#85.まにあわせたい
「結局、最深部まで来てしまいました」
もう間もなく、目標のローレンシアが居た部屋にたどり着くという所である。
ほう、と小さく息をつく占い師に、先頭を歩くセシリアも「そうだな」と、気を遣うようにわざわざ振り向いて答える。
シェルビーはというと……後ろを気にしながら、どこ吹く風であった。
「君の友人は、本当にここに居るのか? この先にはもう――」
「そうですねえ。もしかしたらもういないのかも? なんて」
へにゃっと笑って済ませようとする少女に、セシリアもアルテも「かわいい」と癒されてしまうが。
シェルビーはもう、そんなものでは誤魔化される気はなかった。
(――どう見たって、この先にいる『あいつ』がお友達だろうよ。いや、違うに越したことはねえが……)
わざわざ口に出さないのは、この状況でこの少女まで神の魔物だったとなれば、ローレンシア戦を前に消耗させられかねないという懸念があったから。
それと、「そうは言ってもこの子今までこっちのプラスになる事しかしてねえ」という実感からのものもあった。
そう、今に至るまで、この占い師が自分たちにとってデメリットになるような行動は、何一つしていないのだ。
罠にハメようとしているなら、もう少し意図というものが見えてくるというもの。
だが、ローレンシアの元に向かおうとしている自分たちを妨害する事ができるタイミングも、殺害しようとするタイミングも、いくつも逸し続けているように思えた。
それこそ、先の騎士団長から離脱する際に、転んで見せでもすればセシリアは足を止めてしまったかもしれないというのに。
(何考えてんだか分かんねえけど……この子は、敵じゃない気がするんだよなぁ)
何か悪辣な事を考えているだとか、そんな意志が見えてこない。
だからといって油断していいはずはないが、まだ何していないこの少女を、疑念からいきなり攻撃してしまう気になれないのもまた、感覚としてあったのだ。
「道中の魔族らがあんまりいませんでしたわね……前回来た時は、すごい勢いで襲い掛かってきたものですが」
「ああ、今回もと思って身構えてたんだが……もしかしたら、騎士団が掃討してしまったのかもしれないな」
「おかげで楽々ですね♪」
「結果的に、予定していたよりも早く目的を達成できそうですわね」
閉じた扉が見えたところで、セシリアは「一旦止まろう」と足を止め。
周りもそれに合わせ、小休憩とした。
シェルビーは警戒し続けていたが、三人ともその場に座り、わずかなり緊張感を緩める。
「今のうちに気持ちを落ち着かせておこう。相手は洗脳を得意とする神の魔物だ。緊張感を維持し続けないと、すぐに取り込まれる」
「占いましょうか?」
「いや、いい」
「そうですね……いい結果になるとは限りませんもの。気になる事でもあって戦いに集中できないのは危険ですし……」
占い師の申し出に、セシリアもアルテも首を横に振り、やんわりと拒否する。
事この状況においては、不確定要素は少しでも排除したかったのだ。
「気を悪くしないでくれよ。あんたの占い師を悪く思ってる訳じゃないだろうから」
「いえいえ。大丈夫ですよ。確かに、占いは時として人の行動を『危うさ』へと追い詰めてしまう事もありますから……」
「気にし過ぎるとよくないのは解るんだがな。だが、今は集中したいんだ」
シェルビーのフォローに、少女は少し驚いたように目を見開いたが。
すぐににへら、と可愛らしく微笑みを浮かべていた。
(この方、私の事を疑っていたようなのに……優しい方なんですね)
面白い方です、と、内心で思いながら。
出していた水晶をしまい込み、一番に立ち上がる。
「大丈夫か? もう少し位座っててもいいんだぞ?」
「私は大丈夫ですよ。戦闘でお役に立つことはないですしょうし、やれることも限られるので」
「戦いのときは無理せずに安全な場所にいてくださいましね。危ないと思ったら、逃げてくださってもいいのですから」
「ありがとうございます。ほんとに危ないと思ったらそうさせてもらいますね」
そうならない事を祈りますがー、と、スカートの後ろをぱんぱんと手で払い、扉を見やる。
その先にいるであろう、サキュバスの顔を浮かべながら。
