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だから私は!!  作者: 海蛇
最終章.冒険者たち

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89/95

#89.ろーれんしあはたおしたかったけど


「――ブレッシングキュアーっ!!」


 ケットシーがローレンシアを説得している間、名無しはローレンシアの部屋で意識を失っていたセシリアとアルテに、状態異常解除の奇跡を振りまき、まずは体力的に危ういアルテに駆け寄る。


「アルテっ、アルテっ」

「う、うーん……」

「起きてっ、寝ちゃダメ。起きてっ」

《ぱしぱしぱし》

「あうあう……はっ、わ、私は……っ」

「良かった……とりあえず起きてて」

「えっ、ポーターちゃん……?」


 幸いアルテはすぐに目を覚ましたので、次はセシリアに向かう。


「セシリア様っ、セシリア様っ」

《ぱしぱしぱし》

「……」


 だが、セシリアはすぐには目を覚まさなかった。


「ポーターちゃん……? 姉様は……」


 アルテもよろよろと立ち上がり、なんとか二人の元に寄ってくるが。

セシリアは何の反応も示さず、くったりとしたまま。

不安そうに二人で顔を覗き込む。


「セシリア様。セシリア様、起きて。ブレッシングヒール!」

「ぅ……」


 肩をゆすりながら奇跡を再度かけ、ようやくにしてかすかに反応が帰ってくる。

ぱあ、と名無しの顔が明るくなり、そのまま揺すりながら名前を呼び続けると、やがてうっすらと、眼を開き始めた。


「ああ、なんという夢だ……名無しがここにいるじゃあないか。よかった、夢の中だけでも、また会え、て……」

「夢じゃないっ! 夢じゃないからっ」

「起きてくださいまし姉様っ、まだ戦闘中ですわっ」

「……うわっ、わわっ、ゆすら、ないでくれ……っ」


 ぽけぽけとした様子で笑みを浮かべていたセシリアに二人とも安堵はしたが、それでまた眠られては意味がないので、今度は二人して揺する。

なんとか意識を保ってくれたようで、それで覚醒していた。


「な、なんなんだ全く……名無し、君は天界にいたのではなかったのか……?」

「にげてきた」

「おいおい……」

「そんな事より、ローレンシアがまだいるの。たおさないと」

「ああ、そうだった。ローレンシアを、倒さなくては……手を貸してくれるか? 名無し」

「うんっ! 任せてっ!!」


 ふらふらしながらなんとか立ち上がったセシリアに、左右を名無しとアルテが支え、三人でなんとか出口の先へと向かった。




「――ですからっ、私達と一緒に来てくれれば、貴方だって狙われることはなくなって――っ」

「えー、そんなの仔猫ちゃんのエゴじゃない? 私がついていかなきゃいけない理由が分からないわ~」


 一方で、ケットシーによる説得は、ローレンシアには全く響いていないようだった。

一緒に人と関わりのない場所で害なく暮らしたい。

そういった願いも虚しく、ローレンシアはあくまでここで居残り続ける事を望む。

平行線のままの会話に、シェルビーもシャーリンドンも「これは無理なんじゃ」と、ケットシーの説得の不首尾を感じてしまっていたが。

その方にとまる青い小鳥は、「ちちちち」と、楽しげに小さく鳴くばかりであった。


「このままだと貴方は討ち取られてしまうわっ、それは嫌なのよっ」

「なんでー? 仔猫ちゃんって、私にそんなに激重感情抱いてたのー? 私、良くてもお友達くらいにしか思ってなかったんだけどなあ?」

「はぐらかさないでっ! 貴方は神の魔物の中でも穏健派に入る方でしょうっ! 積極的に攻め込まず、こんなダンジョンを作って引きこもってた事からも、変節したようには思えないわっ」

