#97.くだけちったしはいのおうかん
「――カオス!!」
『久しいな妹よ。しばらく見ないうちになんとも醜く小さくなってしまったではないか』
玉座から響く声。
自分達を見下げ歪んだ笑みを浮かべる黒竜王を前に、王妹ティアマートは強く睨みつけた。
『……眼の力は変わらぬ。だが、それだけだ』
ぐわ、と、左前足を上げるや、合わせたようにコロシアムの周囲に赤鱗のドラゴンが何騎も降り立ち、瞬く間に囲みこまれてしまう。
「ど、ドラゴンに囲まれてますわ……」
「あー……なんか、地味にヤバそうだな?」
「ははは、こんなにドラゴンに囲まれるのは初めてだな!」
「セシリアさん、楽しそうですけれど、私、普通に怖いですわ……っ」
「だいじょーぶ、こいつらはただの雑兵」
状況的にまずさを感じる仲間達をよそに、セシリアと名無しはのほほんとしていた。
ティアマートを守るようにして白き竜鱗の二体がこの雑兵らと対峙するが、囲まれているという状況でありながら、ティアマートの視線はカオスにだけ向いていた。
「王から、冠を奪ったのね」
『ぐははははっ、何を言っているのかよく聞こえんなあ!? もっと大きな声で言ったらどうだ? 身体が小さいと、声も小さくなるのか!? なんと不便な!』
玉座に在りながら、声一つが届いただけで強風が叩きつけられるカオスと異なり、ティアマートの声はよく通る声ではあったが、それでも『人間の大声』であった。
実際に聞こえていないかはともかく、ティアマートをして「くっ」と唇を噛み、そのおどけた態度に苛立ちを覚えてしまう。
「――ドラゴンの王よ!」
『むぅっ!?』
しかし、その隣に立つセシリアは黙っていなかった。
ティアマートどころではない、それこそカオスのいる玉座に届くほどの、ドラゴンの咆哮すら彷彿とさせる大声で、玉座の上の黒き巨体を睨みつけながら叫んだのだ。
これにはカオスも驚かされ、眼を見開く。
「そのようなところで私達の戦いを観覧しても、何も楽しくはないだろう?」
『それを決めるのは我である。お前のような小さき者が決める事ではない』
「小さき者小さき者と、先ほどから聞いていれば見下すばかりで嫌気が差している。ならばそのような口が利けぬよう、我が実力をご覧に入れようではないか!!」
『なにぃ? お前如きが?』
これはなんとしたことか、と、傍に控える老ドラゴンと顔を見合わせ、大笑いを始める。
その笑い声ですら強烈な風を叩きつけていたが、既にPTの誰もが揺らぐことすらせず。
シャーリンドンですら、キッ、と、カオスを睨みつけていた。
セシリアの声を聴き、彼らもまた、戦いになるのを覚悟したのだ。
「正直、このような機会に恵まれるなんて思いもしなかった」
「セシリア? 貴方、何を考えて……」
「ティアマート、こいつもう止まらねえから」
「セシリア様、やる気満々」
「ああ、そうだ! 今の私はやる気に満ち溢れている!!」
長剣をすらりと抜き、左手に掲げ、白き兄弟の前に立ち。
そうしてカオスを、自分らを取り囲む赤き竜の兵らを睨みつけた。
「――かつて私の母上は、竜の集団暴走を単騎で撃破したという……」
『な、なんだと……? 小さき者が、たった一匹で、我らの眷属を――?』
「モノ知らずなドラゴンの王よ、知らぬというなら教えてやる。世の中には強き者がドラゴン以外にも居るのだという事を。そして、お前は所詮、狭量で世間知らずなお坊ちゃまに過ぎないという事を、な!!」
『――言ってくれるではないか!! 無礼なっ――殺せっ!!』
余興のつもりが見下した相手に煽り返され、カオスは苛立ちのままに兵らに攻撃を命じた。
だが――兵らは動けなかった。
互いに顔を見合わせ、困惑したように、セシリア一人を見やる。
『なんだ? どうした? 何故動かぬ! 殺せっ、今すぐそやつらの鮮血を我に見せよっ!!』
「無理でしょうよ、それは」
『なんだと!?』
ぼそり、呟いた程度の声量ではあったが。
ティアマートの言葉に、カオスは敏感に反応してしまう。
そしてその反応を以て「やっぱり聞こえてたんじゃない」と呆れたような顔になり、続けた。
「支配の王冠は、本来私達の中で『盟約』に反する行動をとったものを戒めるために、その暴走を抑えるために使われるもの。故に王以外は使ってはならず、王であっても悪戯にそれを行使するべきではないの」
『黙れぇっ、これは我による支配の証!! 父上は間違っていたのだ!』
「今彼らは、本能的な恐怖を覚えたのでしょう。これは王冠の力だけではどうにもできないもの。命令すればするほど、彼らは混乱するだけよ」
『ぐっ、役立たずどもめ……っ』
王冠の力の本質。
それ一つとっても、カオスは相応しくない器であると、セシリアから見てもそう思えるほどであった。
