#96.しゃーりんどんちょーがんばった
コロシアムに着いた一行は、早速中に入りドラゴンの死体が転がっている現場を確認していた。
一応、カオスの配下が隠れている可能性を警戒していたが、ケットシーが「周りには危険はなさそう」と言うのと、シェルビーが実際に危機感を感じなかった事から、早速シャーリンドンをドラゴンたちの前に立たせる。
「うぅ……間近で見るとやっぱり迫力がありますわ……」
壮絶な戦いの末に相打ちに終わったドラゴン達の亡骸は、死して尚今すぐにでも襲い掛かってきそうなほどに迫力に満ちていた。
気の弱いシャーリンドンは、それを見上げながら小さく身を震わせ。
そして、いくらか深呼吸して心を落ち着かせてから、その場に跪いた。
(ここ……大地の底だというのに、生命力が弱すぎる……)
より深く地に接すると、大地に眠る生命力が感じ取れるのが、地母神の信徒の能力であった。
この大地の生命力は、自然に近い場所だとか、より地に近い場ほどに多く、鋭敏に感じられるはずだが……この竜の国には、その生命力が希薄なように、シャーリンドンは感じていた。
それでも、と唇をきゅ、と噛み締め、立ち上がって目の前に居る白いドラゴンへと歩み寄る。
「座り込んだり立ち上がったり……あれが地母神の儀式か何かなのか? なんかすげえ変わった動きだな?」
「地母神の信徒はいつもあんな感じだった。まずしゃがんで大地の様子を見て、力が使えそうなら使うの。それで使う時は、ハグする」
「あいつが奇跡使う時にハグしてたのってそういう所からだったんだなあ……」
傍から見ると奇妙な動作だったのでシェルビーは気にしたが、名無しの説明を受けるや「なるほどなあ」と納得し、見守る。
ほどなく、白いドラゴンの足にしがみつくように腕を回し、『ライフストリーム』と呟くのがその場の全員に聞こえた。
ぼわ、と、シャーリンドンの周囲から温かな光が溢れ、それがドラゴンの身体に沁み込むようにして溶けてゆく。
冷たくなっていたその身体に、じわり、少しずつ熱が戻ってゆく。
……と同時に、その身体についていた多くの傷が、少しずつ、だが確かに塞がっていったのだ。
魂の依り代となる身体、そのものが壊れてしまっていたが故に。
魂を戻すための器を、癒す必要があったのだ。
これはその儀式。
「――は、ぁ、くっ」
「シャーリンドンっ」
見守っていたが、その身体が崩れ落ちそうになり。
セシリアが真っ先に駆けつけ、支えた。
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫、です。ちょっとよろけてしまっただけです……」
シェルビーやアルテも駆け寄るが、幸い意識までは落ちていないようで、すぐに自身の足で立ち直っていた。
「……ニンニクジュース、持ってきてないから……」
「そ、それは、勘弁してほしいですわ。大丈夫ですからっ」
荷物もなしに着の身着のままだった為残念がる名無しに、シャーリンドンは顔を引きつらせながら腕を回して「私、元気ですわ!」と白いドラゴンの足に手を付いた。
『――生命よ原則に真逆せよ』
シャーリンドンに紡がれた言の葉により、地母神の儀式は成る。
ぼわ、と、淡い光が白いドラゴンの身体を覆っていき……やがて、閉じたままになったはずの眼が、ゆったりと開かれてゆく。
ぶわ、と、大きな吐息が裂けた口から吐き出され、シャーリンドンは「きゃっ」と、小さな悲鳴をあげながら倒れてしまったが。
『ああ……なんと心地よい。まるで赤子にでも還ったかのようだ』
母の胸の中を思わせる優しき抱擁を覚え、ただ無心のままに呟いた言葉だったが。
すぐ目の前に、ドラゴンではない小さき者達が幾人も居た事に気付き「なんだ?」と、首をかしげる。
「久しぶりねスオウ」
『……? 我に、小さき弱き者の知り合いは居らぬはずだが』
「でも、ティアマートという名には覚えがあるでしょう?」
『ティアマート……? ティアマートだと!?』
うすぼんやりとしたままの頭故、目の前に立っていた一人の口から自身の名が出ても困惑する位しかできなかったスオウであったが。
