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だから私は!!  作者: 海蛇
最終章.冒険者たち

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86/88

#86.ろーれんしあとのたたかいにて


 戦いは、セシリアたちの奇襲から始まった。


「――行くぞ、ドアを開けたら、一気に行けっ」

「ああ、既に力を溜めてある……いつでもいけるっ」

「私もですわ」


 シェルビーの確認に、セシリアもアルテも頷き合い、扉が開かれた。


「あら、誰かと思えば――」

「今だ行けぇっ」

「ローレンシアっ、覚悟しろっ、クラッシュ!!」

「オブリビアス・バレット!!」


 ローレンシアは、ドアから見て正面に立っていた。

見てすぐに、斬撃を放つセシリアと、おどろおどろしい闇の魔法弾を放つアルテ。

ローレンシアは避ける事もできず、その直撃を受け――しかし、傷一つ負う事はなかった。


「なっ!?」

「効いて、居ない……? そんなっ」


 放った二人をして驚愕であった。

自身の放てる最強クラスの一撃を喰らわせたはずだった。

神の魔物とはいえ、少なくともダメージくらいは通せると、そう踏んでいた攻撃。

それが、ダメージにすらなっていなかったのだ。


「ふふん♪ なによなによぉ? 出会い頭に乱暴ねえ? いよいよ私を殺しに来たって感じ? 酷いわねえそんな急に」


 そして当のローレンシアは、今までと大差なく、フレンドリーな口調であった。

ただ、攻撃されたにも拘らず、余裕綽々(しゃくしゃく)であり。

最初に対峙した際のかよわさは、大分薄れて強者のような雰囲気すら漂わせていた。


「くっ、まだだっ、はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「わわっ、まだ続ける気ぃっ?」

「イービル・ボルト!!」

「喰らえぇっ!!」


 何によって攻撃が防がれたのか、それが解らなかった以上、攻撃を止めるという判断はできなかった。

即座に駆け出し、上段から一気に振り下ろし斬りつけようとするセシリア。

そして、アルテはセシリアが肉薄する直前に闇の魔法を放ち、牽制しようとする。

姉妹の連携は、シェルビー視点で見てもハイレベルなモノであった。

だが……


「むんっ」

《バチィッ》

「なっ、魔法が――」

「はっ、とぅっ、でやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「無駄だってー。へやあっ」

《ぎしぃっ》

「……ふせ、がれた、だと……ぐ、ぐぐ……」

「わあすごい力。こわいこわいこわい」


 緊張感の全くない口調に対し、ローレンシアは魔法を無力化し、セシリアの斬撃を不可視の力によって防ぎきっていた。

それでも尚、腕と足にあらん限りの力を籠め、無理矢理に踏みこもうとするセシリアを前に、ローレンシアは「だめだって」と、笑顔を振りまく。


「……ちから、がっ」


 不意に肩の力が抜けてしまい、あらぬ方向にずれてしまう剣筋。

当然そんなものがローレンシアに当たるはずも無く、剣は地べたへと叩きつけられてしまった。


「あ、くっ……」

《からん、ころん》


……どころか、剣を持つことすらできず、落としてしまっていた。


「ふふん、正面から私のチャームを受けたら、同性でも腰砕けなんだから♪」

「そう、かよっ」

「えっ、ひゃぁっ!?」


 セシリアを無力化させ、慢心しきっていたローレンシアに、シェルビーが肉薄する。

喉元に突き立てられようとするダガー。


「つっ、くっ……」

「……なんだぁ、こりゃぁっ」


 セシリアの時と違い、届きはした。

だが、かすかに喉元をかすめるだけで、貫くことはできなかったのだ。


「セーフ、セーフ……ちょっとぉ、不意打ちとかやめてよねぇ? 気配すら感じられなかったんですけどぉ?」

「ちぃっ」

「あっ、ちょ……また見えなくなっちゃった……」


 セシリアの時同様笑顔を振りまこうとした矢先、シェルビーは眼を閉じ、一気に距離を取った。

壁際に背を付け、そのまま隠密に入る。

目の前に居たにもかかわらず、その瞬間からもう、ローレンシアにはシェルビーがどこにいるのか解らなくなってしまっていた。


(なあにもう……まるでシーフかアサシンみたいな……斥候ってこれだから面倒なのよねえ)


