三匹がKILL!
「ええい、ままよ!」
ボヤキにも似た声をあげると、半ばヤケクソ気味にユウリは二人と一緒に渦中に飛び出した。
「!!!」
森の中から突然現れた美少女3人に、周りの空気が一瞬固まり時間が止まった。
両腕に籠手を着けた小柄で爆乳なメイド少女、森にいるのが明らかに場違いな縦ロールも華やかな貴族令嬢、そして粗野でありながらも可憐で凛々しい高結びなポニーテールを結った美少女。
少女3人の登場に、逃げ惑っていた近衛兵たちが、まるで幻でも見たかのように足を止めた。
「誰だ、あの娘ら?」
「なぜ、女の子が?」
「怪物がいるのに!」
場違いな美少女の乱入に信じられないものを見たとばかりに目を見開き、あり得ない光景に「なぜ」とばかりに疑問の声を口にする。
そして、兵卒以上に驚いていたのが王太子アレクサンドリア。
「レ、レ、レ、レオノーラ! なぜ其方がココにいる!」
対峙もしていないのに床几をレオノーラに突きつけ、目を大きく見開いて驚きと困惑の叫び声をあげる。
「なぜ? と問われれば、わたくしは冒険者で、仲間と共にオークとミノタウロスの捕獲に来ただけです」
「いや、其方は私の婚約者であろう!」
「ですが、冒険者をしてはいけない法も道理もございません」
「良くないに決まっておろう!」
「そうは申されても……婚約はしても婚姻はしていませんので」
場違いに噛み合わない会話。
これには当事者二人だけはなく、ユウリにヒルデや更には近衛隊たちも呆気にとられ、その場に棒立ちとなった。
ただ唯一の例外は、ホモサピエンスの範疇にカテゴライズされない一つ目の巨人。
増えた獲物に目を爛々と輝かせ、歓喜の雄叫びをあげる。
「バカ! 足を止めずに、今すぐ逃げろ!」
麗しい見目とは裏腹なポニーテール少女の怒声に、美少女たちの艶姿に見惚れていた近衛兵たちが我に返る。
そうだ。女の子に見惚れている場合じゃなかった!
あの巨人に対して剣程度で立ち向かうなど暴挙に等しく、この場に留まっていたらマジで命が危うい。
サイクロプスの気が逸れたこの機に乗じ、一目散に逃げるのが正解なのは間違いない。
しかし、彼らは近衛隊。
たとえ実力が正規軍中最弱で見栄とプライドだけが肥大した組織だろうが、いや外聞が全てだからこそ「しかし……」と、なけなしの矜持が撤退心理に待ったをかける。
「それはダメだ。我々がサイクロプスに背を向ければ、アレクサンドリア王太子を危険に晒すことになってしまう」
隊長と思われる近衛兵が撤退に異を唱える。
アレクサンドリアを置いての撤退など、いわば敵前逃亡にも等しい行為。無事に帰ったところで待っているのは、形ばかりの軍法裁判と死刑の判決だけ。命令放棄に隊長が逡巡するのは当然の帰結だろう。
そこに「お待ちなさい!」と割って入ったのがレオノーラ。
「だからアナタたちは、このまま座して全滅を待つのですか?」
凛としたその声は鋭く強く、隊長が思わず「!」と息を呑む。
「つまらぬ矜持で此処で打ち果てて、いったい何が残るとでも? その後あのバケモノが町を急襲したら、近衛隊はどのような弁明をなさるのです?」
畳みかけるレオノーラの正論に隊長が言いよどむ。
後ろで床几を握り締めたアレクサンドリアが口をパクパクさせているが、レオノーラときたら完全スルーの見て見ぬふり。
それどころか前に出ようとするアレクサンドリアを手で制して、隊長相手に勝手に命令を発したのである。
「ヴァルフェリア家の名において命じますわ。今のままでは全滅は必須、直ちにこの場を退却なさい!」