だが、その一人が口にした名は、決して忘れられぬ名であった。
『バカな、我らが竜の身体はどうした? 最も誇らしき、地上の支配者であった身体は!? 姫よ、本当であるならば、あの強く誇らしく美しかったその身体を、どこへやったというのだ!?』
「……この問答、もしかしてカイ相手にもやらないといけないのかしら? 二人まとめてでもいいわよね?」
『なんだと……?』
「シャーリンドン、お願いできる? そっちの白い奴よ」
「解りましたわ……ふぅ、喋っているだけでもすごい揺れです……」
巨大なドラゴンを蘇らせるほどの儀式だからか、それとも巨大なドラゴンの声による衝撃波をまともに喰らったからか、シャーリンドンはふらふらになって頭を押さえながら、ティアマートに言われた通り、奥の方で倒れている白いドラゴンへと歩いていった。
「支えよう」
「ありがとうございます……大地の生命力が弱いからか、術を使うと妙に疲れてしまって……」
「地母神の奇跡は、大地の生命力が足りてないと使用者自身の生命力を削ってしまうの」
「なんだそりゃ。初めて聞いたぞそんな仕様。おいシャーリンドン、ほんとに無理すんなよ?」
「大丈夫ですわ。大地にも、全くない訳ではないので……少し、疲れるくらいですから」
難しい奇跡を使うより全然マシです、と、ふらつきセシリアに支えられながらも、心配してきたシェルビーには健気に笑みを浮かべて見せる。
「それに私、生命力は強いみたいですから……地母神様、仰っていましたわ。『お前には向いている』と」
「そりゃまあ、効果の凄さみりゃ解かるけどよぉ……」
「私、ようやく自分の強みが分かりましたの。皆の役に立ててうれしいんです」
もう足手まといではないので、と、本当にうれしそうに言うものだから、シェルビーもそれ以上は言えず、「そうかよ」としか返せなかった。
そしてそれでもってシェルビーが納得したのだと感じたシャーリンドンは、たどり着いたもう一体の白いドラゴンの前で、同じように儀式を始めた。
『……あの小さき者は、何をしているのだ?』
「貴方の時と同じよ。死者を蘇らせているの」
『カイをか……? ティアマートよ。お前は一体……』
「それは後にしてって言ったでしょう? まずは生き返らせられる人を生き返らせないと」
それが先よ、と念を押され、スオウは「むぐ」と不承不承ではあったが、なりゆきを見守る事にしたようで、じ、とシャーリンドンを見つめていた。
(うぅ、皆から見られながらって、すごく緊張します……でもっ)
ある意味、一世一代の舞台のようにも思えていた。
失敗など許されないし、蘇らせるべき死体は他にもまだまだあった。
こんなところで恥ずかしがっている場合ではないからと、頭を振りながら。
また同じように、儀式を成立させてゆく。
『ライフストリーム』
魂を繋ぎとめる生命の蔓。
『プリンシパル・リターン』
生命の原則を逆行する生命回帰の術法。
一般的なプリーストの奇跡とは全く異なるそれらは、けれどシャーリンドンには何より容易で、負担が小さかった。
『う、ぐ……?』
スオウよりも幾分時間がかかったが、カイもまた、目を覚ます。
自らの手で殺めてしまったはずの弟の復活には、スオウも『うおぉ!!』と、眼を見開き歓喜した。
「カイ。久しぶり。ティアマートよ」
そしてその目の前まで歩いて手を振るティアマート。
『えっ、なんっ……てぃあっ……えっ、あに、じゃ……?』
『混乱するのは解る。俺も同じ気分だ』
混乱する弟を見て、『ふっ』、と驚きより嬉しさと喜びが勝った兄は、堅苦しい喋り方をやめ、身内言葉で喋っていた。
そして、シャーリンドンの方を向き、頭をその身体の目の前まで下げる。
『……小さき者などと侮っていたこちらが間違っていたようだ。すまなんだ。人の子よ。我らが恩人よ』
「えっ? あっ、はい……」
大きな声ではあったが、厳しさは全く感じられなくなり、シャーリンドンは疲れもあって、もう怖さなど感じていなかった。