 ひりひりと痛む喉を指先でさすりながら、自分の防御の弱点を見抜かれた事を察して、注意深く周りを見ようとして……諦めた。


「はあ……もう。そういうの無し無し。面倒くさいし。そもそも、バトルなんて私の本意じゃないしー……ね?」


 警戒する事をやめ、ローレンシアが取った方法は……実にサキュバスらしい方法であった。

スカートをめくって見せ、その肉付きのいい太腿を見せつけたのだ。


「ふ、む……っ」

「アルテ……」


 綺麗な足であった。

つい正面からそれを見てしまったアルテは、鼻血を噴き出しながらその場に膝をついてしまう。


「無理をしていたんだな……アルテ、下がるんだ」


 元気な振りをしていたからこうなったのだと思い込んだセシリアは気遣うが、アルテは赤面しながら「お構いなくぅっ」と、涙目になりながら鼻を強くつまんで立ち上がった。


「姉様が、立てないのなら、それまでなんとか、私が……っ」


――シェルビーさんの援護をしなくてはっ


 ダメージにならずとも、少しでも意識を向けられたら。

そう思い、杖をローレンシアに向け。


「やぁん♥ 暴力とかやめてよぉ♥ そんなことより、もっと楽しい事、しましょ?」

「ぶぉぁっ」

「アルテぇぇぇっ」


 セシリアには耐えられるものでも、アルテには耐えられなかった。

勢いよく鼻から血を噴き出し、アルテは背中から倒れ込んだ。

純然たる出血多量である。命の危機だった。


(うーん……おかしい。よっぽどでもない限り、これだけフェロモン全開にすると、大概の冒険者はまともに立てなくなるのに……)


 既にチャームに掛かっているセシリアには効果は重複しないし同性なので効果は薄いとはいえ、同じ部屋にいるシェルビーには間違いなくこの効果は効いているはずだった。

そういつまでも隠れ続ける事なんてできないはず。

集中し続けて、不意打ち狙いだなんてことはできなくなるはず。

それが、掛からないのだ。


(じゃあ、もっと過激なの行っちゃおうかしら?)


 胸元を大きく開きながら、より露出を増やしていき。


「そーれっ♥ テンプテーションっ♥」


 目に見える形で、淡い桃色のモヤが部屋中に溢れ……直近に居たセシリアが、それを浴びてしまう。


「うぶっ……あっ、あっ、ああ……くはっ」

《ぱたり》


 セシリアもダウンしてしまった。




「あぶねえ……部屋の中にいたら、あれをもろに喰らってたのか……」

「あわわ……すごい色香です……」


 そしてシェルビーはというと、実は部屋から出て、占い師と二人、中の様子を窺っていた。

恐らく命に直結する攻撃はしてこないと見て、様子を見て二人を助け出せれば、と考えていたのだが。


「ああ、やっぱり大変な事に……シェルビーさん、退くべきでは?」

「そうなんだろうけどなあ……でも、ここで退いちまったら、王様たちはそのまんまだ。何も解決しねえまま、状況だけが悪化していっちまう」


 ダメージを通す手段は、なんとなくだが掴めていた。

ローレンシアが認識している状態での攻撃は、恐らくすべて防がれる。

完全に不意打ちになっている時にのみ、そのガードは崩れるのだ。

だが、攻撃の瞬間に気づかれれば防がれる。

ローレンシアの意識外からダメージを与えるしかない。


(失敗したな……セシリアはともかく、妹さんは一緒に入らせるべきじゃなかったぜ。もっと離れた場所から……入り口から支援射撃に徹してもらうべきだった)