本来、軍の指揮系統からして部外者の命令などあり得ないのだが、極度の混乱と侯爵家という高位貴族の名が効いたのか隊長が「はっ!」と最敬礼。
「各自この場から撤収! 最悪武器を捨て置いても構わん、動けるものは負傷者を背負って後退しろ!」
レオノーラの迫力に圧されてアレクサンドリアの意向も訊かずに、散り散りの近衛隊に撤収命令を出したのである。
このスタンドプレーに当然ながらアレクサンドリアが激おこ。
「ま、待て! 誰が撤退を許可した! わ、わたしはまだ戦えるぞ!」
床几を握りしめたまま、膝をガクガクさせながら叫ぶ。
しかし一度綻びてしまった戦意は、決して元に戻ることはない。兵士たちは先を競うようにこの場から脱出しようと躍起、アレクサンドリアの制止を聞く者などただの一人もいやしない。
「戻れ! 戻って戦え! 栄えある近衛隊ならば、敵に背を見せずに戦わぬか!」
徹底抗戦を振りかざすアレクサンドリアをレオノーラが「愚将に堕ちるような行為は慎んでください!」と一喝。
「なっ!」
「無駄死で兵を損耗させて手柄があるとでも? ここは一度退いて軍を立て直して、改めて討伐に当たるべきですわ」
まったくもっての正論に対して、アレクサンドリアが「レオノーラ風情が、知った風な口をきくな!」と怒りも顕わに真っ向反論。
「逃げれるならとっくに逃げておるわ。彼奴は我らを逃がすような隙など見せてはくれぬ。生き延びるためには、彼奴を倒すしかないのだ!」
床几をぐるりと回して苦戦の惨状を見せるや、顔を真っ赤に紅潮させて、口から泡を飛ばしながら力説する。
だがその悲壮な決意を、レオノーラが「聞くに値しませんわね」と一蹴。
「サイクロプスが強いといっても相手は1匹。蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げれば、捕まえるのは至難の業でしょう」
「ふん。そう上手くいくものか」
「いかせますわよ。ヒルデ、ユウリ!」
そう言って二人を呼び寄せると「ホンの少しの時間で良いわ。アナタたち二人でサイクロプスの注意を引き付けてきなさい」と言い放つ。
「……分かった」
「仰せのままに」
渋々と淡々。それぞれ相いれない無表情で、ユウリはヒルデと共にサイクロプスの前に出る。
デカい。
マジ、デカい。
都心にある某機動戦士のアレとタメ張る背丈なのだから当然といえば当然だ。
2~30メートル離れているとはいえサイクロプスからすれば一歩踏み出せば届く距離、踏まれてしまえば大型プレス機で圧しつけられる以上の大惨事は必至。
無謀とも思える二人の乱入は、当然サイクロプスの視界にもバッチリ捉えられている。結果、戸惑いからすっかり我に返った一つ目の巨人の関心が移るのは当然のこと。
さっきまで追い回していた近衛兵は数こそ多くて捕まえやすそうだが、肉が筋張ってそうな感じで腹が膨れても美味しいかどうか疑わしい。
対して眼下に現れたこの少女たち。近衛兵よりもサイズが少々小さいが、肉も柔らかそうで食欲をそそる良い匂いがしてくる。
少女の中にも大小があり、小さいほうは胸の脂身が多そうだが、甘く柔らかそうで食欲を刺激する。大きいほうは特筆するものこそないが、見るからに良質でバランスの良さを感じる。
ぼとり……
上空から水の塊が唐突に落ちてきて、雫の一部がユウリに被る。
「うわっ! なんだ?」
「サイクロプスが涎を垂らしている」
思わず飛び跳ねたユウリに、訊きもしないのにヒルデが解説。
「……それって、ひょっとして?」
「ご明察」
ヒルデが頷くと同時に、巨人の喉がゴクリと鳴った。
サイクロプスがユウリを獲物としてロックオンしたのであった。




