#88.なにをたくらんでるの……?
「貴方、その姿――まさかっ」
「離れろぉっ!!」
《どんっ》
「きゃっ!?」
声が聞こえ、反応した時には翼全開の名無しがもう目の前に居て。
ローレンシアは驚きの余り回避が間に合わず、体当たりを受けてしまう。
そうして、シェルビーは名無しに抱きかかえられながら、ローレンシアから離れられた。
「シェルビーっ、シェルビーっ!!」
(なんだこれ……なんでおれ、ポーターちゃんに助けられてるん……?)
その場に居るはずのない少女だった。
何より自分はもう死に瀕していて。意識すらもうろうとしていて。
だから彼は「ああそうかこれは夢か」と、最後の最後に自分を見て泣きそうな顔になっている少女に「なんて後味の悪いもん見せやがるんだ」と、皮肉げに笑って返そうとして……そのままふ、と、意識が消えた。
「すぐになおす、なおすからっ」
折角再会できたのに死にかけている仲間に、名無しは我慢できず泣いてしまいながら胸に抱きかかえる。
今なら治せた。
今なら救えた。
そう思って、強く力を籠める。
『――ブレッシングヒール!!』
瞬く間に傷が癒えてゆく。
けれど、シェルビーは意識を取り戻さない。
団長のように、目を覚ましてくれない。
「なんで、なんでっ」
「……」
『ブレッシングヒール! ブレッシングヒール!!』
二度、三度と繰り返し、それでも意識と戻らず。
身体の傷は全快しているのに、身体は冷たくなっていくばかりで。
「どうして……なんで……」
「血が流れ過ぎたんでしょ」
「やだっ、いやだっ、だめっ、シェルビー!!!」
ローレンシアの冷めた様な言葉に、けれど名無しは受け入れきれず、その名を叫び続ける。
それくらいしかできなかった。
傷は治せても、血を取り戻させることはできなかったのだ。
そも、そんな事で誰かが死ぬ想定など、全くしていなかった。
「はぁっ、はぁ……ポーター、ちゃん」
そして、遅れてシャーリンドンが現れ、名無しと、抱きかかえられたままのシェルビーを見た。
傷は癒えて、だけれど目を覚まさず。
そして、泣いてしまっている名無しを見て。
「――私にお任せください」
目に見えて手遅れだった。
恐らくそのままでは魂が身体から離れてしまう。
傷を癒しても、助けることなどできはしない。
真剣な眼で名無しの前でしゃがみ込み、そしてシェルビーへと手を差し出す。
名無しは……迷った末に「うん」と、シャーリンドンに預けた。
泣いている場合ではないのだ。
任せなくてはいけなかった。
「大丈夫、私なら呼び戻せますから――」
ぎゅ、と抱きしめ。
そして、冷たくなっていくその身体に、眼の端で涙を浮かべながら、言の葉を紡ぐ。
『――生命よ迸れ』
そこは地の中。
そして、大地に包まれるが如き揺り籠の中。
生命力が失われ、魂が離れつつあった身体に、新たに命の息吹が流れ込んでゆく。
それはやがて魂を再び身体に結びつける温かで強固な蔦となり、身体に、再び生きる力を生み出していった。
「う、ぐ……かはっ」
そして、抱かれたシェルビーが、ほどなく息を吹き返す。
激しくせき込みながら、けれどのどに詰まったよくないものをすべて吐き出し終わる頃にはもう、鮮明に意識を取り戻していた。
「あれ……俺は、いったい……?」
何が起きたのか解らなかった。
死んだものと思っていたのに、生きていた。
そして、目の前の全てが柔らかかった。
「よかった、シェルビー……ポーターちゃん、うまく行きましたわっ」
「よかった! でかしたシャーリンドン! すごくいいスラムで暮らさせてあげる!!」
「す、スラムからは脱せませんのね……」
「あー、なんか、すげえ懐かしいやり取り……って、なんだこのやわらかいのっ」
