??2.わすれたくないひとたち
「――これで終わったと思わない事ねぇっ! 覚えてなさいよぉっ」
魔軍を率いていたミノスらが劣勢を感じ、退却するとともに、トネリコの樹の周りは静寂を取り戻す。
一大決戦、という覚悟の元行われた戦いは、天使軍の勝利に終わった。
「大天使様、ご報告です。当方の被害、2500」
「半数がやられましたか……」
「フレースベルグです。奴に上空から襲われた者が多く……」
「……仕方ありません。撃退できただけ良しとしましょう」
大天使ですらフレースベルグの不意打ちは対処が難しいと感じていた。
何せ速度が速い。竜すら凌ぐ巨体を誇るフレースベルグだが、その翼の力は凄まじく、そこからくる速度はこの世のあらゆる存在よりも速かった。
フレースベルグから仕掛けてくれなければ、捕えることなどできはしないほどに。
「どうやら戦いは勝利に終わったようだが……天使様方も大変なようだ」
そして、ウォレスら人間PTはといえば、のんきに焚火など囲いながら天使らの報告を眺めていた。
神の魔物らと相対し、それでいてミノスら相手に互角以上に渡り合った人類最初にして最強と思わせるPT。
彼らは、激戦の後だったにもかかわらず、まるでちょっとしたキャンプ気分でくつろいでいたのだ。
人間をよく知らない大天使は「これが人間というものなのかしら?」と首を傾げながらもなんとなく受け入れ。
そして、ウォレスらに混ざる。
「貴方がたの協力もあり、此度の戦いでは危なげなく勝利を収める事が出来ました」
「半数も削り殺されて危なげなく、なのか?」
「ええ。神の魔物の力はバカにできません。布陣次第では、私以外全滅もあり得ました」
特にミノスとフレースベルグは並の天使から見れば脅威というほかない。
実際フレースベルグへの対処が遅れた事で、天使側の被害が甚大なものとなっていた。
スケアクロウの救援にミノスが前に出た為にそうはならなかったが、仮にスケアクロウを捨て石にミノスまでもが天使狩りに注力したなら、大天使の想定通りになってもおかしくはなかったのだ。
「君も含めて、じゃないのか? 氷漬けにされてたようだが……」
「問題ありません。ミノスの一撃で殺されるつもりはありませんでした。大ダメージは受けたでしょうが……私なら勝てるつもりでした」
ただの大言壮語、という感じではないのは、彼女の戦いぶりからウォレスらにも解かるが。
それにしてもはっきりというものだと、全員が笑ってしまう。
不思議そうに首をかしげる大天使だったが、いやはや、と、クェスが声をあげる。
「大天使様は、誤魔化しや謙遜などは一切しない方のようで、気持ちのすっきりした方だな、と二人とも感じたのでしょう。私もですが」
「まあ、そういう事だな。こういうのははっきり言ってくれる方が分かりやすくていい」
「心強く感じますわ」
うんうん頷きながら肯定する二人も含め、人間らから受け入れられているように感じた大天使は、少しだけ嬉しい気持ちになり「はい!」と、にっこり笑った。
「私は、嘘や偽りが嫌いです! 素直な気持ちで生きたいと常々思っていますから!」
「ま、俺も君みたいな美少女にはいつもはきはきしてもらった方が気持ちがいいしな」
「もう、ウォレス……戦闘中もですけれど、大天使様になんて口のきき方を……」
「まあ、いいではないですかシェンナ。それはそうと、先ほどの戦いですが……大天使様の口ぶりから、少し気になる事を感じたのですが」
どうにも口が軽いらしいウォレスにシェンナが苦言を呈し、それをクェスがなだめて……という流れになりそうな中で、クェスが思い出したように大天使に向ける。
「気になること、とは?」
「敵の陣容次第では、大天使様以外全滅もあり得た、と」
「ええ、ですから、ミノスらの動き次第では――」
「では、何故敵はそのように動かなかったのでしょうか? 少なくともあの大怪鳥……フレースベルグはそのように動き、かなりの被害が出たのでしょう?」
若いウォレスとシェンナに比べ、クェスは年老いているだけあって、その口調も穏やかながら知的なものであった。
大天使もそれを聞きながらに「確かに」と、何かに違和感を覚え始めていた。
そう、壊滅を覚悟した戦いで、半数も生き残った。
それは何故なのか。
スケアクロウを守る、という行動が、ミノスにとってどれほど重要な行動だったのかは、大天使からは解らなかったが。
それにしても、不可解な行動に思えたのだ。
「考えてみれば確かに……それだけ大天使を優先した倒さなきゃって考えてたって事かな?」
「可能性としてはないではありませんが、それではフレースベルグが途中まで天使らを攻撃していたのが不可解です。そういう作戦、と考えればそれまでですが……」
「大天使様、もしやこれは、裏に何かあるのではないでしょうか……?」
ウォレスもシェンナも揃ってその『裏』を感じはじめ、大天使と並んで三人で何があるのかを考え始めていた。
そんな中、クェスは「例えば」と、三人の視線を集める様に杖を掲げながら『可能性』を提起する。
