表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だから私は!!  作者: 海蛇
最終章.冒険者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/103

#95.まじんさまはわるくないの


『ぐははははっ、争えっ、もっと、そうだ! 殺し合えぃっ!!』


 竜の国は、砂の奥深く、地中に存在していた。

一見して地表からは知覚できぬほどであったが、その砂の最奥には巨大な城が(そび)え立ち、暗き世界を微かに照らす燭台には、いくつもの巨大な影が揺れていた。


『ぐっ、ぐぅっ、兄者っ、兄じゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ』

『弟よっ、すまんが負けられんのだっ、うおおおおおおおおおおっ!!』


 玉座の間に控える、巨大な王冠を頭上に乗せた黒竜の王が、裂けた大きな口をにやりと歪める時。

一つの戦いが終わろうとしていた。

竜王の視線の先、特別(あつら)えの決戦場(コロシアム)で戦っていたのは、王に叛逆(はんぎゃく)せし年若い兄弟であった。

互いに白い鱗に覆われしその身体は、いくつもの戦いの末に酷く傷ついており。

無傷のままならば美しさすら感じさせたその姿は、今や見る影もないほどに醜く赤黒に染まっていた。


「うっ、ぐっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

「ぬぅ、あ、あああああ……っ」


 ぐしゃり、と、兄の牙が弟の首筋に食い込んでゆく。

負けじと弟も鋭い爪で兄の身体を抉ってゆくが、間に合わず、やがて力が失われ、ずるりと抜け落ちていった。

ずずん、と、巨体が揺れ、勝敗が決する。


『くくくく、兄のスオウが勝ったか。いやはや、善く楽しめたな?』


 死力を尽くした兄弟の善戦を称えるように笑いながら、ばんばんと、床を激しく叩く。

するとコロシアムの奥から、赤い竜達が現れ、兄弟を取り囲む。


『次はそやつらを倒してみよ。倒せた暁には、我が直接相手をしてやるぞ?』


 やってみせよ、と、今しがた弟を仕留めて見せた兄に対し、自らの兵を差し向けたのだ。

赤竜達は有無も言わさず襲い掛かり、白き兄は、「おのれ」と歯を噛みながら、襲い掛かってきた兵らに向かってゆく。


『――カオス様。珍客が参りましたぞ』


 叛逆者が惨めな末路をたどってゆくのを楽しんで眺めていた竜王カオスは、配下の老竜が報告しに来たことを「珍しいな?」と感じていた。

何せ、自分が楽しみの邪魔をされるのを、何より嫌っているのを、この老竜は知っていたからだ。

自分が王となる前から側近として重用していたこの老爺が、その機嫌を悪くさせてでも報告を優先した事、と考え、最早目先のくだらぬ(・・・・)殺し合いなどどうでもよくなっていた。


