逃げるは囮だが役に立つ
サイクロプスの足元でちょこまかと動いていたのは、なんと人間! それも一人二人ではなく、少なく見積もっても十数人はいる。
「なんで、こんなところにヒトがいるんだ?」
「知りませんわよ。あの方々に訊いてくださいまし」
木々の隙間から見える人影を指差すユウリにレオノーラも困惑顔。
「わたくしにだって、どうしてあの者たちが森の中にいるのか分かりませんもの」
ヒトがいることに困惑しているのではなく、どうやら既知がある様子。
「アイツらのこと、知ってるのか?」
「知り合いというほどではありませんけれど、あの者たちの見覚えはありますわ」
嫌そうに顔を顰めるところを見るにつけ、単なる既知ではなく〝関わりたくない種類〟の既知だろう。それが証拠に「なぜ、こんな処に出張ってきているの?」と思わず口にするくらい。
「冒険者……では、ないよな?」
さらに一歩二歩近づき、ユウリは呟く。服装に統一感がありすぎる。
遠目からでも分かる仕立ての良い濃緑の衣装には、金モールがふんだんにあしらわれ高級感をよりいっそう高めている。装飾過多な服と同じ意匠の帽子を全員が着用し、ズボンは汚れることを全く想定していない純白で、同じくピカピカに磨き上げられた黒いブーツ。
軍装に求められる機能美を一切捨て、軍という記号を魅せることに特化した言っても過言ではない。
「あれは、王国近衛軍」
ユウリの疑問にヒルデが答える。
「おうこくこのえぐん?」
『うわっ。意味分かってまへんで、このご仁』
ヤマトナデシコが呆れ声を漏らすと、レオノーラが「彼らは王家直属の護衛部隊ですわ」と補足。
「いちおう軍隊と名乗っていますが、護るのは王家とその一族のみ。建前はともかく、実態は家柄を楯に見栄と見た目に特化した兵隊もどきですわ」
『辛辣でんな』
「でも事実」
レオノーラの酷評をユウリは酷い扱いだなと思いつつも口にはしない。サイクロプス相手に必死な感じこそするが、見た感じ戦い慣れている様子はなく、強大な相手に右往左往としているのがアリアリ。
代わってレオノーラが「妙ね」と呟く。
「会敵すれば真っ先に逃げ出すような張り子の兵隊なのに、へっぴり腰とはいえその場にとどまって応戦していますわ」
軍隊の強みは言わずもがな団体戦。一騎当千の強者ではなく、数を頼りに相手を押し切るところにある。
つま先でも踵でも、どこでも良い。ココと決めた場所にヒットアンドアウェイの一撃離脱で、繰り返し波状攻撃を加えて徐々に弱らせていくのが常套だろう。
にもかかわらず近衛隊の面々は隊列が崩れて散り散り、指揮系統が崩壊して組織だった動きができていない。
「ここまで陣が崩壊してしまえば、軍隊としてもはや壊滅したも同然。まともな指揮官ならば撤退の手立てを考えるでしょう」
ずいぶんとけちょんけちょんな言い草だが、言われてみればその通り。怪獣か巨大ロボットのようなサイクロプスに対して小針のような刀でたち向かうなど、まるで御伽草子の一寸法師な世界。
アレは確か鬼の脅威からお姫様を守るために……ということは?
