#82.おおはばしょーとかっと
ジャングルパークと繋がっていた遺跡について、セシリア一行も思うところはあったが。
全く予想外ながら、結果的に『もう一つのルート』を見つけることができた為、ひとまずは外に出て、状況を精査する事を優先した。
「シェルビー、地形に見覚えはあるか?」
「いんや、見た感じだと解らねえ。元々樹々や植物だらけの地形だ。目印がある訳でもねえから、ぱっと見た感じじゃ……」
ここがジャングルパークだったとして、最大の問題は「どう進めば深層にたどり着けるか」である。
上手く進めば大幅なショートカットになる一方で、間違った道を進めば逆にウォーターワールドに戻ってしまいかねないし、延々同じ場所をぐるぐる回る事にもなりうる。
来た時と同じ道のどこかなのか、それとも全く違う場所なのかは、最低限でも把握したいところだったが、シェルビーも今一おぼつかない様で、手と首を振った。
セシリアらも仕方ないかと思ったが、すぐにシェルビーが「いや、まてよ」と、顎に手をやり考え始める。
「んー……罠の位置で、もしかしてある程度見分けがつくか……?」
以前通った時との罠の配置。
ダンジョンマスターにもよるが、定期的にそういったものはダンジョン側の保守活動によって配置が組み替えられるもので、そうでなくとも他の冒険者が妨害のために再設置する事もあるが。
他のダンジョンのそれと比べると、このジャングルパークは、幾分個性的なモノが多かった。
「どういう事だ?」
「ここってさ、枝を利用したトラップや、括りつけてあるロープ、吊り網なんかが多かっただろ?」
「ああ、そうだな。最初に来た時も、二回目の時もそんな感じの罠ばかりだったな」
「ああいうのはシンプルに見えて、意図を考えて仕込むと結構手間がかかるし、人間の力じゃ短時間での設置が難しいものが多いから、わざわざ冒険者がやるもんじゃねえ」
「つまり?」
「ゲームマスターの保守タイミング次第では、見分けがつくかもしれねえって事」
見てくるわ、と、言うや否やすぐに姿が見えなくなる。
アルテも占い師もその素早さに驚いたが、セシリアは慣れたものだった。
「……シェルビーが戻るまで待とう。今のうちに片づけるんだ」
「解りましたわ。では、食事の後片付けを……」
「私もお手伝いします」
セシリアは周囲の警戒、アルテと占い師とで食事の後片付けを進めてゆく。
シェルビーが戻ってきたのは、片付けが終わってから少ししての事だった。
「――結論から言うぜ。恐らく前回俺が解除した罠が、そのままそっくり残ってる」
「つまり、保守される前に入り込めた、という事か?」
「多分な。あるいは、ダンジョンマスターの都合でそれができない状況にあった、とかな」
あのサキュバスの事だから、と、ローレンシアの顔を浮かべながら皮肉げに口角を吊り上げ、手をひらひらさせる。
「位置的には、どのあたりなんだ?」
「深層の目の前だよ。かなりのショートカットになったらしい」
「なんだか、都合が良すぎて怖いですね……」
「もしかしたら、そのダンジョンマスターさんにとっての通用口だったのかもしれませんね」
何かの罠を疑うほどの都合の良さだったが、占い師の言葉に「そういう考え方もあるのか」と、三人ともが納得できてしまえた。
そう、ダンジョンマスターもずっとダンジョンの中にいるとは限らないのだ。
逃走ルートの確保のため、あるいは、外での補給や気晴らしのために、そういった脱出ルートが存在するのを、三人は知識としては知っていた。
「結果的に、こちらを進んで正解だったようだな。シェルビー、道案内を頼むよ」
「ああ、任せてくれ、こっちだ」
軽い足取りで先行するシェルビー。
その自信に満ちた顔に、セシリアたちも心強さを感じながらついていった。
「――がちゃがちゃっていう鎧の音、なんだと思う?」
ほどなくジャングルパークを抜け、元の洞窟地形に戻ってすぐの事。
前を歩くシェルビーが足を止め、セシリアたちに「止まれ」と手を横に出し制し、PTはぴたり、止まった。
続いて出た言葉に、後ろに続いていた三人は顔を見合わせ、またすぐに正面へ向き直る。
「リビングアーマーか……他の冒険者の可能性が高そうだな」
「ここまで冒険者PTとは会いませんでしたが、奥にまで入り込んでいれば遭遇する事も当然、あると思いますわ」
「私も同意見です。魔物の可能性もありますが、他の冒険者PTを警戒すべきでしょうね」
少なくともシイタケではない、というのはセシリアたちにとっては安心できる材料ではあったが。
いずれにせよ、面倒ごとになる可能性もあると考え、セシリアも武器を手に、ぴしりとした雰囲気を纏わせる。
それに合わせ、シェルビーとアルテも武器を構えた。
「んー……これは」
一人、水晶を眺めていた占い師は、「ちょっと困ったことになるかも」とぽそり、呟いた。
「距離は……後五十歩くらいかねえ?」
「こういう時、見えにくい地形だとやりにくいな……」
「ええ、私の魔法で離れた位置から、というのができないが歯がゆいですわ」