『妹君が戻られたようで。砂漠の三兄弟を伴って――』

『ティアマートが? ふん、魔神だかいう胡乱な神に従って国を捨てたバカ娘が、今更何をしに――』

『さあ? 理由も事情も解りませぬが、民がいたく気にしておるようでしてな。放置するのもよくないかと』

『で、あろうな。父上を殺した事でもどこぞで聞きつけたか? まあよい。この王冠(・・)がある限り、あの愚妹(ぐまい)に何ができた事か』


 頭上にてきらびやかに光る王冠を爪先でこつん、と鳴らして見せながら、カオスはにやり、口を歪ませる。


『ふんっ、丁度いい。叛逆者共はこれで片付く。次の娯楽が欲しいと思っていたところだ』

『ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――』


 最早視線すら向けず、だが、視線の外で聞こえた叫び声に「終わったようだ」と勝手に見切りをつけ、玉座から移動する。


 竜の国の住居には、天井という概念が存在しない。

巨大な竜が空を飛ぶ際に邪魔になるからである。

また、遥か頭上には天然の天井とも言うべき砂の壁がある為、雨露なども気にする必要がなかった。

当然、竜王の城も、玉座の上は吹き抜けとなっており、竜王カオスが移動する際は、ほとんどが翼を使っての飛行によるものだった。


 ぶわり、黒翼が羽ばたき、強烈な衝撃波が地底を揺らす。

傍に控えていた老竜もまた、同じように空を舞うが、そこまでの力はなく、ふらふらと飛んでいるので、余計にカオスの羽ばたきの力強さが解かるというものであった。


『くははははっ、我が直接出向き、奴らを支配してやろうっ、竜の民よっ、王の飛行なるぞっ、道を空けよっ!!』


 その巨大なシルエットが地底世界に大きく揺れ。

それを恐れた竜の民らは、羽ばたこうとしていたものはそれをやめ、空を飛んでいたものは皆、落ちるのも構わず降り立とうとした。


『うっ、うわあっ、ぶつかっ――』

『――邪魔だっ、死ねぃっ!!』

『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』


 それができぬものは皆、吹き飛ばされる。

竜の国の住人とて当然竜ではあるが、国一番の巨体を誇るカオスと比べれば大人と子供ほどの差があり、そのような巨体にぶつかられればひとたまりもない。

降りそこなった哀れな民は、容赦なく中空で弾き飛ばされ、住居へと頭から落下していった。

それすらも顧みず、黒の竜王は己が娯楽のみを優先し(わら)っていた。




「――あのカオスとかいう奴、マジで禄でもねえなあ」

 

 カオスが飛び去った後、ひょっこりとその玉座の間に現れた男がいた。

シェルビーである。

続いてセシリア、そしてティアマートらが現れ、カオスの後姿を一(べつ)してから、周囲を警戒する。


「ほ、ほんとうにドラゴンのお城の玉座までこれてしまいましたね……ああ、怖かった」

「シャーリィさん、大丈夫ですわ、私が傍についていますから……ほら、抱きしめて差し上げますわ♪」

「うぅ、アルテさん……すみません」

「いいんですよぉ♪ ぎゅ~♪」

「……はー」


 不安げなシャーリンドンをこれ幸いにと抱きしめ幸せそうな顔になるアルテ。

そして大天使は「またアルテがダメになった」とジト目であった。


「あの三兄弟を連れたままだったら到底無理だったろうが、我々だけなら難なく潜入できてしまえたな」

「あいつら図体でけえだけあって、結構死角が多いみたいだからなあ。そういう部分を魔法とかで補われたらどうにもならねえけど、自分の住居に人間が入り込むなんて想像すらしねえだろうし」

「まあ、普通に考えたらこんなところに人間が入り込めるわけないからね。ここは竜の国の住民でなくては、入り方すら解らないでしょうから」


 大した難易度でもなかった、と語り合うシェルビーやセシリアに合わせながら、「流砂に飲み込まれでもしない限りは」と、天井からかすかに落ちてくる砂を見やり。

それからティアマートが視線を向けたのは、コロシアムであった。

倒れ伏した赤白の竜達。

いずれも彼女には見覚えのある者たちだった。


「カイ……スオウ……」


 特に、白い鱗の兄弟はすぐに名前が出るくらいには親しく。

だからこそその悲惨な有様には、怒りを覚えずにはいられなかった。


「あの殺し合いさせられてたドラゴンたちって、ティアのお知り合いなのぉ?」

「私の婚約者達と……城の衛兵らよ」

「へえ? どっちと?」

「白い兄弟よ。兄弟どちらとも私は婚約していたの」

「へぇ? モテたのねぇ?」

「からかわないでよ。子供の頃に勝手に決められたことだし。互いに友達としか思っていなかったわよ」


 どうせね、と、自嘲するようにローレンシアに笑ってみせながら、けれど視線はその兄弟から逸らせなくなっていた。


「なあシャーリンドン、地母神の加護だっけ? あれは人間にしか使えないのか?」

「いいえ、この地上にあるありとあらゆる生命に効果があると……地母神様は仰っていましたわ」

「ん……地母神ぱわーならドラゴンくらい復活させられる」

「えっ? 何それ。貴方達ってそんな反則みたいな力持ってるの?」


 冗談でしょそれ、と大げさに驚いて見せるローレンシアだったが、それもまた、ティアマートに可能性を感じさせるための大げさな演技なのだろうと、聞きに徹して周りを警戒していた狼老と猫娘はほんわかしていた。


