逃げるは恥だが厄も立つ
サイクロプスがユウリをご馳走としてロックオン。
すぐ傍には小さくとも爆乳で指しの乗ったヒルデもいるのだが、よりお気に召したのはどうやら中肉中背な見た目のユウリのほう。
だらしなく半開きの口元からはテラテラと輝く涎が滴り落ち、舌なめずりをする音までもが聞こえてくる。
「オ、オレを食ったって美味くないぞ」
天を見上げてユウリは主張するが、サイクロプスに聞く耳があろうはずもない。代わりにユウリをギロリと凝視し、涎を一滴さらに地表に滴り落とす。
その様子を見てヒルデがボソリとひと言。
「サイクロプスは美味しいと思っている」
「トンデモねー冤罪だ!」
ヒルデの毒舌にツッコミを入れた直後、ユウリの背筋を得体の知れない悪寒が走る。
ブン!
鈍い風切り音を伴って巨大な掌が通り過ぎる、獲物を捕まえんとサイクロプスが腕を伸ばしたのだ。
「わっ!」
捕まる寸でのところでユウリは回避、まさに間一髪と言っても良いほどのギリギリ。
「オレを殺す気かー!」
「食べようと思っているのですから、当然ですよね」
憤るユウリにレオノーラが冷静にツッコミ。そのうえで「あと少し、サイクロプスの目をそちらに惹きつけておいてくださいな」と無理難題。
「オレが食われたらどうするんだよ!」
「そのときは悲しんで涙を流して差し上げますわ」
さらりと言い放つレオノーラに「鬼!」と返す。
「失礼ね。ホンモノの鬼は、あちらにいましてよ」
「実際、角もある」
「うっせい。比喩だ! 比喩!」
「そんなことを言っている余裕はありまして?」
レオノーラが言った傍から、獲物を狩るべくサイクロプスの腕が再びユウリに伸びる。
「オメーもしつこい」
ぬらりと単眼を細める。しかも眼球を左右に動かすオマケつき。
「ムダに目だけ輝かせて、テメーはどこの量産型モビルスーツだ!」
「もびるすーつ? あのサイクロプスにはそんな名前があるのか?」
半ばキレかけたユウリの罵声にアレクサンドリアが律儀に反応する。
あるか! そんなモノ!
心の中で罵声を飛ばすが、あろうことかレオノーラが「ええ、そうです」とユウリの戯言を肯定。
「アイツこそ伝説級の凶悪なサイクロプス、〝モビルスーツ〟ですわ」
「勝手に伝説を作んな!」
今度こそ声をあげてユウリは怒鳴るが、転がりだした大法螺は止まることを知らない。
「それは、真か?」
あろうことかアレクサンドリアが真に受けて愕然としたのだ。
「余はひょっとして、触れてはならぬものに触れてしまったのか?」
「……恐らくは」
「近衛隊が歯が立たぬのも当然か……」
いやいや、それはアンタがポンコツだから。
喉元まで出かかっているが、それを口にする余裕はユウリにはない。一瞬でも気を緩めればサイクロプスの手に捕まって、ヤツのランチかディナーのメインディッシュにされてしまう。
代わりに口にしたのは「そう思うのなら、とっとと逃げろや!」の金切り声。
しかし、それは明らかに逆効果。
「可憐な少女に殿を務めさせて逃げ延びるなど末代までの恥。誰が許そうとも王太子アレクサンドリアである余自身が許さぬわ!」
床几を捨ててそう言うやアレクサンドリアが抜刀して、ユウリとサイクロプスの間に割って入るように躍り出たのであった。
「助太刀する」
「って。なんでそうなる!」
「言ったであろう。其方のような可憐な少女に殿を務めさせるなど、余の矜持が許せぬ、と」
「だーかーらー、オレは男だって!」
「そのように強がる必要はない」
髪をかき上げて気障なポーズを決めると、爽やかな笑みに奥歯がキラリと輝く。
途端。
ユウリの全身にさぶいぼが立ち、得も言われぬ痒みが襲ってくる。
「寒っ」
ユウリは悪寒に身震いするが、お頭がお花畑の王子様には聞こえない。
鞘から剣を抜くと「さあ、来い!」と構えだけは立派なポージング。
そんな無粋な邪魔者の乱入にサイクロプスがイラつくのは当然の帰結。
