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ステイ・ターミネーションは突然に


『嬉しいわー、嬉しいわー。ホンマにホンマに嬉しいわー』


 ご機嫌にスキップでもしそうな浮かれようで、野良だった刀がはしゃぐ。


『うわっ。こんなところにお店あるんやね。てか、コレって魔物取り扱ってる店やんかー。外見ているだけで飽きへんわー』

「お上りさんか?」


 キャッキャと歓声を飛ばす刀にツッコミを入れると、秒で『似たようなもんどすわ』と返される。


『刀なんて籠の鳥と同じ、外の景色なんて滅多に見られへんのどす。こうしてユウリに拾われて、妾は自由を手に入れたんどす』

「自由って……お前、さっきまで地べたで駄々こねてただろ?」

『駄々こねるのも自由の一部どす』

「なんじゃ、ソレ!」


 ユウリは呆れると「本当に、コイツを拾って良かったのかな?」と、今さらながらレオノーラとヒルデに問いかける。

 駄々っ子のように喚き散らす外聞の悪さから勢いで拾ったが、ひょっとしたら誰彼構わず斬りつける物騒極まりない存在では? と思ってしまう。


「悩むところが違いますわ」

「躾は飼い主の仕事」


 二人の答えは実にあっさり。


「世に称えられる〝名馬〟が良い例だわ。単独で馬だけを見れば、どれもこれも手に負えないじゃじゃ馬よ。でも優れた乗り手が手綱を握れば、凡庸な輩から一投抜きんでた存在になるのよ」


 したり顔でレオノーラが言ってのけると『さすが。高貴な娘さんは、よう分かっていらっしゃる』とあからさまなヨイショ。


『優れた使い手が持ってくれはったら、妾は最高の〝相棒〟になってみせますとも』


 ドンと胸を張る? 刀のセリフに、ユウリは「なるほど」と深く頷く。


「鞘から抜かなきゃ、持っていても安心て訳だ」

『なんで、そないなりますねん!』

「躾だな、stayの」

『そんなん、いややー!』


 そんな騒がしいやり取りをしながらホテルに戻ると、フロント係がレオノーラたちに深刻な面持ちで「支配人から、お伝えしたいことがございます」と告げたのであった。


『どういうこと?』

「どうもこうも、オレが訊きたいわ」

『えーっ。分からんだなんて、妾の主なのに』

「この刀はひと言余計」


 お喋りが過ぎる刀にユウリとヒルデがツッコミを入れている横で、レオノーラが「このわたくしを呼びつけるだなんて、なにごとかしら」と語気を少し荒くした。



    *



 別室に通されて、支配人が開口一番に語ったセリフが「これ以上の逗留ができない」という衝撃の通告だった。


「どういうことですの? この部屋はヴァルフェリア家が借り受けている筈ですよ」


 今さらな事実をレオノーラが告げると、支配人が「実は……」と信じられないことを口にした。


「そのヴァルフェリア家侯爵より、以降の逗留をキャンセルするとの連絡がございました」

「はあ?」

「つまり、侯爵家から宿泊料が支払われない?」


 ヒルデの身も蓋もない問いかけに、支配人が「左様でございます」と答える。


「私どもとしても心苦しいのですが、宿泊料が支払われない以上、ご逗留を続けていただく訳には参りません。明日でご退出をしていただきたく……」

『そんな! やっとご主人様ができたのに、また野良同然の生活に戻るやなんて殺生やー!』


 支配人が「退去」の言葉を口にした途端、トラウマを想起するスイッチが入ったのか、唐突に刀が『いややー!』と叫びながら喚き散らす。


『他人様が暖かい部屋の中でぬくぬくしているのを指を咥えて見る生活、軒下で寒さを堪えながらひもじい思いに苛まれる生活。せっかく抜け出せたと思うたのに、また泥水を啜る生活に逆戻りさせられるんやー!』