「それは怪我を治しがてら回復のためのエサ取りみたいなものだったんだけどなあ」


 困ったなあ、と、いつまでも退かないケットシーに、ローレンシアも苦笑いを浮かべていた。

ちらり、部屋の方を見れば、ダウンさせたセシリアたちが起き上がってきてしまっているのも見えていた。

かといって、出口方面はといえばシェルビーたちがいる。


「うーん、あのね仔猫ちゃん? 今戦闘中なのは解かるよね?」

「勿論です。だから、決着がつく前に今説得しているんです」

「終わってからじゃダメ?」

「状況を見てください。大天使まで来て貴方に勝ち目なんてある訳ないじゃないですか」


 勝てるはずありません、と、ローレンシアの提案を蹴り、ずずい、と、顔を近づける。

可愛らしくはあったが、まだまだ幼い顔立ち。

けれど、その眼には、確かな力がこもっていた。

そのまっすぐな瞳が、今のローレンシアにはしんどくて、その肩にとまったままの小鳥に視線を向ける。


「え、えーっと、フーレちゃん? なんでこの子こんな事言い出してるのかな? 貴方の差し金?」

『むしろ逆だ。我もケットシーの説得に従った口よ』

「えええ……貴方実力的にミー君に次ぐナンバー2だったでしょ? なんで仔猫ちゃんに説得されてるのよ……」

『最早我が復讐は為ったようなものだしな。人の子孫は生き延びたが、我が子孫も今の世においては人以上に地に満ちている。復讐ばかりというのも虚しく思っていたしな』

「うぅ……あの頃の復讐の念に囚われ暴れ狂っていたフーレちゃんが、なんて清々しい事を……」


――これはダメな奴だわ。話聞いてくれない奴。


 段々と面倒くさくなってきて、元々あまり考えるのが得意ではなかったローレンシアは、頭痛を覚え始めていた。

そして、いよいよセシリアたちが合流してきてしまう。


「やあ……シャーリンドンも来ていたか。事情は後で聞くが、今はローレンシアをなんとかしないと……」

「ああ、俺もそう思ってはいるんだが……なんか複雑な状況でなあ……」

「あのケットシーという方、神の魔物、なのですよね? 小鳥の方も……?」

「なに? そうなのか……? いや、それなら納得も行くか……」

「えぇ、驚きはありますが、こんな場所で友人を探して、となれば、その可能性はあるとは思いましたが……」


 そんな可能性はあっても、そうと言われなければ解らなかった。

これは単にケットシーが無害どころか有益な存在であり続けたから、というのが大きかったが。

実際彼女の助言を聞いて上手く回っていた事も多かったし、旅の仲間として、一緒に居て楽しかったのだ。

これに関してはシェルビーも頷けるものではあったが。

同時に、「だけどな」と、ケットシーたちの方を見る。


「ああやって説得してるの見たら、そりゃ、無関係ですは通らねえよな」

「ああ……今は、何をやってるんだ?」

「説得中、のようですわ。どうにも分が悪いようですが……」

「説得なんて無駄。今すぐ殺さないとダメ」

「私も、放置しておくのは危険だとは思いますが……占い師さんが説得したいというなら、任せてもいいのでは……?」


 最早ローレンシアに親近感など微塵も無かったし、名無しの居る今ならミノス同様殺せるとはPTの皆が思っていたが。

だが、名無し以外の共に旅をした者達には思うところもあり、ケットシーの必死さが見えている以上、手だしが憚られた。


「セシリア様、武器を構えて。アレは、倒さなきゃダメな奴」

「名無し……?」

「神の魔物は、一人残らず滅ぼさないと駄目。絶対に後の世に悔恨を残す」


 生かしておくことそのものが間違いなの、と、厳しい目で三人の神の魔物を睨みつける。

この場で仕留められるなら、その方がいいに違いないとばかりに。


「まずはフレースベルグが巨大化する前に倒す。ローレンシアはその後。セシリア様は、ケットシーを狙ってくれれば、多分殺せるから」

「私の剣で倒せるのか……? いや、傷つけるくらいはできるだろうが」

「ケットシーは、半人前なの。魂しか神の魔物じゃないから、ガワの人間部分は殺せる」


 だいじょうぶ、と、足で地面に魔法陣を描きながら、しゃがみ込み、ぐぐ、と足に力を籠めようとする。


「行くよ――」

「ちょっと待てって」