「……シャーリンドン、と言ったわね。貴方なら、本当に彼らを復活させられる?」

「そのー……全員、までできるかは解りませんが、はい」


 流石にドラゴンたちの死体は大きすぎた。

コロシアムまで向かう時間がどれだけ掛るかも考えれば、復活が間に合うかは微妙なところ。

特に先に死んだカイは、後に死んだ兄や衛兵らと比べても危うかった。


「ならば、コロシアムに急がねばならんのう」

「お爺ちゃん、『紙橋』を作れない? 今ならいけるみたい」

「ふぉふぉふぉ、無論、作れるとも」


 ケットシーの言葉に合わせる様に狼老の長い袖からばさり、大量の札が落ちて来たかと思えば、それらがまるで生きているかのようにうねり、一筋の川のように城の外に向け流れてゆく。

そして、それはやがて固まっていき……札で出来た橋へとなっていった。


「相変わらず便利だなあ爺さんの札術? っていう奴」

「なんでもありすぎる。狼老は反則」

「ふぉふぉふぉ、その代わりに力はないんじゃから多目に見て欲しいのう」


 老人じゃからなあ、と、仮面に収まりきらぬ狼耳がぴょこぴょこと動いていたのを見て、シャーリンドンはひそかに「可愛いお爺ちゃんですわ」と癒しを感じていた。


 一同、その紙の橋を渡ってゆく。

ここまでの道中も、城門など、これで大幅にショートカットできた部分があったため、皆慣れ始めてはいたが、それでも城兵に見つからないかとシャーリンドンはひやひやしていた。


「そういやよ、爺さんって、元々はどっちなんだ?」

「うん? どっちというと?」

「人間だったのが狼っぽくなったのか、それとも狼か何かが人間っぽくなったのか、ってな」

「わしゃ元々狼じゃよ。狼であったものが、長く生きすぎて、狼のくくり(・・・)から逸脱した。動物でもな、長く生き、知恵を得るとやがて人のようになっていくんじゃ。ワシのこの姿は、魂まで人に近いところまで来たからこそ、という事じゃな」

「それでは、貴方がその姿なのは、ティアマートのように魔神に願ってそのようにしてもらった、とかではないのだな」

「ワシが魔神に願ったのは、ずっと見守っていた群れを保護してもらう事であった」


 老爺でありながらもその歩みは決して鈍重ではなく、むしろ紙の橋を歩むその足取りは軽く。

両手を腰にやりながらもどこか飄々(ひょうひょう)としていて、口ぶりも重さを全く感じさせないものであった。


「ワシは、今のような姿になってからも、自分がいた群れを守り続けておった。じゃが、今言った通りワシは非力じゃ。狼たちが外敵から自力で身を守る、その手助けはできたが、人間の集団を相手に戦うのは、骨が折れるものじゃった」

「……狼狩りか。家畜を飼うなら、真っ先になんとかしなくちゃいけないからな、狼は」

「ま、それも時代の流れよな。かつては狼は人とある程度の距離感のまま暮らせた。じゃが、その時代ではもう、狼は家畜を襲う邪魔者。あるいは毛皮を狙ってのトロフィーでしかなかったのじゃろうな」

「耳が痛い話だ」


 人間の業。

フレースベルグの時にも聞かされた話ではあったが、セシリアはバツが悪そうに頬を掻く。

シェルビーは頭の後ろに手を組みながら気にしない風であったが、シャーリンドンとアルテは何も言えず、俯いていた。


「ワシの群れは、家畜など襲ってはおらんかったが、ワシは他の群れまでは制御できなかった。結果として、狼という生物全体が人間の敵と見なされるようになってしもうた。毛皮も高く売られるようになり、欲目に釣られた者達まで襲い来るようになった時――魔族が、そんな人間たちを攻撃しはじめた」