「勝手に悲観しないで、ちょっと落ち着け」


 ロビーでの絶叫を止めさせようとユウリは刀を宥めるが、妄想逞しい相手には逆に火に油。さらに声を荒げて『うぎゃー!』と喚く始末。


『終わりやー! 妾の人生はもう終わりや。また捨てられて、溝の底で錆びて朽ちていくんや』

「そんな、大げさな」

『大げさや、あらへん! 衣食足りて礼節を知るって諺があるくらい、ヒトにとって衣食住や大事やおます』

「古の諺には〝住〟は無かったけど?」


 ヒルデのツッコミに『そんな揚げ足は要りまへん!』と刀が嚙みつく。


『妾が言いたいのは、みすぼらしくない格好と1日の活力を得る食事や雨露を凌ぐ家があってこそ、ヒトはヒトたらしめるということだす』

「言わんとすることは、なるほどだけど……そもそもオマエは刀で、ヒトとは違うじゃん」

『だ~か~ら~、そんな揚げ足は要りまへんねん!』


 こんなところでヘタな理を説くなとユウリにも食って掛かる。その辺に転がってるような〝刀〟やなんて、気安う言わんといてくれますか』

 それだけじゃない。


『そもそも妾には〝銘刀ヤマトナデシコ〟という立派な名前がおますねん。一般名詞の刀やなんて言われる筋合いはおまへんわ』


 ふんと無い鼻を鳴らして拗ねる始末。

 内心少しムカッと来るが、言っていることは筋が通っているだけに反論もし辛い。それにユウリとてホームレス生活はゴメン被りたい。


「支配人さんに確認なんだけど。もし今の部屋からダウングレードすれば、宿泊期間を延長することはできるの?」


 ユウリの提案に支配人が虚を衝かれたように一瞬ポカンとするが、すぐに気を取り直すと「お部屋にもよりますが」と前置き。


「仮に一番安いお部屋に切り替えれば、お3人で3ヶ月はご逗留いただけます」


 それを聞いた刀改めヤマトナデシコが『なんや、それやったら体制を立て直せますやん』と安どのため息。

 だが、その話を聞いたにもかかわらず、レオノーラが「そのようなことは致しません」とキッパリ拒否。


「ヴァルフェリア家に連なる者が、少々金子に困窮しているからと、自ら質を落とすような行為など決してしてはなりません」


 武士は食わねど高楊枝を地でいく発言。


「いや、でも、背に腹は代えられないっていうか……」


 ユウリの弁明にレオノーラが「良いですか」と言って説く。


「わたくし達は〝ヴァルフェリア家の名義〟で滞在しているのです。その名を汚すような真似はできませんわ」

「……は?」

『……は?』

「……」


 意味が分からず目がテンになる。


「……えっと。実利よりも名誉が優先?」

「当然ですわ」

『なんでやー!』

「これはヴァルフェリア家が宿と交わした契約。契約を違えることは、貴族として恥ずべきこと」


 ヒルデの言葉に「そういうことですわ」と頷く。


「なので今宵はじっくりと味わいなさい」


 と、言われてもなあ……

 理不尽とまではいわないが、凡人には理解できない思想にユウリは首を捻る。さりとて借主がレオノーラである以上、決定権は彼女にあるのだ。


「ご主人様が諦めたんだ。オマエも諦めな」

『ううっ……』


 ヤマトナデシコに言い聞かせ、ユウリは寝だめをすると心に決めたのであった。



    *



 明けて明朝。

 

 宿を退去して路地裏に足を一歩踏み出した途端、今の今まで気丈に振舞っていたレオノーラが唐突に狼狽えだす。


「ど、ど、どーしましょう! ど、ど、ど、ど、どーしましょう! 今夜わたくしたちが泊まるところ、昼食・夕食ともに、先の見通しがこれぽっちも立っていないわ」


 その時の光景が脳裏に浮かんだのだろう、目が泳ぎ全身がガタガタと小刻みに揺れている。顔面の血の気は失せてもはや蒼白、口元からは「あわわ、あわわ」と要領の得ないうわごとだけが漏れ聞こえる。


「だから、ヘンな見栄なんか張らずに、安い部屋に借り換えたら良かったのに」


 後悔先に立たずとユウリは呆れると、レオノーラが「いいえ!」とピシャリ。


「昨日も言ったはず。ヴァルフェリア家の者が、そのような無様な真似などできません」


 さっきまでのオドオドが嘘のよう。

 背筋をピンと伸ばして、毅然とした態度で言い放つ。


「でも、家からの送金が止められて素寒貧なんだよな?」

「残金は銅貨25枚です」

「ど、ど、ど、ど、どーしましょう!」

「実家に泣きついたら?」

「バットラーに頭を下げるなど論外だわ!」

「なにか他に、当てはあるの?」

「ど、ど、ど、どうしたら良いと思います?」

『いや、どっちなん?』


 風見鶏のようにコロコロ変わるレオノーラの態度にヤマトナデシコがツッコむ。


「どっちもお嬢様」

『さよか』


 聞くのがバカらしくなったのか、投げやりにヤマトナデシコが相づちを打つ。


「まあ、とにかく。無い袖は振れないし、先立つものがないと何一つ解決できないのは間違いないよな」


 至極もっともなユウリの問題定義に、レオノーラが「なにか案でもありますの?」と藁をも縋る思いで食らいつく。


「無いよ」


 そんなものがあったら、一緒になって途方にくれない。


『ほんまどす。これやから温室育ちのお嬢様はあきまへんのや』


 尻馬に乗るヤマトナデシコをユウリは黙って路上に放り投げると「だから、打開するには正攻法しかないと思う」と断言。


「正攻法とは?」

「それは……」


 ユウリが最後の策を言おうとしたまさにその時、ヒルデがボソッと呟いた。


「ギルドに泣きつく」

『うわっ、格好わるー。先に言われてますやん』


 横から茶々を入れるヤマトナデシコを、ユウリは全力で投げ飛ばした。

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