「近くに誰か、護衛対象の超VIPがいて、ソイツを守るために踏みとどまっているんじゃないのか!」
ユウリの気付きにレオノーラが本気で嫌そうに「間違いないですわ」と盛大に息を吐く。
「こんなことをするおバカさんは、ひとりしかいません」
「王太子アレクサンドリアさましかいない」
ヒルデが断言すると、右手をスッと伸ばして「そこ」と付け足す。
サイクロプスと正対する大樹の根元、濃緑の近衛兵たちに囲まれるようにして、ひときわ派手な外套をまとった青年がいた。
右手に床几を握り締めて兵たちに檄を飛ばしているが、腰が引けて膝がガクガクなのが遠目からでも分かるほど。
「これは……」
素人でも分かる。
劣勢どころか最早戦いにすらなっておらず、単にサイクロプスに嬲られているだけなのだと。
「アイツ、近衛隊が疲れて動かなくなるのを待っているんだ」
巨体を揺らしながらサイクロプスが手にしたこん棒(という名の巨木)を近衛兵たちに向けて振るう。一見無造作に振り回しているようだが、注視すれば意図的に手加減しているのがすぐに分かる。
直撃すれば肉片すら残らないはずの一撃がギリギリで外れ、遠くに退避しようとする兵の行く手を阻むように大地を抉る。
逃がさない、でも傷もつけない。それはまるで捌く肉が血合いで汚れるのを嫌っているかのよう。
「自ら設定したサークルの中で、近衛兵たちを生かさず殺さず走り回せる。図体だけがデカい畜生のくせに、ゲスの極みね」
意図に気付いたレオノーラも忌々し気に吐き捨てる。
会敵してどれくらい経っているのか、逃げ惑う近衛隊たちの疲労は限界に近い。恐らく兵たちが動けなくなったら、サイクロプスはトドメを刺して優雅なランチかディナーとしゃれ込むのだろう。
「どうする?」
主語抜きでユウリはレオノーラに尋ねる。
人肉の味を覚えたサイクロプスが次にどう動くかなど考えるまでもない、もはや一刻も早くオーガスタのギルドに駆け戻り状況を報告するべきだろう。
だがサイクロプスが会敵している相手は王太子アレクサンドリアと近衛隊、レオノーラの立場からして見放しなどできる相手ではない。
「どうするもこうするも……」
レオノーラが心底困ったように息を吐く。
「わたくしたちが加勢したところで、あのサイクロプスに勝てるとは思いませんわ」
「……だろうね」
遺憾ながらその通り。ユウリたちが参戦したところで、猫の手にも微力にもなりゃしない。
「ですが。わたくしたちがあの中に加わることで、サイクロプスの気を近衛兵たちから逸らすことはできます」
「どういうこと?」
訝るユウリにレオノーラが「分かりませんの?」と呆れ顔。ヒルデが能面のまま「鈍感」と一瞥を加え、ヤマトナデシコが『この娘、天然やわ』と言ってのける。
「わたくしたちが〝囮〟となってサイクロプスの前に立ち、ヤツの注意を近衛隊から引き剝がして逃げる時間を作ります」
「いやいや。オレたちでサイクロプスの注意を引き付けられるのか?」
作戦趣旨は理解したが、たったの3人で果たして囮になり得るのか? 近衛隊は百人規模の大所帯、お得感など一目瞭然。
懸念するユウリに、ヤマトナデシコが『……やっぱり』と困ったように得心。
『ゼンゼン解っておまへんがな、このニブチンは』
「おい」
ムッとするユウリに「ちょっと考えれば分かること」とヒルデが注釈。
「汗臭くむくつけで筋張ったいかにもマズそうな近衛兵よりも、肉が柔らかくて美味しそうな美少女を狙うのはむしろ自明」
「そういう訳だから、せいぜい目立って囮を担いますわよ!」
レオノーラが言い切った瞬間、ユウリは思わず二度見した。
「オレも美少女?」
「いちばん美味しそうに見える」
『ピッチピチでんな』
「褒められてる気がしねぇ!」
吼えるユウリに、ユウリがレオノーラが「最大限の賛辞ですわ」とキッパリ。
「わたくしも見目には多少の自信がありますけれど、愛らしさでは残念ながらユウリに敵わないわ」
「嬉しくねぇ!」
「誇りなさい」
「聞けよ!」
執拗な女の子扱いにユウリはキレるが、レオノーラに揺らぎはない。
「アレクサンドリアさまは後回し。とにかく兵たちを助けますわ」
言うと真っ先にレオノーラが、サイクロプスの前へと飛び出していったのである。
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