「それ自体はあんたらにとって都合がよかったんじゃないのか? 敵の敵は味方、みたいに手を組めれば……」

「生憎と、奴等は別にワシらを助けるつもりもなく、むしろワシらに対しても積極的に攻撃を仕掛けてきた。単に、人間を攻撃する為の戦場に居た、という理由でな」

「なんだそれは、無茶苦茶じゃないか……」

「あいつらは目的の為なら手段も場所も選ばないの。だから衰退したの」


 呆れた様子のセシリアに、名無しが補足するように呟く。

魔族らが攻勢に出た、その場に狼たちの住処が選ばれてしまっただけという悲劇に、多くの者が目を伏せいたたまれない気持ちになっていた。


「群れが危機に瀕した時、どうしたらいいのか解らず慟哭(どうこく)したワシの声に応えるかのように、空から声が届いた。『救いが欲しいのか』と、な」

「それで、お爺ちゃんは群れを助けてもらうために魔神様に従う事にしたの」

「なんか、話に聞けば聞くほど、その魔神ってのは悪い奴に思えなくなっちまうなぁ」

「当たり前。魔神様は別に悪の存在ではないの。ただ、耐えられなくなっちゃっただけ」

「何に?」

「人間の、負の感情に」

「……そりゃまた」


 皮肉げに魔神について言及したシェルビーだったが、恐らくは敵対したであろう名無しが真っ先に魔神を擁護した事に若干の驚きを覚え。

そして、その答えに、ますます解らなくなってしまっていた。


(悪い神様って訳じゃねえけど、人間相手には許せねえって感情持っちまってる感じなのか……運命の女神さまもだけど、やたら人間臭くねえ?)


 まるでそう、自分たちより遥かに強い力を持った人間が、神様を名乗っているかのような、そんな違和感。

超常の存在に違いないはずなのに、どこか共感できたり頷けてしまう、そんな相手のように思えてしまって、シェルビーはうすら寒さを感じていた。

超常の存在なら、理解できないなら「怖い」で済ませられたことが、人間臭さの所為で、理解できてしまえる所為で、自分たちが滅ぼされても仕方のない存在のように思えてしまうのだ。


「……っ」


 見れば、シャーリンドンもやはり同じように感じたのか、俯いたままふるふると震えているのが見えていた。

近寄って、とん、と、その背中を軽くたたく。


「ひゃっ……な、なんですのシェルビー! こんな橋の上でっ」

「シェルビーさん、流石に今のはよくないですわ!」

「いやあ悪い悪い、二人して怒んなよ。なんか気にしてそうだからよう」


 こういう時は怒られるべきだろうと割り切り、シャーリンドンのみならずその隣を歩いていたアルテにまで怒られてもへらへらと笑って返す。

そうすると、シャーリンドンはいつもの様子で頬を膨らませ怒るのだ。

それだけで幾分、場のムードが回復していくのだから。


(こいつがしょぼくれてるのが一番雰囲気悪いからな。怒らせた方がマシだわ)


 どうせ難しい、どうでもいい事を気にして落ち込んでいるのだと察しての事だった。

狼老の生い立ちだけでなく、魔神についての話でそうなってしまう辺り、シャーリンドンも魔神について思う事があるのはシェルビーもうっすら感じていたが。

そんなこと気にしても仕方ないのだと、そう割り切る事も大事なのだと考えていた。

割り切れないなら、怒らせてでも乗り越えさせればいいのだとも。


「……ふふっ」

「セシリア様?」

「なんでもない。それより、コロシアムに急がないとな」


 そんな仲間達の様子を眺めながら、セシリアは嬉しそうに笑みを見せ。

名無しがそれを問うた頃、橋の終わりが見えてくる。

平坦な砂の道。コロシアムへと速足で向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