#??.わすれてないむかし
遥か古代。
まだ人々が神々と直接的な繋がりを持っていた、そんな時代。
突如として、世界を闇が覆い始めた。
闇を司る魔神と自称する神が現れ、地上に天変地異をもたらし、それに合わせ、叡智を授けていた神々は、人間たちに救いをもたらさなくなっていった。
人々の心から、神を敬い、信じる心が薄れ、それに伴い心の余裕もなくなっていった。
人々はやがて、疑心や絶望から諍いを起こし、自滅し始める国まで現れ始めた。
世界中に人の心から生まれた穢れが溢れ、大地は欲望と疑念にまみれ、救いなどどこにもないかのように、人々は思うようになっていった。
「……大天使様」
この時代にはまだ、地上世界には、神界と直接つながった道が存在していた。
約束の地。
人々からそう呼ばれた地には、巨大なトネリコの樹が天高く聳え立っており、それが神々の世界との正式な入り口となっている。
その地上部で今、魔神の配下である神の魔物率いる魔軍と、神々の最大戦力たる大天使率いる天使軍とがぶつかり合おうとしていた。
「迷うことなど何もありません! 我らの目的はただこの地を守護し、人々と神々との繋がりを守り抜く事にあります!!」
魔軍の目的は、この地上部を破壊する事で、人間世界と神界との繋がりを完全に断つ事にあった。
象徴的な場であるトネリコの樹を破壊すれば、人間たちは神々に縋る事ができなくなる。
神々もまた、人間たちに力を与えることができなくなり、地上での影響力を維持できなくなるのだ。
無数の天使が、指揮官たる大天使の言葉に傾聴する。
大人びた女性のような外見の天使らは、ただ一人の四翼の少女の言葉を待った。
「神威を敵対者に見せつけるのです!! 戦いなさい! 神々への忠誠を、守るべき者達への愛を、そして自らの存在意義の為に!!」
ちゃきり、光眩く輝く剣を顔の前に立てるや、天使らも無言のまま合わせ自らの光の剣を掲げ、その心に戦気の炎を宿していった。
「あらあらぁ、すごいことになってるわねえ。天使ちゃん達だけで……軽く5千はいるかしらぁ?」
「それぞれが我らを滅する力を持つ聖典奇跡の使い手と考えると、中々バカにならん数だ。烏合の衆、とは言えんなあ?」
『くだらぬ。我の前にはあの程度の天使、敵にすらならぬ』
対する魔軍はというと、中心となる神の魔物はミノス・スケアクロウ・フレースベルグと、実力者がそろってはいたが、大半はスケアクロウに焚きつけられ参戦した神々の敵対者である魔族や魔物が占めていた。
数の上では10万を超える大軍勢であったが、その中で単騎で天使と渡り合えるほどの実力者は数えるほどしかおらず。
大半はすり減らされるのが確定している肉壁のようなものである。
「――で? 実際どうなのよぉケットシー。あんたの見立てだと、この戦い、どれくらいの被害が出そうなの?」
そんな中で二人、全く戦力としては数えられていない者たちがいた。
一人はケットシー、そしてもう一人は、ローレンシアである。
ミノスに問われ、びく、と身を震わせたケットシーだったが、「あのですね」と、水晶を抱きかかえながら答える。
「正面からぶつかり合ったらまず間違いなく負けます。多分大天使一人に壊滅的な被害を受けると思います……」
「なんだと!? それでは我らの同志らはただの捨て駒だとでもいうのか!?」
「ひっ、お、大声ださないでよスケアクロウ……元から魔族や魔物はそういうの解かった上で参戦してるんでしょ……?」
「だとしても、意味もなく蹴散らされるのでは面白くないわ! なにがしか意味があると思うからこそ、そして神々に痛打を喰らわせられると聞いたからこそこの作戦に参戦しているのだぞ!?」
「落ち着きなさいよスケアクロウ……だから、『作戦』があったんでしょ?」
「は、はい……その通りです、ミノス。正面から無理でも、作戦通りにやれば、恐らく天使軍は大混乱に陥るはず……水晶ちゃんがそう言っているので」
この子が、と、抱きしめたヒスイの水晶を撫でながら、自分の視た『真実』を思い出す。
「きっと、うまく行くはず……被害は、それでも沢山出るでしょうけど……」
「……意味があるというなら良いわ! ただの捨て石でないなら、な!!」
『考えはまとまったようだな? 敵軍もそろそろ動き出すようだ。各々備えよ』
最大の巨体を誇るフレースベルグが翼を羽ばたかせ、宙に舞ってゆく。
その突風たるやすさまじく、味方のはずの魔族や魔物らもいくらかは吹き飛ばされてしまったが。
そんな事気にもせず、大空へ進撃していったその巨体には、誰も文句をつける気はなかった。
普段から悪態ばかりつくスケアクロウですら。
「ふん、まあ、そういう事ならな。ゆくぞ魔族の同志らよ!! 我らを闇に追いやった事、神々に後悔させてやれ!!」
「ふふん、スケアクロウもやる気みたいねえ。じゃあ、アテクシも行くわよぉ……!!」
