#98.しんせいりゅうぞくたんじょー
ドラゴンという種族は、古より、地上において最強の生物とされていた。
それは人類がこの地上に生まれ出でてからも変わらず、種としての平均において人類がこの種族を超えることはなかった。
故にドラゴンは自らを最強種と信じて疑わず、その強さ、そして巨体に強い誇りを覚えていた。
身体の小さな人類や魔族を「小さき者」と見下し、自分たちを圧倒することなど決してないのだと驕り高ぶっていた。
……フレースベルグという絶望的な天敵が現れるまでは。
「私達は、なぜこんな地下に住んでいると思う? 自分たちよりも強い、圧倒的な存在が現れたからよね?」
そして、小さき者となったドラゴンの王女、ティアマートは、自分たちを取り囲むようにして困惑の表情で見つめる国民や兵らに、自らの主張の理由を説明する。
すぐそばに婚約者たる白鱗の兄弟が居たが、彼らもまた、納得はしていない様子だった。
「私達はかつて、この地の地上に暮らしていた。強く賢き先王ルドンが神々から受け継いだこの地は、豊かな大地だったはずなのよ」
ティアマートが語るのは、ドラゴンという種族が歩んだ歴史。
かつて地上に繁栄し、大きく栄えた超大国の、その破滅の記憶。
若者たちには覚えがなくとも、高齢の者にはまだ覚えのある、トラウマとも言える栄華の崩壊。
「私達は驕り高ぶっていた。ただ強く生まれ、何故強いのかも解らぬまま、その強さに酔いしれ、自分たちの敵となる者などいないと思い込んでいた。でも、絶望の青い鳥は、私達の前に現れた。そうよね!!」
集っていた者達の中に高齢者を見つけるや、ティアマートはそちらに視線を向ける。
若いドラゴンたちの視線が集まる中、高齢のドラゴンたちは苦渋に満ちた表情のまま、無言のままに視線を落としていた。
「私達は所詮、驕っていただけの愚か者だった。神の魔物フレースベルグに襲撃された私達は、成す術もなく捕食の対象となった。私達は、餌にされたの!」
ドラゴンにとって、人間の一個体がたまたまドラゴンより強いことなど、さほど問題ではなかった。
セシリアのように強い個体は、いつの時代でも居て、そしていつの時代もドラゴンたちを驚かせはしたが、彼らは「たまたま現れた外れ値」としか思わなかったのだ。
だが、絶対的な地上の支配者だと思っていた彼らにとって、自分たちが捕食される側になるなど、思いもしなかった事で。
この出来事は、ドラゴンの種族としての『血』に刻みつけられるほどに衝撃的な、屈辱的な出来事として記憶されたのだ。
「竜の王国は、フレースベルグによって崩壊した。豊かだった地上を捨て、地下に潜らなければならなかった。『盟約』は果たせず、神々の世界との繋がりであったトネリコは守り切れず、枯れ果ててしまったわ」
かつてドラゴンたちは、神々からこの地を受領し、地上の支配者となれるだけの力と知恵を与えられた際に、同時に一つの約束を受けた。
それは、この大陸の守護となり、神々の世界へと繋がるトネリコを守る事。
しかし、それはフレースベルグの到来によって守れなくなってしまった。
実際にはドラゴンたちが砂漠の地下に潜るようになってからトネリコの幹が枯れ果てるまでの間にはかなりの時間差があったが、ドラゴンたちはそれを『盟約を果たせなかったから起きた事』と認識していた。
自分たちが地上に居て守っていれば、枯れる事などなかったのだと。
だから、これに反論する者は一人もいなかった。
「私は、神の魔物となってから、フレースベルグと直接対話をしたわ。彼女にとって、私達はただ弱き捕食対象でしかなかった。私達が人間や魔族を見下し、弱き者と侮っていたように、彼女にとって私達ドラゴンは、ただの餌でしかなかったの」
『う……ぐっ』
『おのれ……あの大怪鳥めぇ……っ』
老齢のドラゴンらは、悔しさに歯を軋むほどに噛み締め、中には涙すら流している者までいたが。
若いドラゴンたちもまた、遣る瀬無く視線を落としてしまっていた。
どう足掻いても届かない天井。
それを自覚させられ、強者ぶっていた自分たちの情けなさに打ちひしがれていたのだ。
