#94.かおすしゅうりょうのおしらせ
西の大陸。竜の国にて。
ティアマートに案内されるままにその入り口に向かっていった一行は、すぐさま砂漠の一帯に差し掛かっていた。
「竜の国ってのは、砂漠の先にあるのかい?」
「砂漠の中だわ。この大陸はもう、半分くらいは砂漠になってるからね」
「マジかよ。空から見たらそんな風には見えなかったが……砂みたいな色はそんなになかったよな?」
「砂漠にもいろいろありますから……この大陸にはここみたいに砂だらけな砂漠はほとんどなくて、岩だらけだったり、塩しかなかったりするんです」
ティアマートの言葉に加えケットシーの補足が入り、「そんな事があるのか」と、驚きが隠せないシェルビーではあったが。
セシリアPTの誰もが彼と同じ感想で、言葉には出さないながらも同じような感想を抱いていた。
「砂漠って暑い地域って聞いてたけど、この辺りはそんなに暑くはないのねー」
ここの砂漠には不慣れなのか、ローレンシアが髪をさあ、と手で煽りながら空を見やる。
陽ざしはそれほど強くもなく、肌を刺すようなものではなかった。
「この辺りは昔からそうよ。気温も、海風が届くから涼しいのよね。その分、砂嵐が起きた時が大変だけれど」
「ふぉふぉふぉ、じゃから、さっさと用事を済ませてしまわねばのう、ティアマートや」
「ええ、そうね。手早く済ませてしまわないと……あら」
狼老の言に頷きながらも、何かを感じ取ったのか、ティアマートがぴた、と止まる。
合わせて後ろに続いていた全員が足を止めるが、何があるのか解らず、周りを見やっていた。
「ティアマート、何かが……」
「ええ、解ってるわ……『居る』のは解ってるわ。出てきなさい!」
ヒスイの水晶が何かを示したのか、ケットシーがティアマートに寄っていくが、既に気付いていたのか、ティアマートは油断なく道先の一方を見つめていた。
声をあげるや、砂が盛り上がり……ずぱ、と、巨大な翼が現れる。
それも一対ではなく、三対。
『このような地に人影とは珍しい』
『よもや、観光客とも思えぬが』
『何用で失楽の地に参った、人の子らよ』
「ひっ……ど、ドラゴン……三体も……っ」
「それもかなりの巨体だぜ。幼体ではなく成体か……」
一般にダンジョンや人の集落などを襲うドラゴンは、幼体であることが多く、これですら並の冒険者ならば命がけの戦いを強いられる存在である。
成体のドラゴンは単騎で国を亡ぼすほどと言われているため、これの対応は軍単位で行われるのが基本であった。
それが三体。シャーリンドンが恐怖に怯えるのも無理はなかった。
フレースベルグの巨体を知り、その場にセシリアがいるから冷静ではあったが、シェルビーとて「悪い冗談みたいな光景だ」と口元をひくつかせていた。
「久しぶりね砂漠の三兄弟、ゲリ、ストゥム、ボルガノン」
『むぅ?』
『我らが名前を何故知る?』
『主……よもや、我ら竜の眷属かや?』
先頭に立つティアマートは、そんな巨体を誇るドラゴンたちを前に、さわやかな笑みを浮かべながら手を振っていた。
自らの名を口にするこの女戦士を前に、ドラゴンらも不思議そうに首を傾げ、また顔を見合わせ、問う。
「我が名はティアマート! 魔神の眷属にして、誇りある竜族の王女なり!!」
『ぬぉぉぉぉっ、ティアマート! その名は忘れられぬ! 我らが王女の名っ』
『魔神に誘われ国を出た王女よっ、何故舞い戻った!!』
『我ら竜の民を捨てたのではなかったのか!? 何故、何ゆえそのような姿になられたか! それは、小さき弱き者達の姿ぞ!!』
ティアマートの名を知るや、ドラゴンたちには動揺が目に見えるほどにはっきりと浮かんでいたが、セシリアたちをして「何か事情があるようだな」と感じ取れるほどに、その動揺には困惑が混じっていた。
「彼ら三兄弟は、竜の国の門番的な存在なのよ。大丈夫、古くからの顔見知りよ」
『王女ティアマートよ、我らが問いに答えよ! 返答によっては――』
「私は、強き者を追い求めていた――」
『む、むぅっ』
「そして、魔神様の元それを知ったの。この小さき身体は、より強きものと見える為に、私自身が望んだ姿!」
『なんとっ!?』
「強く驕った大きな姿では、決して得られぬ力を、私は得た! よって、全ての竜に『新たな道』を勧めるため、こうして国許に戻ったのよ!!」
『新たな道だと……ああ、感じる。確かに貴方は我らの王女だ。力を追い求め、力が為に我らと共に在った、あの頃と微塵も変わっておられぬ……!』