名のある神の魔物らが進撃してゆく。
それを見守る様にケットシーはその場から動かず。
そして、その隣にいるローレンシアも「大変ねえ」と、のんきな顔をしていた。
「――影拒絶す光!!」
「ひっ、ぎゃっ――」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
先頭にて魔軍の戦陣に斬り込んできた大天使は、初手からして特大の光で数千の魔族や魔物らを蹴散らしていった。
その進撃を阻むことすら許さぬと言わんばかりの一撃は、薙ぎ払うようにして進路上を浄化させてゆく。
魔族や魔物らの悲痛な叫び声が戦場に響く中、傍で戦おうとしていた天使らも「すごい」「これが大天使様の力……」と戦慄に息を飲んだ。
「私が狙うは指揮官たる神の魔物のみ――行きますっ!!」
天使らをついてこさせるつもりのない大天使は、そのままの速度で軍勢の中心部へと突っ込んでゆく。
目に見えたかぼちゃ頭を狩る為に。
「なっ、も、もう来たのかっ、おのれぇぇぇぇぇっ!!」
「滅びろスケアクロウ! やぁぁぁぁぁっ!!!」
《がきぃんっ》
「のぉぁっ!?」
最速で詰めた距離のまま、光の剣で切り捨てようとしたのを、スケアクロウは前に構えた杖で辛うじて受け止めはしたが。
その威力までは殺しきれず、一方的に押し切られ、吹き飛ばされてしまう。
「これで――っ!?」
《ぎしぃんっ》
「あらあら、これを防いだの? 大したものねぇ?」
「ミノス……!!」
スケアクロウに追撃の一つも、という所で、入れ替わるようにして立ちはだかってきた巨大な壁……ミノスからの一撃を受け、今度は大天使がぎりぎりと押し込まれてゆく。
体格の差以上に膂力には分があった……ように見せていたが。
「ハイネスブレス――はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぬぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! こいつっ、急にパワーアップした……!?」
押し込まれながらも足で器用に魔法陣を描き、強化の奇跡によって自身の力を高めた大天使は、互角以上の力で以て今度はミノスをも追い込んでゆく。
このままではまずいと感じたミノスは、肺一杯に空気を吸い込み、にやり、その醜い牛顔を歪めた。
「燃え尽きなさぁい……ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
「――っ!!」
至近距離で浴びせられる灼熱の炎。
この距離では、いかに魔法に耐性のある天使と言えど即死するはずだった。
だが、大天使は耐える。これすらも。
(ちょっとちょっとぉっ、冗談でしょ? アテクシのブレスを受けて死なないなんてぇ……っ)
「ミノス……覚悟し――」
《ズドォンッ》
「うぐっ!?」
じりじりと押し切ろうとしてくる大天使相手に焦りを覚えたミノスだったが、勝利を確信した大天使の頭上から、突如として巨体が降り注ぐ。
フレースベルグであった。
上空から急降下し、大天使めがけ巨大な足を叩きつけてきたのだ。
『油断したな大天使。その翼を持っていながら、空を舞う我に気付くことが出来なんだとは愚かな……む?』
「そちらからきてくれるなら都合がいいです……フレース、ベルグ!!」
流石に終わっただろうと思ったフレースベルグは、尚も自身の足から逃れようとする大天使に『バカな』と驚嘆したが。
すぐにその油断は命取りになると考え、大天使を地面に投げつけ、全身の魔力を昂らせて魔法を発動させる。
「ぐっ、逃がしませんよ……っ」
『逃げる訳が無かろう? 凍てつくがよい――フリージング・エア』
大天使の足元から魂を縛り付ける鎖が放たれるのと、フレースベルグの身体から全てを凍てつかせる風が放たれるのとはほぼ同時で。
そして、凍てつかせる方が速かった。
瞬く間に大天使は氷像のようになり、身動きを封じられてしまう。
「大したもんねえ。大天使相手でもそれが効くなんて、便利な魔法だわぁ」
『今のうちにとどめを刺すぞ。こ奴、生かしておくとろくなことにならぬ』
「そうねえ……この氷像ごと、粉々に砕いてあげましょう!!」
今こそ好機と、ミノスは力を籠めオリハルコンの斧で最強の一撃を叩きこもうとしていたが。
同時に、氷像の足元から、未だにフレースベルグの身体に鎖が繋がれたままなのが気になっていた。
(何かしらあれ……アテクシ達の魂をどうこうするような物だと思ったけど、なんでそのまま残ってるの? やだわ……)
変な事にならなければ、と、疑念を覚えてはいたが。
それも、大天使を破壊してしまえば同じだろうと、そう考え、斧を持つ拳に最大の力を籠める。
大きく振りかぶり――その華奢な氷像に、留めの一撃を加える、その瞬間であった。