「わぅっ……シェルビーっ」


 誰の返事も待とうともせず、一人戦気に逸る名無しを、シェルビーが抱え込んで抑えた。

突然体が宙に浮き、名無しもわたわたと手足をばたつかせる。

だが、再度シェルビーから「待てよ」と言われ、一旦は手足を止めた。


「なんでそんな一人で全部決めてかかるんだよ。俺達は、PTなんじゃなかったのか?」

「うう……だけど……」

「このPTのリーダーは、セシリアだぜ?」


 一人で行くなよな、と、リーダーへと視線を向ける。

他のメンバーの視線も、セシリアへと集まり。

そしてセシリアは、すう、と息を吸い、吐いて。

またケットシーの顔を見た。


「……っ」


 視線を向けられたのを感じてか、首を横に振る。

諦めた様子はなかった。

言葉にはせずとも「私に任せてください」と言わんばかりで。

だからこそ、セシリアも頷いた。

彼女もまだ、仲間だと思っていたから。


「ケットシーに任せる」

「セシリア様っ」

「名無し。落ち着くんだ……神の魔物は確かに危険な存在かも知れない。でも、人も何もいない場所に移ってくれるなら、無理に殺す必要はないとも思うんだ」

「あのー、私、別に移るって決めてないんだけど?」

「いい加減私の話を聞いてっ! ローレンシア、これは貴方の為にも必要な事なのっ」


 話を聞かないと思っているのはケットシーも同じで、だからと退くつもりもないというのがありありと見て取れて、ローレンシアは深いため息をついた。

戦いを続行しても負けるのは確実だった。

大天使がいる以上、最早テンプテーションを使ったところで時間稼ぎすらままならないだろう、と。

それどころか、下手をすればケットシーを巻き添えにしてしまうかもしれなかったのだ。


(……友達をこんな事に巻き込んじゃうのは流石に嫌なのよねえ……)


 状況的に、今自分が生きているのは、ケットシーが説得しているという状況があるから。

そしてセシリアが、ケットシーに全てを任せる気になってくれているからというのは、ローレンシアにもはっきりと伝わっていた。

恐らくケットシーが諦めるか、自分が強引に戦闘ムードに引き戻せば、そのまま名無しかセシリアの攻撃を受けるのは必定で。

そして、場合によっては、そのままケットシーも殺されかねないのも解ってしまう。


(大天使ちゃんは洒落にならないからなあ……用済みだと思ったら仔猫ちゃんも殺しかねない……フーレちゃんはともかく、仔猫ちゃんが殺されちゃうのはちょーっと……嫌だわぁ)


 そこまで考えて、では、自分の信念を曲げるのか、というと「それはもっと嫌」という結論がはっきりと出てしまっていた。

自分の存在意義。

自分がこうなった(・・・・・)原因のようなものである。

今更変わることなどできず、今更かなぐり捨てることなどできはしなかった。


「ねえ仔猫ちゃん。私は自分の在り様を理解してるつもりよ? 人の欲望からの願いを叶える事。それこそが私の存在意義で、私の生きる意味で、私が望む生き方そのものなの」

「そんなの嘘よ。貴方はそんな事しなくても、生きてはいけるはず」

「死に体だけどね? 死にそうで苦しくなってくったりしながら生き延びて、何が楽しいの? ただ辛いだけよ?」

「それでも、生きられるわ。今殺されるより、ずっといいはずよ」


 こんな場所で殺されるよりは。

けれど、ローレンシアはふ、と、鼻で笑うように俯き、首を振る。


「違うわ。違うのよ仔猫ちゃん。そんなの嫌なの。叶えられるなら願いは叶えたいの。だって、世の中はこんなにも苦しみに満ちていて――沢山の『救ってほしい』っていう気持ちで溢れてるの」

「でもそれは、貴方が叶えなくちゃいけない事ではないわ」

「でも救う事ができる人たちだわ。助けられるの。幸せにできるよ、私は!!」


 まるで聖者のような言葉であった。

聖人が、言葉ばかりで人々を救うためのおためごかしを。

けれど、彼女は確かに、救う事ができるのだ。

欲望に基づく願いであるという前提ではあるが、確かに叶えられるのだ。

彼女は、神であるから。


「ねえセシリアたちも、聞いて頂戴! 私は、沢山の人を幸せにしたいの! より沢山の人に楽しいまま暮らしてほしいの! 『ああ生きててよかった』と、そう思ってほしいの!!」

