進撃のサイクロプス(Attack on Cyclops)
森の奥から放たれる強烈なプレッシャー。
わらわらと溢れ出るゴブリンたちは、そのプレッシャーから逃げてきているのだった。
「奥になにか、スゴイのがいる?」
呟くユウリに「おそらく、そうでしょう」とレオノーラが肯定。
「普段のゴブリンならば、女ばかりのわたくしたちを見つけて無視するなどあり得ませんわ」
「……オレは男なんだけど」
訂正を入れようとするユウリをスルーして、レオノーラが森の奥を睨み付ける。
「異常事態だわ」
「これは……確かめる必要があるわね」
『そうどすな』
「御意」
「おい、無視をするなよ!」
ユウリの抗議は森奥の異常事態にかき消され、レオノーラの「行きますわよ」の合図が上書きされる。
この流れに逆らえるはずもなく、ユウリは「分かった」と首を縦に振る。
直後、ヒルデがユウリに振り返りボソッとひと言。
「可愛ければゴブリンはとりあえず襲う。後悔するのはお互い様」
「なんじゃ、そら!」
「ゴブリンは、そういう生き物」
『業が深うおますな』
聞かなかったことにして「先に進もう」とユウリは提案した。
さらに一歩二歩と森奥に足を進めると、周囲に倒木が目立ち始め、それも強引にへし折ったかのような不自然さが感じ取れる。
「まるで台風が通り過ぎた跡みたいな……」
「なんですの? そのタイフーンって」
「タイフーン? あ、英語読みだし合っているか。超巨大な竜巻、で良いのかな? ま、嵐の大親分だ」
レオノーラは「ふうん」と短く相槌を打つが、視線は倒木に貼り付いたまま。
「奇妙ね」
「どこが?」
「折れかたが不自然ですわ。倒木の配置に妙な規則性があるし、折れている場所も根元ではなく、かなり高い位置で生じていますもの」
折れた樹木に指を差して「ほら」と言う。
言われてみれば確かに不自然。
強風で倒れるのならば森の外縁なり川べりなど、もっと疎らに生えている場所だろう。
「レオノーラは、これが自然災害やゴブリンがやったのではないと?」
「ゴブリンの背丈でこんな高い位置、道具でも使わなければへし折ることなどできませんわ」
ヒルデも「ゴブリンにそんな知性はない」とダメ押し。
『ほなら、いよいよ本命のオークかミノタウロスのお出まし?』
ワクワクしながらヤマトナデシコが訊くものの、レオノーラの口から出たのは「いいえ」という否定の言葉。
「オークもミノタウロスも意味もなく木をへし折ったりしませんわ。連中もゴブリンを捕食することはありますが、そのときは群れで巣を襲いますもの」
高位貴族の令嬢らしく博識を披露する。横からヒルデが「侯爵令嬢には不要な知識」と注釈を入れるが、相手をする気はないようで「なので〝狩猟〟から〝討伐〟に変わるかも知れませんわ」と意味深な発言。
「どういうこと?」
「できれば杞憂であって欲しいのだけれど……」
その直後、前方奥から耳をつんざくような咆哮がした。
「なっ!」
「残念ながら杞憂では済まないようね」
悪い予感が当たったと、レオノーラが顔をしかめる。
「下手したら、オークやミノタウロスが食われているかも知れない」
追い打ちをかけるヒルデの危惧に『それって、エライことちゃうのん!』とヤマトナデシコが反応。
「オークかミノタウロスを捕獲できなければ、わたくしたちが路頭に迷ってしまいますわ」
『そないなったら?』
残念ながら、ヤマトナデシコがその答えを最後まで聞くことはなかった。
視線の先。森の奥で某機動戦士に出てくるような光る単眼がヌッと現れると、一泊遅れて今さっき聞いた咆哮が大音響で届いたのである。
「でかっ!」
遠目でも分かるその巨大さに、ユウリは思わず声をあげる。
比喩でもなんでもなく、サイズとシルエットは某機動戦士の人型兵器そのもの。