(ローレンシア……貴方ちょっとやりすぎてますよ? このままでは――)
一方その頃、名無しとシャーリンドンはというと、セシリアたちと同じルートを通ってダンジョンに突入していた。
上空から見えた遺跡、その中にあったエレベータの存在を、今の名無しは気付けたのだ。
「はっ、はっ、はっ――」
「ひぃっ、はぁっ、ちょっとっ、待ってくださいましぃ~~~っ」
運よくジャングルパークを抜け、洞窟内を疾走する名無しに、シャーリンドンははやくものろのろで、今にもダウンしてしまいそうになっていた。
もう肺から出せる酸素もないとばかりに、顔を真っ赤にしながら、へとへとな様子で。
「シャーリンドン、遅い、急いで」
「そんなこと、いわれてもぉ……はーっ、あ、もう、だめ……っ」
くて、と、その場に膝をついてしまったシャーリンドンに「なさけない」「修行したのに」とダメ出ししながらも、名無しも足を止める。
「ここ、シイタケがいたポイントだと思う」
「はぅ……そう、ですわね。置いて、行かないでくださいまし……怖いですわ」
「……むう」
――すぐにセシリア様たちに会いたいのに。
なんとなくではあるが、この先にいる気がしたのだ。
だから夢中で駆けてきた。
焦れる思いはあるけれど、だからと危険な場所にシャーリンドン一人放置は確かに気が咎めたので、名無しも複雑そうな顔のまま「わかった」と、その場に留まる事にした。
疲れは全く感じていない。
シャーリンドンが動く気になれれば、すぐにでもまた走り出すつもりだった。
『う、ぐ……』
そして、少し離れた場所から、男のうめき声が聞こえてきた。
ふらふらと、こちらに向かって影のようなものが蠢いていた。
シイタケか、と、名無しが警戒し「シャーリンドン、立って」と、襲撃に備えさせようとした。
「えっ? えっ? な、なんですの……?」
「シイタケかも」
「えぇぇぇっ? あ、た、立たないと……」
ふらふらになりながらもなんとか立ち上がる。
暗闇の先は見えにくいままだが、必要なら先制攻撃でもして近づかれる前に倒してしまいたかった。
「対物設定――フォトン・ブレイカ」
「まっ、待て待て待てぇっ、仕掛けてくるんじゃねえっ」
「っ!? ポーターちゃんっ、待ってくださいましっ」
「ん……キャンセル」
頭の中に浮かぶ攻撃の術法。
それを発動させようとしたところで、影からシイタケらしからぬ声が飛び込み。
シャーリンドンが、相手にいち早く気づいて止めようとする。
そのおかげで、発射直前に止めるのが間に合った。
そして近づいてみると……見慣れた相手がいたのだ。
「きしだんちょー?」
「……よぅ。止まってくれてよかったぜ」
「団長さん……酷い怪我ですわっ」
騎士団長であった。
かつて見た時と比べると、身体の正面にいくつもの穴が空き、血塗れで、シャーリンドン以上にぐったりとした様子で。
そして、名無したちを見て、安堵したのかその場に崩れ落ちた。
「あっ……し、死なないでくださいましっ、今癒しの儀式を――んんんーっ、お、重い、ですわ……っ」
「対人設定――ブレッシングヒール」
あたふたと団長を抱きかかえようとしていたシャーリンドンだったが、その身体を抱き起すのは容易ではなく。
手間取っている間に、名無しが先に治癒の奇跡を使ってしまっていた。
瞬く間に団長の傷が癒える。
「ふー、ふー……ポーターちゃん、すごいんですのね」
「なんか、色々思い出したの」
「いつからですの?」
「……神界に戻ってから」
もう大分前に取り戻していた記憶だった。
どこかつまらなさそうに、そして、思い出したくなさそうに。
「う……なんだいこりゃ。治してくれたのか? 中々やべー状況だと思ってたけど、助かっちまったなおい……」
幸い、倒れてからすぐだったのもあって、団長もすぐに意識を取り戻し、傷一つなくなった身体に驚きながらそのまま胡坐で座り込む。
シャーリンドンもこれ幸いにとそのままぺたんと座りだしたので、名無しも諦めて座った。
「なんでここに団長が居るの?」
「国家機密だ」
「恩には恩で返す」
「む……」
「騎士の誇りは?」
「わーったよ、わーった、そんな眼で見るな! 俺だって騎士の端くれだ!!」