「分かるでしょう? その大きな体に、意味などないのだと。強き者だと驕り高ぶり、強いのが当然だと思っていたドラゴン種族に、未来などないのだと!」
『だが、王女っ、我々はどうしたらっ』
『そうよっ、私達はそのように生まれた。生まれてしまった。そのように生まれては、もうどうしようもないじゃないっ』
『俺達は、どうしたらいいんだっ、教えてくれ王女よっ』
『我らはどうすればいいっ、どうすればよかったんだ!?』
悲哀に満ちたドラゴンたちの叫びが、そこかしこで響いていた。
その場に居たセシリアたちにも衝撃のように届くその声の数々が、あまりにも悲嘆に染まっていたからか、じん、と、その小さき身体に憐憫の情が芽吹く。
「生まれつき強いってのも、なんていうか、かわいそうな事なんだな」
「あぁ……私達は努力しなければ強くなれない。そして努力してすら強くなれない者もいる。だからこそ、生まれつき強いドラゴンの、その強さに憧れる者すらいたが……」
「憧れる対象があるからこそ、上を向いて努力を続けられたんですね、私達人類は」
「この方々は、強く生まれてしまったからこそ、努力の仕方すら解らないんですのね……」
特にシャーリンドンにとって、彼らの、強すぎたが故に起きた悲哀には思うところがあった。
弱すぎて不器用すぎて、何をやってもうまく行かなかったのに、冒険者としてすら微妙だったのに、それでも努力し続けなければならなくて、不安で、辛くて。
けれど、それでも頑張れたのは、やはり自分が弱いという自覚があったからで。
彼らは、彼女たちは、それすらできなかったのだと思うと、「可哀想」という気持ちが強くなっていたのだ。
見下しなどではなく、自分と同じ、救いのない方向に転がってしまった、そんな彼らに、妙な親近感が湧いていた。
(……なにいってるのかわかんない)
一方で、名無しは全く共感できず、一人疎外感を覚えていたが。
「大丈夫よ皆」
悲嘆にくれるドラゴンたちを見まわし。
けれどティアマートは、前向きな爽やかな笑顔を見せていた。
『大丈夫とはいうが、何か策があるのか? ティア』
『今の話を聞かされても尚、どうにかできるとは到底思えんのだがなあ』
白鱗の兄弟は流石に悲哀に落ち込むばかりでもないのか、素直に疑問を問うが。
ティアマートは「もちろんよ」と自信に満ちた顔で視線を他所へ向ける。
向けられ「へぁ?」と間の抜けた顔をした、小奇麗な街娘のような神の魔物がいた。
「えっ? 何? 今の文脈で私っ? どゆこと!?」
「ふふ……結果的にだけれど、貴方がきてくれてホントに良かったわ、ローレンシア」
「な、何よぉティアちゃん。私に何をさせる気ぃ?」
「本懐を遂げさせてあげようと思っただけよ。そんな怖がらないで頂戴」
いいでしょ、とにじり寄るティアマートに、ローレンシアは苦手意識があるのか、後じさろうとする。
けれど、すぐにカイの足にぶつかり、逃げ場が失われた。
何せこの場にはドラゴンが多過ぎる。
至る所巨大な柱が立っているようなもので、柱の壁のようになっていた。
「皆! 私はこの姿になって、こんな姿になったけれど、ドラゴンとしての力は何一つ失っていないわ!! 私はブレスも吐ける! 空も飛べる!! そして何より……この身体だからこそ得られた、新たな力があった!!」
『なんと……そうか、さっきの奴か』
『さっきのアレか? あのビームみたいな奴! あれは格好良かったな!!』
スオウとカイとが持ち上げると、他のドラゴンらも一旦は嘆くのをやめ、『おぉ』と、先ほどのシーンを思い出す若者たちも居た。
あれは、彼らをしてそれだけ衝撃的な光景だったのだ。
そう、それで以て彼らは、この小さき身体となった竜鱗の女戦士を、自らの王女であると認めたのだから。
「アレは、大地の力をより強く感じ取れる身体でないと駄目なの。小さく、より大地に全身を近くしなければ得られない。そして、人間と同じ呼吸法ができないと駄目なの」
『つまり、我らも同じようになれれば……』
『王女のように、強くなることが、できる……?』
『俺達もっ、王女のようになれるんですかっ!? 人のように、強くなるための、何かを……っ』
