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グレンダ・ベドナーシュの憂鬱


 ギルド職員の仕事のピークは、日の出前と日の入り直前の2度である。前者は冒険者たちが仕事を求めて、後者は仕事から戻った冒険者たちの成果還元が主たる理由だ。

 もっともそれは主にカウンター業務などの最前線のことであり、グレンダを始めとする裏方はワンテンポ遅れて仕事のピークがやってくる。

 そして今まさにピーク中のピーク、俗にいう修羅場に突入しようとしたまさにその時「グレンダさん、お願いします。ヴァルフェリア家のご令嬢が、火急の要件があるとかで受付に来ているんですぅ」と、若い職員が半泣きの顔で駆け込んできたのである。


 よりにもよって、このタイミングに!


 グレンダのデスクには、未決済の書類が薄ら高く積まれている。これらすべてに目を通して裁可すべきか否かを判断しなければならないのだが、ヴァルフェリア家の令嬢相手に「忙しいから後にして」は思っていても言えやしない。


「分かったわ。応接室に通してちょうだい」


 今夜の残業は確定よね。

 グレンダは心の中で盛大なため息をつきつつ、席を立ったのであった。



    *



「お待たせしました……えっ?」


 鬱々とした気分を隠したままグレンダは応接室の扉を開けると、レオノーラの予想だにしなかった雰囲気の変容ぶりに思わず我が目を疑った。

 昨日までのよく言えば高貴で毅然とした、悪く言えば高飛車で高慢ちきな令嬢の面影はどこへやら。ソファーに浅く腰掛けて神妙にグレンダの到着を待つ、新米冒険者さながらの様子を漂わせていたのであった。


「今日は、折り入って相談があります」


 話す口調にも貴族マウントが欠片もない。

 そのあまりの豹変ぶりに、グレンダは「いったい、どうしたのですか?」とつい声をかけてしまったのである。

 ところが話を振った途端「それは……」と当のレオノーラが言いよどむ。唇をきつく結んで視線を落とし、言うべきか言うべきまいかを逡巡するように、膝の上の掌だけが所在なげに動いている。


「相談ごとの内容をお教えいただけないと、わたくし共も動きようがないのですが」


 発言を促すようにグレンダが助け舟を出しても反応は同じ。相も変わらず逡巡の様相で、ならばお付きのヒルデに視線を向けると「それは主の領分」とでも言いたげに表情ひとつ変える様子がない。

 これでは埒が明かない。口にはできないが勘弁してほしいと、グレンダは心の中で盛大に頭を抱えた。

 グレンダの心の葛藤が態度に表れたのだろうか。


「ええと。そこから先はオレが説明します」


 見かねたユウリが前に出ると、レオノーラに代わり状況を説明してくれた。


「……という訳なんです」

「なるほど」


 ひとしきり内容を聞くと、厄介なことに首を突っ込んでしまったと、己の悲運にグレンダは大きく息を吐く。


「つまり……宿からの滞在打ち切り通告。その理由が、ヴァルフェリア家側からの契約解除……という訳、だと」

「はい……」


 ユウリが気まずそうに答えると、ヒルデが無言で頷き、バツが悪そうにレオノーラが視線を外す。


「そう……ですか」


 そりゃ、そうでしょうよ。とは口に出来ず、グレンダは無言で眉間を押さえる。

 レオノーラの行為は令嬢のお遊びというレベルを超えて、ガチの冒険者に足を突っ込みつつある。当然ヴァルフェリア家が良い顔をするはずもなく、ちょっとしたお仕置きというか兵糧攻めなのが直ぐに分かる。

 令嬢の性格からして言って諭すのはムリ筋、だから〝冒険者を続けられない環境〟に追い込むことにしたのだろう。生粋のお嬢様が泥水を啜っての生活など不可能に決まっている。

 状況はだいたい理解した。ユウリの背中でヘンな刀がワーワーと喚いているが、些末なことなのでそれは無視。

 問題は、これに自分が〝どの程度〟関与するか、だ。

 貴族の内輪揉めに首を突っ込んで良いことなどひとつもない。ましてや此処オーガスタの町はヴァルフェリア侯爵領であり、ヘタな行動は領主に弓を引くようなものになりかねない。

 いくらギルドが侯爵家の支配下ではない存在だとて、オーガスタ支部は侯爵領内にあるのだ、楯突いて良いことなどどこにもない。


「どうにかなりませんか?」


 切実な表情でユウリが訴える。

 どうするか?

