#90.あらたなたびじへ
一つの話が綺麗に終わったかと思えば、また別の流れが生まれるもの。
ケットシー達の説得によりローレンシアの無害化が決定された途端、団長が現れ、全員の意識がそちらに向いた。
「なんだよお前ら。そろいもそろって。別に俺も戦う気なんてねえよ」
ほれこの通り、と、剣もしまい込み、フリーになった両手を上に広げ苦笑いしていた。
「団長……この結末は……」
「セシリアよぉ。お前さんの選択はそれでいいのかい? いや、俺としちゃ役目は果たせるからそれでもいいんだけどよ。お前の選択は」
「ああ。神の魔物と言えど、必ず討たねばならん者ばかりではないのは、ケットシーとの旅でなんとなく解かったんだ……例え素性を隠されていた事だとしてもな」
「ま、素性隠して静かに生きる分には、何の害も無いって証明されたようなもんだしなぁ」
「えぇ……私も、全く気づけませんでしたし。それに、ケットシーさんのお話は、とても楽しいものばかりでしたから」
ただ笑い合い旅をする。
短い間ではあったが、確かにケットシーは、セシリアたちの仲間だったのだ。
そう思えるくらいには楽しいひと時だったと、共に旅をした者達は頷き合った。
それを見て、ケットシーも嬉しそうに目を細めたが。
団長は、はぁ、と深いため息をついた。
「……正気とは思えねえ。神の魔物なんて、殺すか封印しなきゃいけねえと俺は思うんだがね。まあいい……国が正常に戻るなら、それでな」
「あんたも騎士団員も、こんなところで冒険者を待ち構える必要がなくなって街に戻れるし、いいことづくめだろ?」
「それは違いねえ! いい加減俺も、保存食や獣ばっかじゃなく、美味い酒と肴が欲しかったし、な!」
解かるぜ、と笑うシェルビーに、団長は「こいつめ」と口をにやけさせる。
どこかで通じあった男達だった。
シャーリンドンはどこか面白くなさそうであったが。
そんな団長を、セシリアは真顔で見つめる。
何か言いたげなのを察して、団長も「あん?」と、頬を引き締め向き合った。
「団長……私は、騎士団を辞めようと思うんだ」
「なんだと? それは、セリエラの守護の役目を捨てるって事か?」
「そこまでは言ってない。だが……許されるならそうしたいくらいだ。私はやはり、旅をしている方が性に合っている」
「勝手な事言ってるんじゃねえよ。お前がいなくなったら、お前に憧れて入ってきた団員がどれだけ抜けると思ってやがる。お前に追いつきたいからと必死になって鍛えてた奴らが皆いなくなっちまうぞ?」
「何を言ってるんだ団長? そんな者居ないだろう。私は皆から避けられていて――」
「やっぱ自覚なかったのかよあんた。初めて騎士団に行った時にすぐ気付いたよ俺?」
「シェルビー……?」
この期に及んで自分の魅力に気付いていないセシリアに、この件に関しては部外者のはずのシェルビーが呆れたようにため息しながら口出しする。
団長も、それを止めようとはしていなかった。
「あんたがいるだけで騎士の皆がさあ……男だけじゃなく、女まで焦がれたような目で見てたじゃん」
「そんなはずがあるか。私は今までそんな浮ついた眼で見られたことなんてなかったぞ」
「あんたがそれに気付こうとしなかっただけだろ? 『私には魅力なんてない』って思い込んでさ」
「いや、そこは実際私に魅力がなかったから――結婚の話だって……」
「王子様から求婚されてたじゃんよ」
「あれはっ、ローレンシアが願いが叶えたからで――」
「願い? 何の事?」
これに関してはつい強い言葉を言いそうで、どう言い返すべきか言葉を選びすぎて、しどろもどろになりながらローレンシアに視線を向けたりもしていたが。
当のローレンシアから予想だにしない言葉が飛び出て、「えっ」と、その根拠すら揺らいでしまった。
自然、視線はセシリアとローレンシアへと向く。
「君が、殿下が私と結ばれるように仕向けたのだろう? 殿下の願いだと陛下は思ってらっしゃったが、きっとそれは、私が結婚できない事に悩んでいたからで――」
「なんでそんなアクロバティックな考えに至ったのよ……私が叶えたのは、王子様の『愛する女性に告白する勇気をください』というものよ?」
「なっ……」
「ああ、確かにあなたは以前、結婚できない事を私に愚痴ってたわね。正確には仲間にも、だけれど」
「うぐ……」