ドラゴンたちの間で、先ほどまでとは違うどよめきが走っていた。
困惑ではあった。
だが、絶望や悲嘆ではなく、希望を感じ取ったからこその声。
若者を中心に徐々に広がっていったその声は、やがて老人らも巻き込んでゆく。
『ワシらも……まだ強く、なれるんじゃろうか?』
「なれるわ! むしろこの技術は、年老いてからこそより大きな力を得られるものなの! 貴方達にだって、私以上になれる可能性はある!!」
『なんと……』
『こ、この年になって、今までより強くなれる可能性が……?』
『私達が、王女様より強くなれるなんて……ほんとうかしらねえ?』
口々に疑問をあげるも、本当かどうかなど、もう彼らにはどうでもよくなっていた。
希望がある。絶望ばかりではなく、未来が感じられる。
それはもうそれだけで、今彼らが置かれた、失望と苦痛と屈辱に満ちた隠遁生活を維持するより、ずっと先行きが明るいものであった。
「何より! 私達の身体が小さくなるという事は!!」
『なるという事は?』
「フレースベルグから、狙われなくなるという事でもあるわ!!」
『ははは! つまり、身体が小さくなって、餌扱いされなくなるのか!? 人間みたいに!!』
「そういう事よ!! もうこんな地下に無理して暮らさなくていい! 私達は、何を恐れるでもなく、再び最強を目指せるのよ!!」
今度は自分たちの努力によって、と、付けたし、民を見渡した。
多くが希望に満ちた目をしていた。
困ったような顔をしていた者も、ティアマートと目が合えば覚悟を決めていた。
迷う者など居ないかに思えた。
「……ほら、ローレンシア。条件整えたわよ?」
「うーん……本来私が助けたいのは人間であって、ドラゴンじゃないんだけど……まあ、いいわ。助けられるなら確かに本懐だしぃ……」
天使だって助けてたしね、と苦笑いしながらティアマートの隣に並ぶ。
「皆、願って頂戴!! この隣に立つ神の魔物ローレンシアは、人々の欲望を叶える力を持つ! 『ティアマートのようになりたい』と願ってくれれば、きっと叶えてくれるはずよ!!」
腹をくくったローレンシアを民に紹介しながら、願いを叶えるお膳立てをする。
ローレンシア自身も準備が既に済んでいるのを感じ、すぐに叶える為の力を溜め始めた。
(これだけ沢山の欲望……それも純度が高いピュアなものを、全部受け止めきれるかしら♥)
壊れちゃうかも、などと思いながら、けれど本懐を遂げられることに幸せを感じる自分を自覚しながら、「それじゃあいくわよー」と、機嫌よく翼で羽ばたき、空を舞う。
「――そーれっ、全力、全開っ!! 願いよっ、叶えーっ!!」
ありったけの大きな声で。
視界に入る限りの全てのドラゴンが、その小さき身体から溢れ出た光を浴び。
ドラゴンたちの願いは、叶えられる。
「……おぉっ」
「なんだこれは、随分と視界が下がったぞ?」
まず真っ先に声をあげたのは、直近に立っていたスオウとカイであった。
いずれも白い鱗が全身に生えていたが、顔立ちは人間のそれに大分近くなり。
そして、ティアマートとほとんど同じ視線になっていた。
「これからは、服も用意しなくちゃいけないわね」
「国民皆素っ裸って考えると中々すげえ光景だな……微塵もエロくねえけど」
「もう、シェルビー! 折角の感動的な場面ですのに、なんて事言うんですかっ」
全裸と言って差し支えないながら、服を着ていないとマーマンなどの人型の水陸両棲系の魔物に近い姿なのもあって、いやらしさなどは全くなかったが。
だが、自身のその姿に忌避間を覚える者は今のところ居ないようで、かつての巨体を失って尚、好奇に満ちた目で自分や隣人らを見てはしゃぐ声がそこかしこから聞こえていた。
「声も、かなり小さいな。うおーーーーーーっ」
「ははは、この姿で叫んでも全然迫力が無いな。そっちの女騎士殿の方がよほどでかい声が出ていたぞカイ」
「くそ、迫力ある叫び声とやらも、勉強せねばならんようだ。確かにこれは、前とは勝手が違う」
翼こそ開閉式で展開できる身体ではあったが、サイズ感の違いはそのまま心肺の流石に直結しており、声量もそれに伴って明らかに人間サイズ相応になってしまっていた。