 魅了される前に開幕の最大火力で一気に押し込み大打撃を与える。

そういう作戦だったが、謎の防御で瓦解してしまっている。

ここから立て直すのは相当に厳しかった。

ここにきてセシリアたちが無事なのは、ローレンシア自身のフレンドリーさによるもので、それもどこまでそうなのかは、彼には解らなかったのだ。


「うーん……困りましたねえ」


 最早、自分たちの戦力ではどうにもならないのが確定していた。

自分自身、今の状態のローレンシアに近づけば、セシリア達のように魅了されダウンしてしまうに違いなかった。

何せ、離れて見ているだけでも胸の高鳴りが止まらないほどなのだ。

それほどに、今のローレンシアは魅力的に見えてしまっていた。

それに対し、占い師の少女は、見た目何かが変わった様子がない。


「……なあ、占い師さんよ」

「はい?」

「もし違ってたら、悪いんだが……」


 正直、この状況になって今更という気もしたが。

それでも、もし違っていたらを考えて、気が咎めてしまっていた。

頭を振り、そんな「もしも」の可能性をかなぐり捨て、少女の瞳をじ、と見つめる。


「あんた、神の魔物だよな?」

「……っ、な、なんのことでしょうか」

「この期に及んでしらを切るなよ。まあいいさ、あいつが『お友達』なんだろ?」

「……」

「頼む、本当のことを言ってくれ。別に襲ったりはしねえから」


 真正面から見つめられ、困ったようにそっぽを向こうとして……それでも、少女は彼の視線を振り切れずに、眉を下げながら「そうですよ」と、小さく答える。


「私の名前はケットシー。神の魔物の末席に座る者です」


 土壇場であった。

だが、素直に応えてくれてよかったと、シェルビーはわずかばかり頬をほころばせる。


「……あいつは、なんであんな防御ができたんだ? 初見の時はあんなの使ってこなかった」

「多分、誰かが願ったんでしょうね。『誰かに害される形で死ぬな』とか」

「つまり、あいつ自身が最初から持ってる力ではないのか?」

「少なくとも私はあんな力知りませんでしたから、最初からではないですね」


 願いを叶えるという能力によるもの。

そんな事を願った禄でもない奴は誰なのかと恨みがましくも思ったが、その願いは、実際問題ローレンシア自身をしっかりと守り抜いていた。


「どうやったら倒せると思う?」

「そもそも、ローレンシアは神の魔物です。普通の人間の攻撃では殺しきることはできません」

「それでも、無力化くらいはできるだろ。殺すんじゃなく、倒すんだ」

「一時的ですよ? それでもというなら……やはり、セシリアさんくらいのパワーがないと無理でしょうね」

「……やっぱそうか」


 自分には倒しきれないという現実。

そして、それでも尚やらなくてはならないというタイムリミットの存在。

全てが悪材料であった。

どうしたものかと首をひねり、ローレンシアの様子を見た。


『うーん、攻めてこないわねえ? 警戒してる? おーいっ、攻めるなら今よー? ほら、私こんなに無防備、防御ゼロでーす♪』


 未だにどこかに潜伏していると考えているのか、ローレンシアは周囲をきょろきょろ見渡しながらスカートをひらひらさせる。

それだけでもう、桃色のモヤがそこら中に色濃く飛散していくのが見え、シェルビーは「うぇ」と、ひどい胸やけのような感覚を覚えていた。


(あんなもんまともに喰らったら秒も持たねえで魅了されちまうぜ……くそ、いい女だな。全然好みじゃねえのに。スタイルだけならシャーリンドンと大差ねえのに)


 なんとか直視しないようにしながら、一番気やすい存在を思い浮かべ魅了されるのを耐える。

セシリアにしろアルテにしろ、単身飛び込んで助けに入るのは、選択肢としては『無い』と言える状態になってしまっていた。


「……あの魅了、どうにかして防げねえ?」

「無理ですね。私、戦うのは全くできませんし」

「何のために来たのさ」

「目的はもうお話しましたよ。友達と一緒に、離れたところで暮らしたい、と」

「あれ本心だったのか……いや、まあ、それならそれでいいんだけどさあ」


 つまり、お手上げである。

ケットシーと二人、どうにもならない空気の中、次第にモヤが部屋の外にまで向いていたのに気づき、「やべっ」と、あわてて入り口から離れようとする。


「……みーつけた。そこにいたのね?」

「うげっ、このモヤ探索能力もあったのかっ」

「いつの間にそんな力を……ローレンシア、あなた……」

「あら、誰かと思えば仔猫ちゃん♪ 久しぶりねえ♪ ほんと久しぶり♪」


 懐かしいわあ、と、眼を爛々と輝かせ。

最早セシリアもアルテも眼中にないとばかりに、部屋の入口までバサバサと翼を羽ばたかせ、低空飛行し寄ってくる。


(今か……? 今なら、一気に横をすり抜け……)

「ふふん、逃がさないわ♪」

「ぶぁっ……」


 ドアの影に隠れ、タイミングを見てすり抜けようとしたところを、再度テンプテーションによってモヤが生まれ、もろに吸い込んでしまう。


「う、ぐ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」

「我慢しないで? 同性ですら耐えられないのよ? 男の人が耐えられるはずないじゃない? ほら、楽になって? 大丈夫、全部全部、忘れられるくらいにキモチヨクシてあげるからね?」


 気が狂いそうなほどの欲望の高まり。

目の前に居る女が、異常なまでに魅力的に見えて。

過去全てを打ち消すかのような、この世の全ての異性が無意味な存在に見えるかのような、そんな心の綻びが、シェルビーの理性を引き裂こうとしていた。


「――がぁっ」

「えぇっ!?」

《ざくっ》

「ぐあああああああっ、あ゛ーっ、あ゛ーっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」


 それは、どうにもならないくらいに高まる欲望の暴流の中の、微かな抵抗だった。

ローレンシアの身体に手を伸ばそうとしていたのを、自分の首にダガーを突き刺し、無理矢理押さえつける。

すぐに訪れる激痛と酸素の途絶に、性欲どころではない命の危機が起こり、身体は急激に血の気が引いていき、熱が醒まされていった。


(一撃……だ、一撃、入れる)


 この状態ではもう、助かる道はなかった。

だが、それくらいしかできなかった。

全くもって馬鹿らしい話だが。

だが、彼は、このよく解らない淫売に襲い掛かる道よりも、仲間達の為、死ぬ前の一撃を喰らわせることを選んだのだ。

せめてこの一撃で、なにがしか、ローレンシアの調子が崩れ、セシリアたちが立ち直れるように――


「あ、ああ……ろーれん、しあ……いい、おんなだなあ……」

「きゃっ……ふ、ふふ、なんだ、首まで貫いたのに、結局我慢できないじゃない♪」

「シェルビーさん……」


 ケットシーと目が合う。

もう無理なのだと悟ったのだろう。

どこか諦めたような、残念そうな顔であった。

だが、にやりと笑ってやったのを見て、そのつぶらな瞳が一瞬、驚いたように見開かれる。


「――俺と一緒に、死んでくれやぁっ」

「えっ……」

《ザシュッ》


 声はかすれ、意識すらぎりぎりな中。

彼のクリティカルヒットが、ローレンシアの首を捉えた。

 

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