邪魔な王子を叩き潰さんと腕を伸ばし、サイクロプスが前屈み。そこを千載一遇のチャンスとアレクサンドリアが後方にジャンプ、腕が地面に着いたところを狙い手の甲に剣を突き立てる。
「手応えあり!」
「どこがだよ!」
よくよく見れば切っ先は固い皮に阻まれており、たったの1センチも切り刻めていない。しかしそれでも棘に刺さった程度の痛みはあるようで、サイクロプスが顔を顰めつつアレクサンドリアに対して怒りを顕わにする。
今度は外さない。
サイクロプスが腕を勢いよく振り上げたタイミングで、レオノーラが「ヒルデ!」と短くひと言。
「御意」
そう答えると腕力にものを言わせ、ヒルデがなんとサイクロプスを転ばせる。
「おおっ、さすがだ」
細腕一本でトンを超える巨人を転ばせたヒルデの怪力に、アレクサンドリアが感嘆しユウリは「すげー」と驚きの声をあげる。
「さあ、この隙に距離を取りますわよ」
脳震盪を起こしたのか、動きが鈍るサイクロプスを横目にレオノーラが脱出を命じるが「いいや」と従わぬ強い声。
「レオノーラの侍女が奮闘したのだ。ならば余も負けてはおれぬ」
なにをトチ狂ったのか、アレクサンドリアがこれを千載一遇の好機ととらえたのである。
「さあ、今こそ反撃の時だ!」
剣を構え直すと、胸を張って堂々と前へ出ようとする。
「なぜ、そうなる?」
「殿下っ!」
「……」
ユウリはツッコミ、レオノーラが諫め、ヒルデが……いつもと一緒か。
とにかくサイクロプス目がけて飛び出そうとするアレクサンドリアをユウリは「バカ野郎!」と羽交い絞め。
「突っ込んでいったら元の木阿弥になるてーの」
「無様ですわよ」
「余計な仕事が増える」
「しかし……敵に背を見せるのは」
それでもなお逡巡するアレクサンドリアに「いいか、よく聞け!」とユウリは注進。
「テメーが生きていないと、逃がした近衛兵たちが敵前逃亡で死刑になっちゃうだろうが!」
それではなんのために囮まで勤めて逃がしたのか分からなくなる。
「無様でも惨めでも良いから、しぶとく生き残るのがテメーの仕事だ」
度重なる諫言でようやく理解したのか、アレクサンドリアが「背中に胸の感触はなかったが……確かに、そうだな」と呟く。
「ひと言、余計だ」
男に胸があってたまるかとユウリは呆れ、レオノーラがなぜか胸元を隠す。
と、余分な行動はさておき、残念ながらその気づきは少々遅すぎた。
「えっ?」
「なんと!」
いざ退却となったそのとき、丸太のような巨大な指がユウリの右足を掴んだのであった。
「うわわわわわわ!」
逆バンジーかジェットコースター。そう思えるような凄まじい勢いで、ユウリの身体は地面から引き離され空中に。
そうはさせじとヒルデが全力でタックルするが、不意を衝いたさっきとは異なりピクリとも動かない。如何な人外の怪力持ちと言えども、この大質量を転ばすのは物理的に不可能。
あっという間にユウリの身体は地上十数メートルの高空に。眼前では素材を吟味するかのように、サイクロプスの単眼がユウリの肢体を検分するように嘗め回す。
「ま、待て。オレなんか食ったって美味くないぞ。ひょっとしたら食中毒で中るかも」
大声で訴えるがサイクロプスが聴く筈もない。
眼下ではアレクサンドリアが「待っていろ。いま、助けるぞ」と叫んでいるが、こうなった原因はオメーだろうが。
「こうなったら、わたくしが」
満を持すようにレオノーラが偽乳パッドを外してファイヤーボールを放つが、火弾はなぜか後ろ向き。サイクロプスとは真逆の方向であるヒルデとアレクサンドリアの足元に。
「少し外れましたわね」
「ゼンゼン、少しじゃねー!」
もはや万事休す。
絶体絶命のピンチに『お困りどすか?』とヤマトナデシコが悪辣に囁いてきたのであった。
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