慣れるまではまだ時間が必要なのは解っているのか、兄弟は笑いながらその変化を感じていたが。
「……良かった。皆、私の話を聞いてくれて」
「これでフレースベルグが飛んでも問題ないって?」
「ええ、もうパニックにはならないでしょうね。だって、捕食対象じゃないもの」
「その辺りは本当にそうなのか? あのサイズなら、私達でも食べられてしまいそうだが」
「前に話した時には『あんな小さいものを食べても腹の足しにならぬ』という事だから……」
「あいつ、今後は何を餌にするつもりなんだ?」
「まだ海には巨大な海獣とかシードラゴンとかがいるから……あっちは私達と関係ないし」
「今度はそちらが絶滅してしまわないか心配になりますね」
「フレースベルグさん、小さな体のままでいられたらいいのですが……」
「大きな体で人前で暴れるようなら、その時こそ成敗する時」
「そうならない事を祈るばかりね」
セシリアらも混じえて笑いあっていたが、誰一人本気で何かを心配する者はいなかった。
ドラゴンたちの先行きは明るい。
きっと竜の王国は地上に復興されるのだろう、と。
「……」
「どうしたのローレンシア?」
「いや、なんでも……何かちょっと違和感があっただけよ。皆まとめてざつーに願いを叶えちゃったから、微妙に違う願いが混じってたような気がして」
「そう? でも皆ちゃんと私と同じ姿になれてるわ。ありがとうねローレンシア」
「まあ、問題ないならいいわ。気のせいかもしれないしね~」
不思議な顔をしていたローレンシアだったが、ティアマートが異常を感じ取った様子も無い為、「ドラゴンなんて種族の願いを叶えた所為で普段と違う事が起きたのかも」と割り切り、手をひらひらさせてペタン、と座り込む。
結構疲れたのだ。
「……これで、ドラゴンたちは再び盟約を果たせますね」
「そうね……ありがとうねケットシー。貴方がフレースベルグとローレンシアを説得してくれたおかげよ」
「わ、私はただ……何かから逃げ隠れ続けるのが、いい加減嫌になってただけだから……ふにゃぁっ!?」
「ふふっ、逃げないでよ。いいこいいこ♪」
「あぁぁ……あたまなでにゃいでぇ……♥」
次いでティアマートはケットシーにもお礼をし、仔猫そのままに頭を撫でられへにゃっとした顔になってしまう猫耳少女を見ながら、周りはほんわかと和み。
一同は、目的を一つ達成したことに喜びをかみしめていたのだった。
(……ぐぅっ、おのれっ、おのれおのれおのれぇっ)
しかし、ここに一人だけ、別の願いを叶えさせたドラゴンが居た。
そう、今となってはもう「かつてのドラゴンの姿」を維持した、最後の一体。
カオスの側近であった爺と呼ばれた個体が、全盛期の若々しい身体のまま、潜伏していたのだ。
(カオス様を……ワシが必死でお育てしたあのお方を殺した貴様らを……ワシは絶対に、絶対に許さぬ……! 絶対に、だ!!)
若い肉体を手に入れた彼は、また別の、特異な力も持ち合わせていた。
それは、長く生きる中で自然と会得していったもの。
地形と同化し、他者からは見えなくなる能力である。
これによって彼は、誰にも気づかれることなく竜の国を後にする。
復讐を誓い、その機会を待つことにしたのだ。
ティアマートたちの後を延々追い続けチャンスを見つけ、必ずや主の仇を、そして自身の無念を晴らしてくれようと。
そう思い、まだ明るい砂漠の表に現れ。
『――ほう、こんなところに美味そうな餌が一匹出て来たな?』
『なっ――ふ、フレース、ベル――』
《ばくり》
たまたまそこにいたフレースベルグには嗅覚から即座に看破され。
あっさりと捕食され、そのまま飲み込まれ、胃の中で溶解されていった。
『ごくん……ティアマートらは上手く行ったかどうか……そろそろ飽いて来たな。上手くいかなんだら、我がドラゴンどもを捕食してもよいだろうか? ケットシーは失敗する事を前提にしていなかったから、そうしても良いはずだな? ふふふ……』
失敗などせぬだろうが、と思いながらもそんな恐ろしげな捕食者としての側面をのぞかせながら、フレースベルグは、中々戻ってこない仲間達を退屈そうに待っていたのだった。