「言っている事だけなら、確かに聞いてもよさそうな言葉ではある……だが」

「あんたの叶えた願い事が原因で、王様は苦しんでるし、王城の人たちはおかしくもなってる。そして何より……あんたがここに居れば、争いが頻発しちまう」

「ここに来るまでに、他の冒険者たちが争っているのも見ましたわ。私達から見ても、貴方を放置していくという選択は選べませんっ」

「そんな……」

「ローレンシア。お前は無邪気すぎた。なんでもかんでも願いを叶えて、あまねく人々を結果的に狂わせてしまった」

「それが、それの何が、いけないの……?」


 誰からも否定される自身の願い。

沢山の人の幸せを願う事が、結果的にこんなにも多くの人からの拒絶を生んでいる事に、ローレンシアは理解できなかった。

幸せに狂う事の何がいけないのか。

自分はこんなにも、生き甲斐を果たせて楽しいというのに。

よろよろと後じさり、けれど、へら、と笑ってしまう。


「あは、は……何それ。誰だって幸せを望むでしょ? 楽しい思いをしたいでしょ? 苦しいのも辛いのも嫌なはずなのに。想いを叶えたいと願うはずなのに」

「……私は、確かにそんな風に思ってしまう事もありましたわ」

「だったら!!」


 ただ一人、シャーリンドンだけはローレンシアに擁護的ではあったが。

だが、彼女を見て威勢を取り戻しそうになっていたローレンシアに、シャーリンドンははっきり「違うのです」と首を横に振って拒絶を突きつける。


「人に叶えてもらうものではなくて。自分でなんとかしたいものなのです」

「それは……でもっ、皆がそれを出来る訳ではないわっ! 貧しい人も、多くを持たないまま生まれた人も、恵まれず、突き放され続け、失い続けた人だって、世の中にはたくさんっ、たくさん居て……っ」

「ええ、そうなんでしょうけれど……でも、ままならないのも含めて、人生、のような。そんな風に思うようになったんです、私も……」

「そんなの無茶苦茶よっ、おかしいわっ! 救われない人が救いを求めるのはおかしい事!? 貴方達の宗教だって教えていたでしょう!? 救いを求め、神々を信じ、助けを求めて神に祈っている人は、全否定するの!?」

「勘違いするなよローレンシア。俺達ゃあんたに祈った覚えはないぜ」


 神様違いだ、と、シェルビーが横やりを入れるも、き、とローレンシアは睨みつける。


「同じよ。神様に祈っても、私に祈っても、同じはずよっ」

「違うよ。全然違ぇ。神様に助けを求めるのはどうにもならねえからだ。でもな……でも、ぼろ布纏ってフラフラになって死にかけてる町娘にそんな事願うのは……やっぱおかしいんだよ」