礼を言われると「なんだか普通の人みたいですわ」と安堵し、自分でも変な返答だと思いながら、気の抜けた事しか返せなかったのだ。
「このまま、そっちの赤いのも蘇らせられるかしら? 元は悪い奴らじゃないはずなのよ」
『だが、そいつらは蘇らせたとて、果たして正気でいるかどうか……』
「ああ、やっぱり『支配の王冠』の所為でそんな事に?」
『うむ……元は俺と兄者に同調し、共にカオスと戦ってくれた者達だったのだ』
ただのカオスの配下だったという訳でもないらしく、その辺の事情を知らないシェルビーたちは事の成り行きに任せるしかなかったが。
この場においてはシャーリンドンが「やりますわ」「大丈夫ですわ」と健気に頑張っていたので、セシリアたちはそのサポートに徹する事にした。
『ぬぉぉぉぉぉぉぉっ、王女っ、ティアマート王女っ!!』
『我らが誇りっ、竜の宝石とも呼ばれた貴方がっ、何故そのようなお姿にぃっ!!』
『なんとかよわきっ、なんとみすぼらしいっ!! 爺は、爺は悲しゅうございますぞぉっ』
赤い竜らも蘇らせ終わると、それはもう大層やかましい状態になっていた。
ドラゴンたちの価値観においては、人のようなサイズになってしまったティアマートは『なんとも許容しがたい』といった感じで、誰が見ても惨めな姿に見えていたのだ。
「ふう……とりあえず、ありがとうねシャーリンドン」
「疲れましたわ……流石にもう、動けません……」
「おつかれなー」
「シャーリィさんお疲れ様です♥ 私が抱擁してさしあげますわ♥ ぎゅーっ」
「またアルテがおかしくなってる……」
スオウとカイにも『全員起きたのでそろそろ説明を』、と求められた辺りでティアマートはまずシャーリンドンに頭を下げた。
ドラゴンとしては、小さき者に首を垂れるなど、それはよほど認めた相手でなくては決して許されない事のはずであった。
だが、自分たちがこの小さきか弱き人間の娘一人によって命を取り戻せたという事実から、それはむしろ仕方なき事と、誰もが納得していた。
そういった事実を受け入れる柔軟さは、彼らにもあったのだ。
「……皆も復活してもらったから分かるでしょう? 身体が小さいからと、弱いものばかりではない。時には私達には決してできないようなすごい事を、身体が小さな者達でもやって見せることができる」
『理屈では解るが、な』
『なあティアよ、俺も兄者も、そしてそこな兵士らも、お前という国の宝がその身を捨て去ってまでその身体になった、その理由を知りたがっているのだぞ?』
「理由? そんなの簡単よ」
しかして、その理由はもう、セシリアらには解っていた。
「この身体だからこそ、私はより強い者達と知り合えた!! より強い者達と戦えた!!」
『んなっ……』
『か、かような理由で……?』
『くはぁっ、王女よっ、それではまるで――』
兵らも口々に不満をぶつける、かのように思えたが。
しかし、怒りの言葉などついぞ出てはこなかった。
『――かつての王女と変わらぬその性根っ、まさしく我らが王女よっ』
『ティアマート王女っ、そのような姿になられても、尚変わらぬそのお心!』
『まさに王女だっ! 何年経とうと、姿形が変わろうと、全く変わらぬ!!』
がははははは、と、嬉しそうに笑いだすのだ。
帰ってきた、と。
我らの宝が戻って来てくれた、と。
「皆、聞いて頂戴! 確かに我らの身体は大きく、強く、そして誇らしい。美しくすらある!」
俄かに士気の上がるドラゴンらであったが。
ティアマートはそんな彼らを前にして、三兄弟の前でやったようにぶるのだ。
「私は、皆にも私と同じようになって欲しいの! より強くなるために! より高みに登れるように!! その大きな体に、強い身体に、慢心してほしくない!!」
――私と同じようになってほしい。
そう願う、その直前であった。
『――慢心? それは違うなあ?』
城を離れたはずの黒き影が、再び玉座に君臨していた。
『強く生まれし者は、常に圧倒的であるべきなのだ!!』
黒き竜王カオス。
その昏く歪んだ眼が、コロシアムを見やりながら、嗤っていたのだ。
さあ、殺し合いの再開だ、と。