王として知るべきはずのそれを知らなかったという事は、それだけ王から期待されていなかったのだというのが解ってしまう。
妹だったのだというティアマートがそれを知っている事からも、それは透けて見えていた。
そしてそれが、カオスにとっての劣等感を刺激する事なのだとも。
『爺っ、我に従う兵士どもを、こやつらにけしかけろっ』
「なんだ? 彼らはこないのか? つまらんな――ならばっ」
ぐぐ、と剣を握る拳に力を籠め、姿勢を低くし、剣を後ろへと向け、構え。
「――らぁっ!!」
『っ!?』
鋭く振りかぶった剣は斬撃を走らせ……その威力のままに、カオスの頭上の王冠を破壊した。
一撃。たったの一撃である。
それだけで、カオスの王としての拠り所の一つが、失われたのだ。
『か、カオス様っ、王冠がっ、王冠がぁっ』
『あっ、あ、あああぁぁ……お、お前っ、お前、なんてことをぉぉぉぉっ』
「ふんっ……被るべき者の居ない王冠など、なくてもいいだろう? お前など、王には相応しくない。お前は王などではない!」
王冠が破壊された事で、セシリアらを囲んでいた兵士らも「我らは一体何を」と正気を取り戻し、他の者たち同様にカオスを睨みつける様になっていく。
数の上での劣勢。
そして、支配の王冠というシンボルを失ったという絶望から、カオスはわなわなと身を震わせ、苛立ちから歯をカチリカチリ、鳴らし始める。
「そのみっともない癖、まだ治ってなかったのね? 子供の頃からイライラすると歯をカチカチ鳴らす癖!」
『だ、黙れ……黙れぇっ、ティアマートぉっ!!』
「セシリア、手柄を揚げたいのは悪いけど、私にやらせて」
「スタンピードを倒せないなら、それでいいさ」
彼らとやり合えないのは残念だが、と、セシリアは快くティアマートの言葉を受け入れ、仲間達に「離れるぞ」と言って駆けだす。
あれだけ挑発したのだ。そのままコロシアムごとブレスを叩きこまれても不思議ではなかった。
アレにはそれができるだけの力はある。
セシリア自身、そう思ってはいたのだ。
だから、ティアマートや他のドラゴンらを置いて、一気にコロシアムから離れていった。
『逃がさんぞっ、お前だけは許さんっ、小さき者の分際でぇぇぇぇっ!!』
「――貴方の相手は、私よっ!!」
翼を広げ、怒りのまま飛び立ちセシリアらの元に滑空しようとしたカオスに、赤みを帯びた魔法弾のようなものが叩きつけられる。
それ自体はカオスを撃ち落とすほどではなかったが、『なんだと』と、その意識を逸らすだけの威力があった。
「カオス! 竜の国の王女として、反逆者であり簒奪者である貴方を、この手で討つ!!」
『ほざくな愚妹がぁっ! 兄である我に逆らうなど、常識知らず甚だしい!!』
「世間知らずで我儘な貴方に、そんな事を言われる筋合いはないわっ!」
互いにらみ合い、カオスはもう、足元の大罪人たちの事などどうでもよくなっていた。
そう、彼にとって最も邪魔なのは、名も知らぬ人間たちではなく、この妹なのだ。
ずっと疎ましがっていた、ずっと憎らしく思っていた、自分よりも優秀だと誰からも認められる妹。
それそのものが、憎くて憎くて仕方なかったのだ。
『魔神などに誘われるまま国も民も捨てた貴様がっ、何故今更戻ってきたぁっ! この国は我のものぞっ、貴様の居場所などどこにもないわぁっ!!』
「だというなら何故あんな王冠になんて頼ったのよ! 誰一人自分の為に戦ってくれない癖に! 民からも、兵からも恐れられ忌み嫌われ国を腐らせた悪しき愚兄がっ!! 自力で民一人納得させられない、卑怯な暗殺でしか父を倒せなかった貴方がっ!!」
『だまれっ、だまれだまれだまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!』
怒りのまま憎しみのまま、あらん限りの感情のないまぜになった咆哮の末に、ぐぱり、その巨大口が開かれる。
『貴様のように小さくなっては、これは止められまい――』
『ティア、あれはまずいぞっ』
「大丈夫よスオウ……私はね、強くなったの」
ブレスが来る、というのは、同じドラゴンならば誰もが分かる事だった。
カオス自身は愚かで浅ましい、同族とも思いたくないほどみっともない男ではあったが。
しかし、まぎれもなく強かったのだ。
そのブレスの威力も、同族ならばどれほど危険なのかが分かる。
それでも尚、ティアマートは笑っていた。
緊張に頬に汗をかいていたが、それでも勝てると思っていた。
勝つ気でいたから、兵らもその場に残る。
「――はぁぁぁ……」
力を籠めれば、容易にそれは溜まっていく。
やがてティアマートの両拳を覆うように、光が集まっていた。
カオスの口を中心に集まってゆく漆黒とのコントラストがなんとも眩く。
それはまるで、一枚の絵画のようであった。
「大地の生命力が、爆発的に成長して……すごいですわ」