「……っ」


 彼にだけ見えていた過去があった。

彼だけが知っているローレンシアの昔が、まだ鮮明に残っていた。

そしてそれは、彼にとってもよく知る少女の末路と、そう違いないものであった。

だから、はっきりと言えたのだ。


「誰もあんたじゃなきゃダメなんて思ってなかったんだ。誰かであればいい。そして、それはきっと、あんたじゃなくても、余裕のある人でも良かったはずなんだ」

「誰も助けなかったじゃない……誰も、そんな人たちを、助けようとしなかったじゃない」

「そうなのかもな。そうかもしれないが、それでも、だ」

「どれだけ偽善を掲げても、誰も助けもしなかった人たちがいたわ。どれだけ善政を敷いている気になっていても、沢山の民を取り零してしまう為政者がいたわ」

「そうかもしれないが、世の中ってもんは、そんなもんなんだよ」


 たとえこの神の魔物が善性に満ちて善意で人を救おうとしていても。

その結果起きてしまう問題の数々は、解決されることなく問題として残ってしまう。

場合によってはより悪化してしまう事すらあった。

なぜならそれは、欲望によって引き起こされたものだからである。

理性ではなく、欲望によって叶えられた願いには、欲望なりの人の穢れが纏わりつく。

その穢れが、人の世においては大きな罪へと育ってしまうのだ。

だから、無視なんてできないのだ。

到底、受け入れられるものではなかった。


「神様だっていうなら、何の問題もなく綺麗に解決すべきなんだ。それができなかったあんたは、やっぱり俺らから見て、神様でもなんでもないんだよな」

「……シェルビーっ、貴方という人は……っ」


 初めて、ローレンシアはぎりり、と、憎しみの籠った眼でシェルビーを睨みつけていた。

それまでの余裕に満ちた表情は消え失せ、今はもう、ただの町娘と大差ない様で。

そう、『小奇麗な町娘』でしかなかったのだ。

ただ、自分の願望を全否定され、自分の在り様を拒絶され、自分の存在意義を無に帰そうとする、この男が許せないだけの。


「ローレンシア、お願いだから話を聞いて。私達と一緒に旅に出るの。誰も人間のいない場所で、私達だけの静かな世界を作りましょう」

『ローレンシア、最早その在り方は続けられぬのだ。いい加減認めよ。そして我らと共に来るのだ』

「ローレンシア。貴方が犯した過ちは、まだ取り戻せるはずだ」


 ケットシーもフレースベルグもセシリアも。

わざわざ声に出さない他の者も、名無し以外の全てが、自分を救おうとしているのに気付かされてしまった。

けれど同時に、それでも尚、自分の在り方に固執する自分が、そのままではもうどうにもならないのも。

拒絶する事は、これらすべてを敵に回すという事。


(こんなの……こんなの脅迫みたいなものじゃないの)


 抗えば、死は確定していた。

そんなもののどこに、対等を感じられるものか。

ただ有利を作って、自分の言うがまま相手を黙らせ、従わせたいだけ。


(こんなの、受け入れられるはずがない。私の何もかもを否定して、私を従わせて)


 そうして、悦に浸りたいだけ。

ああ、一人救えてよかった。ハッピーエンドだ。

そう思いたいだけ。自分とは違う。自分の願いとは違う。

自分自身で、そんな風に思い込んでいったのだ。

自己擁護がいくつも浮かび、自分の心の中でそれが反芻(はんすう)される。


「――貴方達は、私に願った人を否定するの?」

「あんたに願っちまった人は、間違ったって事だろうからな」

「セシリア自身も?」

「っ……痛い事を突くなあ」


 そう、セシリア自身も願ったのだ。

その願い自体は叶わなかったが、それでも。

それでも、他人に助けてほしいと、救ってほしいと、願った事には違いなかった。

バツが悪そうに自分の胸元に手を当て、苦笑いするセシリアに、けれど誰も視線を向けなかった。

些末事である、と、誰もがそう思っていたのだ。セシリア自身もが。


「だが、事実私自身、それを願ったのは間違いだったと思っているよ。君にそれを願うのは、私にとって恥だった」

「恥ですって……」

「だってそうだろう。今の話を聞いていれば、君は、何も持っていない人のように思えたんだ。友達以外はね」

「な……」

「そんな人に何かを頼み、願いを叶えてもらうなんて……騎士としてあるまじき、恥ずべきことだった。私はむしろ、君をこそ助けなければならなかったのだ」


 救うべき弱者に願いを叶えてもらうなど、搾取と何が違おうものか。

(たす)くべき者に救いを求めるのは、いかに浅ましい事か。


「なあローレンシア。戦うのはやめにして、ケットシーたちとどこか遠い所に行ってくれないか? 君を倒すのはなんというか……とても恥ずべきことのように思えてしまう」

「な、何言ってるのよ? 私は神の魔物よ? なんで私が貴方達にそんな……憐憫とか、同情とか……」

「そんなんじゃねえよ。ただ、俺達にとっても、倒しづらくなっちまったって言うか……そんな感じなだけだよ」

「ええ、私も……今のお話を聞いていれば、貴方に悪意が無かったのは解りますし……」

「正直、人の願いを叶えたいっていう考えそのものはすごい事だと思いますわ。私には、そんな余裕も無くて……いつもうまく行かないのを他人に責任を求めてばかりいた、時期もありましたもの」