身の丈は軽く見積もっても成人男子の4~5倍。四肢の太さだけでも屈強な成人男性自体に匹敵する。ボディービルダーを思わせる逆三角形の筋肉質な体躯の頭部には、顔に比して大きめの口と明らかに巨大な一つ目が爛々と輝く。
「サイクロプス!」
レオノーラが断じ、ヒルデが「はぐれ」だと補足する。
「厄災級だけあって、サイクロプスは滅多にお目にかからない」
『そら、100年ぶりとか1000年に一度なんて勿体ぶるからこそ、厄災って言いますもんな』
ヤマトナデシコのトンデモ発言をヒルデが「そう」と肯定。
「普段は餌の豊富な森の奥にいて、外縁部まで出てくることはない」
『ほたら、なんで?』
こんな森の外縁部にまで? と仄めかすと「だから、群れからハブられたのだと思う」と推論。
『それって、エライことちゃうの?』
「もちろん、大ごと」
「だから、厄災級だと申しましたでしょう」
100メートル以上離れていてもこの迫力、全開で暴れられたらひとたまりもない。
「ダメだ。逃げよう!」
こんな規格外のバケモノなんか相手に出来るわけがない。ユウリは即座にこの場を立ち去るべきだと主張するが、レオノーラが「お待ちなさい」と撤収にストップをかける。
「撤収はするけれど、それは今ではありませんわよ」
「逃げないだなんて、バカ言うな!」
「おバカはユウリです。厄災級の魔物を前にして、尻尾を巻いて逃げるのですか?」
安い挑発と分かっていても、名指しの非難にユウリはイラッとする。
「バカ野郎! あんなの相手に戦ったところで、万に一つだって勝てるか!」
「ええ、勝てませんわ」
キレて喚いたら、返って来たのは反論ではなく同意。傍にいたヒルデも「勝負になると思うこと自体がおかしい」とキッパリ。
解っているならなぜ逃げない?
言い返すより早く、レオノーラが「ですが……」と言葉を続ける。
レオノーラは即同意したうえで続ける。
「力不足なわたくしたちでも、あのサイクロプスの特徴と、どこに向かう可能性があるかくらいは調べられます。詳細をギルドに報告すれば討伐隊の編成もできますし、討伐できずとも事前の避難をすることも可能。厄災クラスの魔物を見つけた以上、それはわたくしたちの責務ですわ」
そう毅然と言い放つ。
「なので、なにがなんでも情報を持ち帰りますわよ」
『その心意気やヨシ!』
その決意に真っ先に応えたのは、魔剣ヤマトナデシコだった。
「なんでオマエが一番テンション高いんだよ」
思わずユウリはツッコむが、ヤマトナデシコはまるで聞いていない。データの壊れたMP3ファイルのように『腕が鳴るー』を繰り返し、ツッコミをものともせずにテンションが爆上がり。
『厄災級やり合うなんて、これぞ刀の本懐。ここで尻込みしたら女が廃るっちゅうもんや!』
「戦いませんわよ」
『へ?』
「戦いませんわ」
レオノーラが二度目を重ねる。
「言いましたでしょう? 情報を持ち帰ると。幸いまだアイツには気づかれていないわ、可能な限り近づいて動向を調べるのよ」
『斥候ですやん』
「観察」
「どれでもいいよ。要は偵察をすればいいんだろう?」
「ええ、そうですわ」
まあ見つからなければ。
幸い目標がデカいので回り込むのは造作ない。慎重に間合いを取りながら、相手に感づかれないよう風下にポジションを変える。
咆哮をあげながらもその場にとどまるサイクロプスに少しづつ肉薄していくと、ヤツがその場から動こうとしない理由が見えてきた。
「なんてこと!」
レオノーラが両手で顔を覆う。
ヒルデが無言でその場を見つめ、ヤマトナデシコが『うわっ』と驚きの声をあげる。
そしてユウリは……
「見せつけるのかよ。こんなのを」
目の当たりにしてしまった。
サイクロプスがヒトを襲っている、正にその現場を。
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