思わずカァ、と顔が赤くなる。
ケットシーやフレースベルグ、果てには団長までいる場でそんな事をばらされているのだから無理もないが。
公開処刑のような場で、セシリアは「なんでこんな辱めを受けなくてはならない?」と内心、理不尽を覚えそうになっていた。
「でも、貴方がその時願ったのはおっ――」
「ま、待てっ! 流石にそれは口走るなっ! プライバシーを何だと思ってるんだ!!」
「えー、それは恥ずかしいのー? まあ、いいけど」
願いの内容までばらされそうになり、あわててローレンシアのそばまで駆け寄りその肩を掴む。
その様があまりにも必死なのと、掴まれた肩に込められた力が強すぎるのとで、ローレンシアも一応は口走るのを止めるが。
当然、訳を知らない者達は不思議そうにセシリアを見ていた。
事情を知っている仲間達は視線を背けていたので、対照的である。
「とーもーかーくー、私は王子様に貴方に好意を持つようにとか、そんな風には仕向けてないのよ。大体本人が心にも思ってない事は私には叶えられないわ。欲望に基づくものなのだから」
「つまり、少なくとも王子様がセシリアを好きっていう前提がないと、セシリアに好意を向けるはずもないって事だわな」
「そういう事よ。あの王子様は最初からセシリア、貴方の事が大好きなのよ。じゃなきゃ、求婚なんてしないでしょ」
べた惚れよべた惚れ、と、ジト目で見ながらセシリアをばっさりと斬り捨てるローレンシア。
セシリアはもう口元をわなわなとさせ、まともな反論もできないようだった。
「それでは……それでは、私は……殿下の気持ちを、無視し続けていたと……?」
「まあ、控えめに見てもそうだろうな。俺もまさか、お前がそこまで鈍感だとは思いもしなかったぜ。誰が見てもアレは気づくだろ」
「物語の中の恋愛に疎い主人公みたいですわ……」
「セシリアさん……恋愛に悩んでいたなら、教えてくれればすぐにアドバイスできましたのに」
団長からは呆れられ、シャーリンドンからは鈍感系主人公扱いされ、ケットシーからは憐みの目で見られ。
セシリアは、今までで一番の恥辱を感じていた。
身から出た錆という名の恥辱である。
「やめてくれ……わ、私は、私は本当に自分に魅力なんてないと……っ」
「まあ、あんだけ憧れの目で見てた団員達の好意に気付いてない時点で、なあ」
「だ、だったら、なんで私は結婚話を、何度も断られ続けたんだ……?」
おかしいじゃないか、と、そこに帰結し。
元凶が、唇をきゅ、と結び、姉の元へと寄っていった。
「姉様、あ、あの……っ、私……っ」
《どごぉんっ》
アルテが何事か言おうとした矢先、ダンジョン内に、大きな振動が走る。
「な、なんだっ!?」
「じ、地震……っ?」
「――団長っ、隣国『ケヤノーバ』の先遣隊が、ここに向け進軍中でっ!! その数1000はくだらないかとっ!!」
何事かと全員が周りを見渡したが、それ以上に駆けつけてきた騎士団員が告げた報告に騒然した。
「ケヤノーバが? 狙いはローレンシアか」
「そういうこったな……ま、これを警戒して、騎士団はここに居た訳だが」
「おいおい、流石に軍隊相手じゃやばいんじゃねえのか? そんなに大部隊がここに居た訳じゃないよな?」
「ああ、ここに居たのは俺を含め、20人ばかしだ」
「じゃあ――」
「つまり余裕で蹴散らせる」
「うむ」
キルレートたったの50だぜと笑った騎士団長に、セシリアも静かにうなづいた。
シェルビーは「へぁ?」とおかしな顔をしていたが、シャーリンドンやアルテも彼の反応をおかしなものとは思っていなかった。
無理もないのだ。おかしかったのは、騎士達なのだから。
「えーっと、セシリアさん?」
「どうしたんだケットシー」
「たった20人で、50倍の敵を倒せるのですか……?」
「余裕だな。恐らく団長一人でもそれくらいはいける」
「おいおい、流石にローレンシア達守りながらそれはきついぜ。部下が居なきゃよぉ」
「奇跡的に入り口の騎士団員たちを抜けても、こんな狭い洞窟の最後に団長が控えてるんだぞ? 1000人程度でどうこうできるはずがないだろう」
悪い冗談だ、と、豪快に笑ってみせるセシリアに、さっきまでの乙女らしさはなく。
シェルビーは「ああやっぱこいつらゴリラだわ」と苦笑いしか浮かべられなかった。