流石に死にかけのところを助けてもらってそれでは筋が通らないと思ったのか、団長もやけくそじみた様子で「教えてやるよ」と喚く。
「国からの命令って奴だよ。『何でも願いを叶える神の魔物を何者にも奪わせるな』『王子の夢が叶うのを決して邪魔させるな』ってな」
「それってつまり、国がこのダンジョンを占拠したって事ですの……?」
「そういうこったな」
「なんで怪我してたの? 襲撃された?」
「それはお前ぇらのお仲間の仕業だよ。シェルビーの野郎に見事に一杯食わされたんだ。おかげで罠の餌食さ」
「ええぇ……シェルビー、なんてことを……」
「流石シェルビー、つよい」
団長相手に大したもの、と、眼をきらきらさせる名無しに、シャーリンドンは「それでいいんですの……?」と疑問も浮かんだが。
同時に、名無しの勘だけでなく、この先にセシリアたちがいる事も確定したことに気づき、「良かった」と安堵もしていた。
これだけ思い切り走らされて空振りでは遣る瀬無いから、というのもあるが。
純粋に、この先に怖いものが待っている事を知っていたからというのもある。
「あの……この先にいる神の魔物……サキュバスのローレンシアは、とても危険な存在で……」
「だろうな。神の魔物なんて存在だ。ロクなもんじゃねえ」
「団長は、会った事ある?」
「陛下が直接会いに来た時にな。俺はやばいと思って殺すことを進言したが、陛下は利用する事を優先した……まあ、仕方なかったのもあるさ」
「国王陛下がこんなところにいらしただなんて……それに、仕方ない、というのは……?」
「……殿下が何者かに呪いに掛けられた。解除する方法を求めて、ここに頼るしかなかった」
その危険性を加味しても、それでも尚利用するしかなかったのだ。
そして、利用した以上は、今度は他者に利用されることを、防がなくてならなかった。
「結果として殿下は健康にはなったさ。そして、幸せになれる様に助力もしてもらえた。だが……あいつは誰の願いでも叶えちまう。もし殿下を害そうとする者が……そして、この国を滅ぼそうとする者が奴に願いをかなえてもらっちまったら、どうなっちまう?」
「……だから管理する事にしたの? できるはずない。絶対暴走する。というか、してる、よね?」
「セシリア達が向かったのがまさにそれだろうな。結局、陛下は力を借りちゃいけねえ奴に力を借りちまったんだろう。まあ、俺にまで死んだ女に会わせてあげるなんて言ってきた奴だ。やっぱ、借りちゃいけなかったんだろ……」
今更過ぎるが、と、頭を振りながら。
けれど、彼は騎士として、王命には逆らえなかった。
「嬢ちゃん達もセシリア達のところに行くんだろ? 全く、どいつもこいつも、なんだってこの国の王様の命令を無視するんだか。殿下の幸せを蔑ろにしやがって」
「ごめんなさい……でも、今のお話を聞いて、ローレンシアを放置はできませんわ」
「ん……やっぱりあいつは、最初の時に倒すべきだった。少なくとも封印すべきだった」
急がなきゃ、と、立ち上がる名無しに合わせ、シャーリンドンも幾分顔を引き締めて立ち上がった。
「――そういやよ、セシリアの妹もだけど、見慣れない女の子がいたが。ありゃお前らの新しい仲間か何かなのか?」
「見慣れない女の子? どんな?」
「さあ、なんというか、ローブを纏った女の子で、あんまこの辺じゃ見ないような感じの子だったぜ? とても戦闘向きには見えなかったな。それと」
「それと?」
「なんか、青い小鳥を肩に乗せてたな。それも合わさって変わった娘だなあって――」
「っ!! 『フレースベルグ』!!」
「えぇっ、ポーターちゃんっ!? 待ってくださいましっ、そんな急に――」
団長の話を最後まで聞くことなく走り出した名無しに、シャーリンドンも驚かされながらも追いかけていってしまう。
唖然としながらも去っていった二人に、団長はぽりぽりと頬を掻いてその後姿を見つめていた。
「……なんなんだありゃ」
怪我も癒え、立ち上がれはしたが。
その後を追いかける気にはなれなかった。
毒気が抜かれたのもある。張り詰めていたものが薄れてしまったのもあった。
だが、それ以上に。
(あいつらなら、俺と違って、やっちまえるかもしれねえ)
禄でもない力の源泉。
その破壊を。




