立つレオノーラすらハッと息を呑む。
が、当のユウリは……
「ちっ……髪が邪魔〝ね〟。あとで結び直さないと……ホント、面倒だ〝わ〟」
『そんなこと気にするよりも、ちゃんと前を見なはれ』
それどころではなく、今は絶賛戦闘中。口調がビミョーに変わっていることすら気付く余裕がない。
「さっきは良いように嬲ってくれた〝わね〟。キッチリお返しをさせてもらう〝わ〟!」
『やられた分は倍返しどす!』
ユウリが叫び、ヤマトナデシコが応ずる。
最初の一太刀はユウリを掴んで離さなかった右手の指先を、閃光と共に太刀が目にも止まらぬ速さで走る。
『手応え、あり』
ヤマトナデシコがニヒルに呟く一拍後、サイクロプスの指先からつつーっと鮮血が滴る。
「GAAAAAA!」
剃刀で切り刻まれたかのような鋭い痛みに、サイクロプスが悲鳴をあげながらユウリを振りほどく。
掴まれた巨人の手から解放されたユウリは、まるで義経の八艘飛びのように周囲の巨木を次々と蹴りながら地上に降りてきた。
「ふん。ざまああそばせ」
乱れた髪を手櫛で整えながらユウリは悪態をつきつつ、中指を立てて更なる挑発。捕食する餌だと思っていた人間に逆襲されたのだから、サイクロプスの怒りの程度も分かるというもの。
『うわー。怒っとる、怒っとる』
ヤマトナデシコが楽しそうに言う。
「あの独活の大木ったら、窮鼠猫を嚙むってのを知らないのかしらね?」
ユウリが肩をすくめると、サイクロプスが知らないどころか挑発に思い切り反応した。
「GAAAAAAAAッ!」
単眼を血走らせ、両手両足を振り回しながら迫ってくる。
『ユウリはん、来ましたえ』
「見てりゃ分かるわ!」
言うや髪を払って前を向く。その仕草がまるで魔剣の光と相まって、〝神々しい戦乙女〟のように見える。
実際は本人はただ髪が邪魔で払っただけであるが、少なくともアレクサンドリアとレオノーラには感化するものがあった。
「おおっ!」
「……これが、ユウリ、なの……」
「…………」
アレクサンドリアは無論のこと、レオノーラも言わんやヒルデまでもが語彙力低く言葉を失う。あれが見た目はともかく、所作ががさつな少女だったのだろうかと?
ヤマトナデシコを正眼に構え直すや、怒りに任せたサイクロプスの攻撃をかいくぐりつつ剣を振るう。
それはまるで剣舞を見ているようで、華麗に可憐な舞を披露する。
相手は襲い来るサイクロプスの腕。ユウリはロデオよろしく間一髪で猛攻をすり抜けると、お返しとばかりに手の甲に一太刀浴びせる。
「大男、総じてなんとやらね。襲ってくるのに、守りはまったくだわ」
「GEEEE!」
ユウリの軽口に呼応するように、サイクロプスが苦悶の咆哮をあげる。
ヤマトナデシコがサイクロプスの手の甲に緋色の披裂を作り、裂けた手の甲からは鮮血が滴り落ちる。
「見事だ」
「ですが、あれでは未だダメです」
「むしろ手負いの怪物になる」
三者三様の声が、ユウリの背後から飛んでくる。
アレクサンドリアが素直に感嘆。
レオノーラが冷静な戦況分析。
ヒルデが野生の勘。
「OHOHOHOH!」
怒り狂うサイクロプスが再び吼えて、ヤマトナデシコが『手の先っぽなんかチマチマ嬲ってても埒が明かん』とユウリに物申す。
『細かい切り傷ようけこさえても、ちぃーともダメージにはなっとらん。アイツが倒れるより先に、こっちがスタミナ切れしてまいます。勝負賭けるんやったら、もっと一気にいかんと』
「それは分かるけど。でも、どうやって?」
『わざとアイツに食われて、腹の中から剣でチクチクと?』
「一寸法師じゃないわよ!」
というか、噛まずに丸呑みされる保証もないし、唾液や胃酸で全身べとべとは想像するだけで気持ち悪い。黄ばんだ歯を見れば口臭も臭いに違いないから、たとえ勝機があったとしても全力で拒否する。
『それは冗談として』
「真面目にやんなさい!」
『なら他の方法ですけど。いかに図体がデカかろうが目ん玉がひとつしかなかろうが、突き詰めればアイツはヒト型の魔獣。せやったら弱点はヒトと同じですえ』
指摘されてピンとくる。
「剣で狙うとしたら、頸動脈ね」
『喉元を掻き切ってしまいまひょ』
一発逆転を狙うべく、ユウリはサイクロプスめがけて跳びあがったのだった。
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