 正直、手がないわけではない。


「いちおうギルドの所有として、賓客をもてなすためのゲストハウスはあるのですが……」

「なに、それ良いじゃない。そこを貸しなさい」


 賓客滞在のワードが琴線に響いたのだろう、ゲストハウスの存在にレオノーラがすかさず食いついた。

 まあ、当然だろう。

 贅沢に慣れ親しんだ侯爵家の令嬢が、屋根とベッドがあるだけみたいな安宿に我慢できるはずがない。その点でもギルドのゲストハウスならば広さも設備も、レオノーラの要求を満たすレベルをキープしている。窮地のレオノーラが看過するはずがない。


「地方のギルド支部に賓客など滅多に来ないのだから、部屋は遊んでいるのでしょう? わたくしたちが借りて有効活用して差し上げますわ」

『ひゃー。スゴイ屁理屈』


 ヤマトナデシコの素直すぎる感想に、レオノーラが「黙りなさい!」と小声で叱りつける。


「わたくしは事実を述べているのです。これは正しい道理であって、小賢しい屁理屈などではありません」


 いやいや、それを世間では屁理屈というのだ。グレンダとしては刀の言い分に全面的に同意したい。

 とはいえ面と向かって正論を言えないのが宮仕えの悲しいところ。


「話が脱線するので、余計な方(刀)の発言は控えてください」


 グレンダは内心で頭を抱えつつも、表面上はあくまで冷静に言葉を続ける。


「ゲストハウスはあくまで〝ギルドが正式に招いた賓客〟が滞在するための施設です。個人的な事情での利用は、規定上できません」

「特例はないと?」

「はい……と言いたいところですが、物事には言わずもがな例外はあります」

『それや!』

「まだ、なにも言ってない」

「ヤマトナデシコは調子のいい子だから」

「あなたたち、五月蠅いですわよ」


 例外と聞いた途端に浮足立つ連中をレオノーラが諫めると「失礼」と優雅に謝罪。


「話を続けてくださいな」


 そう言って例外を訊きだそうとする。

  

「そう難しいことではありません。レオノーラ様たちが〝当支部にとって有用かつ代替の利かない冒険者〟であれば良いのです」

「はあ?」


 驚くユウリに、グレンダは「カンタンでしょう」と事もなげに言い放つ。

 賓客とはギルドにとって大切なお客。それと同様の存在ならば、ゲストハウスの使用を厭う理由などどこにもない。


「つまり〝ゲストハウスを借りるのならば、それに見合った成果を挙げよ〟ということね」

「平たく言うと、そうなります」


 レオノーラの問いに答えると、今度はヒルデが「具体的には、どのくらい?」と訊いてくる。


「……そうですね。A級はさすがにムリでも、B級相当の実力の持ち主であると証明されれば、無条件でお貸しできます」


 B級冒険者であれば三顧の礼で呼び寄せる。そのレベルの戦力が常駐してくれるなら、ゲストハウスの一室など安いものだ。


「わたくしたち、まだF級なのですけれど」

「ですのでB級〝相当〟と申してます」


 グレンダは淡々と頷いた。


「B級に匹敵する実力を示していただければ、たとえランクがF級であろうとも問題ありません」


 駆け出し冒険者にグレンダはとてつもなく高いハードルを要求する。

 正直彼女たちがクリアできるとは思っていないが、グレンダとしては「筋を通して策を提示した」という実績があれば良いのだ。

 ところが……


「なるほど、理解しましたわ。確かにわたくしたちにとって、それほど難しくない条件ですわね」


 気負いも驕りもなく、レオノーラがサラリと言い切ったのであった。


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