「ひゃっ! しぇ、シェルビーっ、暴れないでくださいっ」
どこかで聞いたようなやりとりが聞こえ、いよいよもって目の前の柔らかなものが謎に満ちていたシェルビーは、その状況から逃れようともがいたのだが。
胸に手が触れたのを感じて、あわてて離れて自分の胸をかばうように抱きしめたシャーリンドンを見て、ようやく自分を覆っていた柔らかなものの正体に気づき、「あれ?」と、首をかしげていた。
「夢とかじゃなくて、ほんとにポーターちゃんとシャーリンドンがいるじゃねえか……なんなんだこの状況……はっ」
謎過ぎたが、それ以上にどうにかしなくてはいけない存在がすぐそばにいるのを思い出し、シェルビーは立ち上がって、ローレンシアを睨みつけた。
「えー、まだやるのー?」
「あんたがやる気がなくたって、ここで終わらせなきゃ――」
「――もうやめませんか?」
手をひらひらさせながらやる気なしになっていたローレンシアに挑みかかろうとしたシェルビーだったが、そこで間に割って入った者が居た。
ケットシーである。
「ケットシー……やっぱりお前か。それから、フレースベルグも」
「チーチチチチチチ?」
「小鳥のフリをするな。わざとらしい」
シェルビーをかばうように前に出て、威嚇するように睨みつける名無し。
大きな翼を背中に持った名無しを前に、シェルビーは「何かすげえ事になってるな」と驚きを隠せなかったが。
それ以上に、ケットシーの肩に乗った青い小鳥の存在感が、急に強大なもののように感じられ、ぞわり、背筋が粟立ってしまっていた。
(なんだあの小鳥……いや、フレースベルグとか言ったか? もしかして、アレも神の魔物の……)
確かに要所要所で目立つようなことをしていた気はしていた。
ただの小鳥だから気にしないようにしていただけで。
だが、そもそも乗せていたのがケットシーだというなら、その肩に乗っていた小鳥が神の魔物でも、何の不思議も無くなっていたのだ。
そう、前提が全て変わったのだから。
『我の話をしている場合なのか? 大天使よ。そのままでいると、奥にいる二人が狂い果ててしまうぞ?』
「うぉぁっ……」
「ひぃっ」
「セシリア様……アルテ……フレースベルグ。後で覚えてろっ」
助けるべきはシェルビーだけではなかった。
すぐに部屋の中に突入し、セシリアとアルテの救護に入る。
シャーリンドンも入ろうかと思ったが、シェルビーから「お前はまだ行くな」と手を掴まれ、止められてしまう。
部屋の中には、まだピンクのモヤが目いっぱい残っていたのだ。
「――そっかあ、どおりで私を見てやたら敵視するわけだわ。あの娘、大天使だったのね」
思い当たりを感じ、ローレンシアは小さくため息しながら、部屋の中でセシリア達を救護しようとする名無しを見てぽつり、呟く。
状況はカオスそのものだった。
「それで、仔猫ちゃんは、何しにここに来たの? 見た感じセシリア達の仲間……っぽいけど、私を守ってくれるのかしら?」
「茶化さないで……ローレンシア。貴方、やりすぎよ」
間に入ってくれた事から、この状況をなんとかするつもりなのだろうと感じていたローレンシアだったが。
一方でケットシーは、彼女にこれ以上何かを話してほしくなかった。
「貴方が余計な事をしたから、この人たちは貴方を倒さなくちゃいけなくなってしまったの。もうやめて。人間達に干渉するのはやめて」
「えー、何それ何それ。私に生き甲斐をするなっていうの? それ残酷すぎないー?」
もう気さくなお姉さんのようになってしまっているローレンシアだったが、ケットシーは、真面目な顔のままだった。
「――ローレンシア、何もかも忘れて、私達と一緒に来て。私達と一緒に暮らしましょう」