「まあ、ミノスと正面から殴り合いしてたセシリアと同等の団長が居るんだから、そりゃそうか……」
「え……ミー君と正面から殴り合いしたの? セシリアが?」
『ただの人間が大天使みたいな事しておる』
「ボクだって強化しないとミノス相手はきつかった……」
「えっと……シェルビーさん、流石に冗談、ですよね……? シャドウ倒したのだって大天使や天使たちの協力を得たからだったように見えたんですけど……?」
「いやいやマジだって。あいつ仕留めたのセシリアだもん」
「えっ、仕留めたんですか? ミノスを?」
なんですかそれ、と、悪い冗談にしか聞こえない事実にケットシーは思わず目を見開く。
猫は驚くとそうなるのだ。いや誰だってそうなる。
「ミノス王は、最後まで何かに怒っていたが……だが、いよいよという時には安らかな顔になったと思ったよ」
『あやつの素性に気づくとは……どうやら本当の事らしい』
「ミノスが死んだときにみんな驚いたのに……まさか、セシリアさん達がそれを成していただなんて……」
「いやあ、私も驚きねえ。ダンジョンを余裕で攻略してたのすごいと思ってたけど、それだけ強いなら納得だわー」
生き残った神の魔物たちからすれば、ミノスの強大さがいかほどかはよく解り。
それを打ち倒した者達が目の前に居て尚敵とならなかった事は、僥倖という他なかった。
「――とはいえ、1000や2000の先遣隊だけで諦めてくれるとは思えねえ。目的はローレンシアの拉致だろう。奴さんの本軍が動けば、こっちだって本気で対応しなきゃいけなくなる」
「1000の犠牲で退いてくれればいいが、そうでなければ戦争になりかねんな……」
「だから、ローレンシアとそのお友達は、さっさとこの国から出ていってもらわんとな。先遣隊の内に『そんなのどこにもいねえよ』と肩透かしさせてやれば、奴らだってバカらしくなってすぐ引っ込むと思うが」
結局、願いを叶える者がいる『当たりのダンジョン』などというものがあるから、そこを支配しようと隣国が攻めてきたのだ。
戦争の原因となるそれが無ければ、攻め込む側には何のうまみも無いただの洞穴である。
そうまでする理由がなければ、この平和な時代に、わざわざ隣国中を疑心暗鬼に陥らせ、敵対するメリットなどありはしないのだから。
団長の言葉に、セシリアも静かにうなづいた。
「私達が、ローレンシア達を護送しよう。安全な場所まで送り届ける」
「……それがいいかねえ。神の魔物御一行様なんざどれだけの兵力がありゃ捕まえられるかも解らんが、それでも万一って事があるからなぁ。そしてその万一をされたら、世界が一国に支配されかねん」
欲望に基づく願いならばなんでも叶えられる神の魔物など手中に収めれば、世界制覇を目論んだ瞬間にそれが叶ってしまう。
それは、決して成ってはならないものだった。
「セシリアァ!!」
「……っ」
「騎士団長権限で、お前の、副団長としての役目を解く。ただし、お前はまだセリエラの守護だ。自分の家と、任された役目だけはかなぐり捨ててくれるなよ? お前の部下だった奴らの、その好意を忘れるんじゃねえ」
「解かった……ありがとう、団長」
「たっ、礼なんて言うな似合わねえっ! さっさとそいつら連れてどこかに行きなっ! この国の平和のためにもだっ」
「ははっ、ああ、そうさせてもらうよ」
肩の荷が下り、穏やかな顔で一礼し。
セシリアは、ケットシーらを見て「行こう」と声をかける。
仲間達の誰もが異論など挟まない。
ついていく気満々だったのだ。
そしてケットシーも、そんな彼らに「いい人たちだなあ」と、その温かさを感じずにはいられず、涙ぐんでしまう。
神の魔物など、人からすれば敵でしかない。
自分たちの信じる神々に楯突いた、悪しき神々の手先。
そうして扱われ、命を狙われ、幾人もの仲間が封印され、歴史から消されていった。
必死になって隠れ生きてきた自分が、今人間たちの好意でこの場から逃れられようとしている事に、驚きと、時代が変わったことを痛いほどに実感する。
「……はいっ」
大きな涙の粒を零しながら屈託なく笑う少女の姿に、その場に居た者達全員が自分たちのこれからを考え、そして、頷き合っていた。
こうして、セシリアたちは騎士団員たちが耐えている間にダンジョンを脱出、そのまま徒で西へと向かったのだった。