「神の魔物らの目的が、別にあるのだとしたら……?」
「別の目的、ですか……?」
「私どもは神の魔物という存在について詳しくは知りません。神々の敵、人類の敵、そして魔神の手下というくらいは解りますが……彼らは、そんなに多くいないのですか?」
「あまり多くはありませんが、それでも50近くはいたはずです。今回出てきたのはその中でも特に力の強い者……神々から神の魔物に成り下がった者たちを除けば、最強クラスの者ばかりです」
「なんと、神々から魔物になった方が……それはともかく、その力の強い方々は、今は?」
「恐らく、神々と直接対決をしている事でしょう。天上においては、こことは別の戦いが起きているのです。そちらでは、運命の女神様を中心に――」
ミノスら最強格ですら、神々の戦いには参加していない。
つまり、参加している者達の多くはそちらにいるのだとしたら、ここに敵数が少ないのは、さほどおかしな話ではなかった。
だが、と、クェスは更に疑問を覚える。
「だとしたなら……彼らの戦い方にはやはり疑問が残りますな。彼らの目的はこのトネリコの樹の破壊。先ほどの戦いを見ていれば、恐らく彼らならば、容易くこの樹を破壊できた事でしょう」
「破壊が目的でここに来たのに、それをしなかった……?」
「彼らにとって、それが至上の目的だというなら……それこそ命を賭すほどに重要な目的だったなら、それこそ他の神の魔物を捨て石にしてでも、樹の破壊を優先するでしょうから……」
「そう言われてみれば、確かにおかしいな? 命を捨てるほどの目的じゃなかったって事か?」
「……大天使様、神の魔物の中に、策を弄するような人はいるのですか? 軍隊で言う所の、軍師や司令塔のような……」
シェンナに問われ、思い浮かべたのは、一人の猫娘であった。
「……ケットシー。力も無く、真実を告げる事しかできない娘ですが、彼女ならば戦場の推移を予測し、それを他の神の魔物らに伝えることができるかもしれません。ですが……あの娘は戦いのことなど何も知らない子のはず……」
「つまり、それを上手く扱える奴が居るって事か……これはいよいよ」
「ええ、ただ事ではない雰囲気がしてきましたね。ウォレス、シェンナ。場合によってはこれは――」
「――ご報告っ、ご報告ですっ」
場合によってはもう一戦か、と一同考えたあたりで、不意に天使らが騒ぎ始める。
ほどなく伝令係の天使が泡を食って現れ、四人に嫌な予感の的中を感じさせた。
「戦場にて周囲を警戒していた部隊が、離脱――神の魔物らに同調したようでっ」
「なんですって……? 何故そんな事が……」
「わ、解りませんっ、洗脳されたか、あるいはそういう術で意志を奪われたか……っ」
「その、離脱した天使の部隊ってのはどうなったんだ? 敵対してこっちに攻撃してきたりとかは……」
「いえ、そこまでは……ただ、これに追随する形で、各隊から離脱する者たちが何人も続いていて――」
――これが狙いか。
そう感じた一同は、しかし、知って尚、防ぐことはできなかった。
大天使はすぐに残った天使らを一か所に集め、脱走を防ごうとしたが、行動に移った時には既にかなりの数の天使が離脱した後であった。
何故そうなったのか、それを見ていた天使らに問うても「お墓を作ってた神の魔物が居て」と、よく解らない事をのたまうばかり。
最終的に天使側から離脱した人数は500名以上に上り、最悪はそれがそのまま敵数に追加される可能性まで生まれた。
神の魔物を除き烏合の衆に過ぎなかった魔軍に、烏合の衆では済まされない大戦力の追加である。
大天使は……奥歯を噛み、胸に手を当てうつむいた。
「大天使様、運命の女神様から、神界防衛に戻る様に指示が……」
「解りました……ウォレス、シェンナ、クエス……貴方がたと別れるのは惜しいですが、私はこれで――」
「ああ、俺達の方でも、奴らが何かこっちの世界でやらかすかどうか気を付ける事にするぜ。とりあえずここには、兵力を置いといた方がよさそうだな……」
「貴方達だけでなく、人間側が協力してくれるというのですか?」
「できるかぎりは。といっても、どれだけの人達が協力してくれるかは解らんがな」
「国許に戻って、起きた事を報告するだけでも意味はありますから……きっと」
「ま、今は互いに最善と思う事をするしかありませんな。それが、国々を動かす切っ掛けにも繋がるでしょう。神々との糸が今絶たれるのは、我らにとっても恐ろしき事です故……」
ここで切れるかもしれなかった共闘は、まだ続けることができそうだった。
そう感じられただけで、大天使は嬉しく感じ。
そして、だからこそ「また」と、手を差し出せた。
「また会いましょう。お互いが、手を取り合えるように」
「ああ、また会おう」
手を結びあえば、温かな熱が伝わる。
それだけで互いが、心ある生き物なのだと解る。
互いに繋がり合えば、きっとよりよい未来に迎えるのだと、そう信じて。
大天使とウォレスらは、一旦離れる事となった。