「あれって、魔法とかそういうアレじゃないって事か?」
「多分……よく解らないですが」
「名無しは解かるか?」
「わかんない。ティアマートはボクと直接戦ってないから……」
初めて見る光景に、セシリアらは口々に何が起きているかを知ろうとするが。
自分たちだけではわからず、同じく退避してきたローレンシア達を見やる。
「あれはな、『気』を使った増幅法じゃよ。ワシの術と同じく、東の方で使われる……まあ、生命力強化の一つじゃな」
「同じことは多分セシリア達でもできるわよぉ。私も教わったからできるし。でも私や仔猫ちゃんがやってもぜぇんぜん大したことないのよねぇ」
「元の身体能力の差が大きいから仕方ないわ。ティアマートは元はドラゴンだから……すごいの」
爆発的に高まってゆく生命力の迸りは、拳の中だけに収まりきらず、やがて白色の爆発を引き起こす。
それは一見するとティアマートが、周りのドラゴンらを巻き込んで自爆したようにも見えて。
『なんと愚かな! 自ら高めた力によって自爆するとは! 情けない奴め――はぁぁぁぁぁぁっ!!』
ブレスの溜めが終わったタイミングでそれが起きたため、「戦う前に死んだか」と笑いを隠せなかったカオスであったが。
それでも尚、油断なくブレスを叩きこんでいた。
死んだであろう妹を前に、それでも。
その死体一つ、残したくなかったのだ。
「そ、そんなっ、ティアマートさんっ!?」
「大丈夫ですわアルテさん……あれは……」
漆黒のブレスは、ティアマート達のいたコロシアムに直撃した……はずだった。
周りの空気中のあらゆるものを飲み込み圧壊させながら突き進むそれは、けれど、ティアマートの居たあたりで霧散する。
白い光がまた溢れ出し、ティアマートが、その中心に変わらず立っていた。
『む、むぅっ……そんなバカなっ、あれは、昔のお前であっても喰らえばタダではすまぬ――』
「なら、今の私は昔より強くなったって思わないの? そう、思えないのね。だから貴方は、いつまでたっても父上から認められなかったのよ」
『なっ、なっ――』
「情けない兄上――せめて死んで、私の力を民に知らしめ、次代への礎になりなさい! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
『舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
高度をあげ、そして急降下しながらティアマートに向け突っ込んでゆくカオス。
もはや技や魔法などといったものではなく、その巨体と速度で以て相手を叩き潰す他なく。
けれど、ティアマートはそんな愚兄をきっと睨みつけながら、ずっと溜めていた光を、手を突き出すとともに――放出した。
『んんんんんぬっ、うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』
――光の砲撃。
光のラインがカオスの巨体を真正面から貫き、やがて極大化され、その漆黒の身体を飲み込んでいった。
生命力の塊とも言えるそれは反転され、カオスの巨体を焼き焦がし、やがて消滅させた。
「……ふぅっ」
構えを解き、大きく息を吐くティアマートだったが。
それを取り囲むように、幾体ものドラゴンが降り立ち、コロシアムの周辺は、ドラゴンだらけになる。
『ティアマート……王女』
『王女よ、ああ、私達の知る、あの王女が帰ってきたわ!』
『我らが宝! 我らが誇り! ティアマート王女!!』
それは、竜の国の民たちであった。
カオスと彼女との戦いを固唾と見守っていた、この国の民衆。
そして、正気を取り戻した兵士達。
見れば、砂漠の入り口で出会った三兄弟も、少し離れた場所でそれを見やっていたのだ。
「皆っ、ただいまっ、随分長く離れてしまって……でも、沢山のものを得て帰ってきたの!!」
久しくの帰還であった。
悪しき簒奪者カオスは倒れ、自分たちの愛した王女が帰還し。
誰もが、その後を継いでくれるのだと思っていたのだ。
きっと国はよくなると。腐りきっていた日々が終わる日が来たのだ、と。
苦渋の耐え忍ぶばかりの日々が終わり、ようやくにして、国に光が差し込んできたのだと、彼らは思っていた。
「どうか、私の言葉を聞いて欲しいっ」
新たな王の言葉だと、誰もが思っていた。
正統なる、玉座に座るにふさわしい者の、その最初の演説なのだと、誰もが思っていた。
だが……そうはならないだろうと、神の魔物たちは解っていた。
「私と同じように――小さき身体になり、その傲慢な考えを捨て去って、謙虚になって欲しいの! 新たなるドラゴンの形を、在り方を! 皆にも受け入れてほしい!!」
それは、その場に居た全てのドラゴンたちが聞いた途端に困惑する、そんな言葉であった。