「……」

「ローレンシアっ」


 何もかもが上手く行かない。

最早、こんな時に救いがあるとすれば、明確に自分を敵視する存在がこの中にいる事くらいであった。

そう、大天使である。

ローレンシアは、よりにもよって敵であるはずの大天使に、この場の救いを求めたのだ。


「……貴方はどうなのよ、大天使ちゃん」

「神の魔物は消し去らないとダメ」

「おいおいポーターちゃん」

「だ、だったら、こんな流れ――」

「でも、今のボクはセシリア様のPTメンバーだから」


 純白の翼をかすかに羽ばたかせ。

けれど、今の自分の立ち位置を、名無し自身も受け入れていた。


「セシリア様に、従う」

「そんな……っ」


 敵ですら、敵ではなくなった。

がくり、膝から崩れ落ちる。


「なんなのよ……なんなのよ貴方達……おかしい。ぜったいにこんなのおかしい」

「でもよかったじゃねえか。『戦うのは嫌』だったんだろ? 忘れたとは言わせねえ」

「そりゃ、戦うのは嫌よ。誰かを傷つけるなんて嫌。私自身も傷つきたくないけれど……でも、それ以上に人は傷つけたくないわ」

「なら喜べよ。ほら、死人はゼロだ」


 誰も死んでねえぞ、と、さっきまで死にかけていた男が笑う。

恐らく一番身体を張った男がそんな事を言うのだ。

最早誰も戦おうなんて思うはずもなかった。

もう、笑うしかなかったのだ。


「は、はは……下手な冗談ね。でも、誰も傷ついてない、か……」


 俯きながら、地にトン、と手を突き、小さく息をつく。

肩に背負っていたものが抜けていくような、そんな感覚。

気が楽になった訳ではないが、それでも幾分胸に詰まっていたものが薄れたように思えて、また顔をあげる。

神の魔物などではなく、小奇麗な町娘の、爽やかなそれであった。


「――解かった。降参する。これだけはっきりと否定されちゃもう、仕方ないわ。私馬鹿だから、反論し続けるのも疲れたし」

「ローレンシア……」

「お前の力の影響全てを無に帰して、この地からさっさと出ていけ。そうすれば命だけは取らない」

「はは……大天使ちゃん、変わった? 随分優しくなったじゃない」

「誰のせいでそんな事になったと思ってるの? つまらない事言わないで」


 それ以上語るなら許さないから、と、きつめの圧を掛けられ、また「はは……」と笑いをこぼし、立ち上がる。


「うん、そうするわ。仔猫ちゃん。フーレちゃん」

「よかった……ほんとに良かったわ」

『うむ。これで後は狼老やティアマートらと合流するだけだな。恐らくあちらも済んでいる事だろう』

「どういう事……?」

「貴方で最後っていう事よ。もう、隠れて暮らすのに疲れたっていう人は結構いたの」

『戦争はもういい。そう思う者が、他にもいくらかいた、というだけの話よ』


 ケットシーとフレースベルグの話から、恐らくその旅に同行する者は一人や二人ではないのだろう、とセシリアたちも気付いたが。

それを止める事によるメリットなどないので、聞かなかったことにする事にした。


「そっか……まだ、他にも居たのね。生き残りが……」

「ミノスは死んでしまったし、シャドウやスケアクロウのような好戦的な奴は魔神様の復活をもくろんで逆に滅ぼされたけれど。皆が皆滅びた訳ではないの。だから、寂しくないはずよ」

「うーん……シャー君やスー君が死んだのはちょっと寂しいかも……」

『お前相変わらずあいつらすらあだ名なのだな。あいつらからいつも舌打ちされてただろうに』

「えー、関係ないわよー。私から見たら皆弟とか妹みたいなものだもの。あ、ミー君だけはお兄さんかなあ?」

『……我もか?』

「フーレちゃんは同い年くらいでしょ? あの森が焼けたの私が人として生きてた頃だし」

『……むう』


 何やら気になる話も続いたが、セシリアたちはもう、「何が何やら」と、戦う気も無く肩から力が抜けていく。


「――なあよお、お前ら、結局そいつ倒さずに逃がすつもりなのか?」


 そして、そんな彼女たちの前に、騎士団長が姿を見せた。


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