「――おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
《ヒュッ》
「なっ!?」
《がきぃんっ》
ずっと視界にすら入れていなかったが。
状況が大きく変わっていた。
突然現れた黒髪の人間の男。
これが、長剣で以てミノスの斬撃を叩き返したのだ。
「ウォレスッ! 時間を稼いでくださいっ! シェンナっ、この方の氷をっ」
「任せろっ! うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「解りました――ああ、天使様、なんとおいたわしい……生命の樹よ、力を――」
参戦してきたのは、人間のPTだった。
たった三人ばかり。だがその三人の先頭に立つ黒髪の男は、凄まじい力で以てミノスを押し込んでゆく。
「喰らえぃっ! グランド――セイバー!!」
「ぶもぉぉぉぁぁぁぁぁぁっ!? なんなのよっ、なんなのよあんたはぁぁぁぁぁっ!?」
『凍てつけ――』
ミノスが押し込まれてゆくのを目の当たりにし、フレースベルグは『こやつらただ者ではないな』と、大天使同様、最大の魔力を叩きこもうと、再び空にはばたこうとした。
だが、一向に高さを稼げない。
何が起きたのだ、と、引っかかりのある足を見て、鎖が未だに繋がれたままなのに気付く。
そう、魂を縛り付ける、神器はく奪の光の鎖である。
「羽ばたかせるものか――|光の刃よ敵を穿て!!」
『ぐぅっ……人間、風情が……ぁっ』
《ずどぉんっ》
自分の身に起きた事を自覚した直後に、翼を、光のラインが貫いてゆく。
光の神の神官クェスが放った光撃は、フレースベルグを地に叩き落すに足る十分な威力を誇っていた。
「調子に乗るなよ人間ども――オブリビアスレイン――っ」
「――なめてんじゃないわよ人間がぁっ!! 喰らいなさいっ、アースクェイク!!」
『滅びよ――エアロスティング!!』
吹き飛ばされた後ようやく戦域に戻ってきたスケアクロウ、ウォレスに押し込まれ劣勢に陥っていたミノス、そして叩き落されたフレースベルグ。
三柱の神の魔物が、同時に切り札を切る。
狙いは人間PTである。
これを潰せば、大天使にとどめをさせると、そう考えていたから。
「――リフレクター!!」
しかし、それは儚い願望であった。
大天使は地母神の巫女シェンナによって復活し、聖典奇跡を発動させていた。
大技で自分たちに向け大ダメージを狙ってくるであろう事は解かり切っていた。
これに対してのカウンターを用意し、今しがた光の壁がウォレスらを守る。
『なっ――これはっ!?』
「しまった、もう復活してたのぉ!? ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「ひ、ひぃっ、何故我が頭上に降り注ぐかぁっ!?」
そして壁にぶちあたった三柱の神の魔物らは、それぞれが自身の最強の魔法を跳ね返され、相応のダメージを受けてしまっていた。
「助かりました……ですが、貴方達は……?」
「俺の名はウォレス。運命の女神様を奉ずる神殿の騎士だ」
「私は地母神様に仕える巫女、シェンナと申します。天使様、ご無事で何よりですわ」
「私は光の神の神官クェスと申す者……我らは、神々に地上で起きている変異の理由を問う為集い、神界に向かおうとしていたのです」
まさかこのようなことになっているとは、と、天使と神々の敵対者らが戦う今の状況に疑問を抱きながらも、人間の勇者らは大天使を見つめた。
大天使もまた、首を振りながら「そういうことでしたか」と眼を閉じ、また開いた時はき、と、今しがた打撃を与えた神の魔物らを睨みつける。
未だ健在。仕留めるには至らず。
「ですが今はそれどころではありません。目先の脅威をなんとかしなくては――」
「ああ、状況は解っているつもりだ。ひとまずは、神々の敵となるあのでかぶつどもを倒すっ!」
「共闘してくださる、という事でよろしいのですね?」
「もちろんだっ! こんなに可愛らしい天使様と敵対なんてしたくないしな!!」
「もうウォレス、貴方という方は本当に……」
「ははは、大天使様相手に軽口を叩けるとは、本当に貴方は大物ですねえ、こんな状況下で」
軽薄なリーダーに子供っぽく頬を膨らませるシェンナと、呆れたように笑うクェス。
自分を「可愛らしい」などと形容したウォレスもそうであったが、大天使は「これが人間というものなのでしょうか?」と首を傾げながらに武器を構える。
「では――参りますよ!」
「おうよっ! 任せろっ! レーゲンヴェリエの地は穢させはせん!!」
一度戦う気になれば、その気迫はなんともすさまじく。
そして隣で戦うならば、この上なく頼れそうな、心強さを感じさせてくれた。
だから大天使は、信じたのだ。
この人間を。この人間たちを。
こうして、大天使と勇者ウォレス一行は、戦地にて共に戦う仲間となった。