王女よ、と、ドラゴンらは全員がその場にひれ伏していた。
また、ティアマートが振り返る。
「……ね?」
「何が『ね?』なのかは解らんが、どうやら敵にはならないっぽいのか?」
「当たり前よ。どこの国に自国の兵士を倒す王女が居るの」
「そりゃ結構な事で……」
雰囲気からして返答一つ間違えたら戦闘になると思っていたシェルビーだったが、ティアマートは自信満々だった。
セシリアも不思議と戦闘になる気はしなかったので、剣の柄すら触っていなかったが。
シャーリンドンやアルテはどうなるかハラハラしていたので、どうやら戦いにはならないらしいと解かりほっとしていた。
『だが……だがな王女よ』
「うん?」
『そなたが王女として民の信頼を受けていた頃とは、この国はもう、変わり果ててしまったのだ』
「変わってしまった? どういう事?」
『今の王はそなたの兄、簒奪者カオスがまとめておるのだ……まとめておる、とも言い難いが』
「カオスが……? では、父上は……」
『カオスに殺された。千年も前の話ぞ。休眠期に入ったところを、氷漬けにされて殺されたのだ』
「なんてむごたらしい……休眠期を狙うなんて、我が兄ながら卑怯卑劣な……」
許せない、と歯噛みするティアマートだったが。
父親が千年も昔に死んでいた事をいまさらのように知り、情けなさも感じていた。
自分が魔神についていって人のような姿になり、そして戦いが終わった後は祖国に戻る事も出来ぬまま、ダンジョンになど潜伏している間に、である。
父の不幸は、国から離れた自身の落ち度でもある、と理解していたのだ。
「……父を失い、自らに後悔する気持ちはわからないでもないが。君のやりたいことがあって、ここに来たんじゃないのか?」
「そうね……そう。確かにそうだわ」
同胞がパニックを起こさないため、という目的のために。
そして、自分たちの同胞を、より高みに導くために。
ただ後悔して止まるなんてことは、していられないのだと、セシリアの言葉を受け、ティアマートは持ち直した。
「カオスは、今は?」
『我ら竜の王とも思えぬ……自堕落な日々を過ごして居る』
『その様、凋落ぶり、目に余る事甚だしく』
『だが、その力はまぎれもなく我らの中で最強故、諫言すら出来ぬままである』
――誇りある竜の国は腐り果てた。
そう悲しげに語る三兄弟は、長い首をひたすらに俯かせ。
そうして、眼を閉じ、しばし動かなくなる。
ドラゴンとしての悲しみ、そして悔しさの表現であった。
「……元々、あまり善くない者とは思っていたけれど。カオスめ」
「自分の兄でもそんな風に思ってしまうものなのか? 肉親なのだろう?」
「セシリア。例え肉親でもな、許せねえ奴ってのはいるもんだよ。皆が皆、お前のとこみたいに大切に想いあうような関係とは限らねえんだ。そういう奴らも、見た事あるよ? 俺はな」
「シェルビーさん……」
セシリアやアルテのような関係の兄弟姉妹ばかりならば、骨肉の争いなどというものは生まれないのだ。
元は仲睦まじくとも、その関係が些細な事で壊れてしまうことだってある。
結局は人間関係。結局は人と人の関わり合いというものなのだから。
それを知らぬセシリアたちはティアマートとカオスの関係性に疑問を抱いたが、それを知るシェルビーは、「そんな兄妹もいるさ」と理解を示していた。
そしてアルテはそんな彼に、どこか悲しさを感じ取っていた。
「……ごめんなさい皆。やる事が増えちゃったみたい」
全くあいつは、と、呆れとも疲れともないまぜにしたような複雑な顔をしながら、ティアマートは深いため息をつき、皆に頭を下げる。
それそのものはとても潔い態度ではあったが、一方でこれからさらに面倒ごとが起きる事を、全員が悟っていた。
そう、この流れは、つまり。
「――カオスを討つわ。あいつが王なんてやっていたら、竜の国に先なんてないもの」
ティアマートの言葉に、全員が小さく頷いていた。
やはりそうか、と。
やはりそうなるか、と。
だが、誰も不安は抱いていなかった。
神の魔物最強の一角を崩すほどの人間たちが居て。
多少弱体化したとはいっても大天使が居て。
そして、神の魔物たる自分たちが居るのだから。
多少強いドラゴンくらいなんとかなるだろう、と。そう思ったのだ。
シャーリンドンだけは「回復が大変そうですわ」とちょっとだけハラハラしていたが、それでも。
負けるなんて微塵も思っていなかった。