声を潜め、ぽしょぽしょと仲間に聞こえるようにだけ話しながら、緊張の面持ちで曲がりくねった先にいるであろう相手を警戒する。
「――ふんっ」
「うぎゃぁっ!」
「っ!?」
接近した末、ぎりぎり通路の向こうで見えない位置から聞こえてきたのは、何かをぶつけるような音。
そしてそれに伴った悲鳴。
がちゃりとした鎧の擦れる音と共に、全身鎧の男がセシリアたちの前に飛び出てきて……そのまま顔から地べたに倒れ込む。
かすかに舞う砂ぼこり。
何が起きたのかと驚くセシリアたちの前に現れたのは……見慣れた偉丈夫だった。
「――よぉ、誰かと思えばセシリアじゃねえか?」
「団長……っ!?」
ほかならぬ、セレニアの騎士団長である。
大剣を片手で肩に当てながら、空いた手を腰にやりながらにやりと笑った。
「なぜあなたがここに……?」
「ああん? お前聞いてないのかよ。このグラフチヌスの揺り籠は、『本物』であると陛下が認定された。なんでも願いをかなえてくれる、サキュバスが深層にいるってなあ」
「それは……陛下御自身が確認されたのは解っている。だが、今セレニアが、そして王城がどうなっているのか、貴方は解っているのか?」
「そんなのどうでもいいね!」
あろうことか、騎士団長はセシリアの問いに笑いながらそう答えた。
セシリアも、いや、その場にいた占い師以外の誰もが「なっ」と、驚きを隠せずにいたが。
団長は、口元を歪めながら「だってそうじゃねえかよ」と続ける。
「俺は……いや、『俺達』は陛下より、ここを死守せよと命ぜられたんだぜ? 殿下の夢をかなえるために、決してその夢の効力を失わせてはならないから、とな」
「……では、騎士団は今、ここに?」
「ああん? ここまでこれたって事は、入り口の奴らを説得するか蹴散らすかして来たって訳じゃねえのか? いや、まてよ……」
顎に手をやりながら……奇しくも少し前のシェルビーと似たようなしぐさで訝り……そして、「やっぱおかしいよな」と、じろり、セシリアを見やる。
「時間が合わねえ。お前ぇはよう、殿下と結婚してるはずじゃなかったのかぁ?」
「城内が異常だった。陛下に事情を聞き、元凶をなんとかしなくてはならないと思ったんだ」
「つまり、殿下との結婚を不意にして、ここにいるって事か?」
「そういうことだ。貴方だっておかしいと思うだろう? それによって、この国がおかしな道を進んでしまうのは、止めなくては――」
「ああもうしつけえな、そんなのどうでもいいんだよ!」
「っ……ど、どういう事だ団長?」
ここを死守しろ、というのは、恐らく他の国の者に、あるいは妙な野心を抱いた者に、ローレンシアを使わせたくない、という考え合ってのモノなのだろうと、セシリアは理解できた。
だが、それだけというには、団長の言動が明らかにおかしかった。
何かそう、余裕が失われたかのような。
相手の言い分を聞きもせず、自分の言葉を押し通すなど、今まで決してそんな事をする男ではなかったのにと、セシリアは困惑したが。
「大層なおためごかしをのたまった所で、お前ぇは殿下との結婚を不意にした。殿下に恥をかかせたんだぜ? セシリア」
「それこそ、今は気にすべきことではないはずだ」
「いいや、お前は気にしなきゃいけなかったはずだ。他の誰でもねえ、お前ぇはな!」
「なんだと……?」
「だってそうだろう? 次代のお妃さまが、その椅子を蹴ってまでこんなところに来て、よりにもよって殿下の夢を無かったことにするんだろう?」
「当然だ。こんな状況、まともではないのだから!」
「だから、許せねえんだよ。ダメなんだよ、そんなことしちゃ。何故なら、それこそが、陛下の願いなんだからなあ!」
剣の柄を掴む手に、ぐぐ、と力が籠っていた。
セシリアの言葉など意にも介さず……いいや、聞いた上で全否定し、敵意を露にする。
「……戦うつもりか?」
「違うと言ったらお前ぇは俺の横をすり抜けるのか? 違うだろう?」
この場において、彼と対等に戦えるのはセシリアのみ。
ここで彼を倒さねば、前に進むことなどできるはずもない。
「いいや、先に進むのはセシリアだ」
「……あん?」
だが、この場に残る事を選んだのは、シェルビーだった。
アルテと占い師に先を促し、進ませる。
団長は……少なくともこの二人に危害を加える気はないのか、横をすり抜けても手出ししなかった。
だが、つまらないものを見るような目でセシリアを睨みつける。
「どういうことだよ?」
「こういう事があったら、俺が足止めするって決めてたんだ」
「ああ、何があるか解ったものではないからな」
急ぎの旅で、邪魔などされてはたまらないから。
目的はただ、ローレンシアを黙らせ、今の状況を変える事のみ。
「はっ……ちったぁ見る目がある奴だと思ったが、お前ぇ……シェルビーって言ったか」
「ああ」
「死ぬ覚悟は……できてるんだろうなあっ!?」
《ヒュッ――》
風を切る音にしても短すぎ、高すぎ、そして、速すぎた。
《ドォッ》
「ひゅーっ……あぶねえあぶねえ」
「……てめえ」
かつてのシェルビーなら、見る事すら追いつかなかった速度で振り下ろされた大剣は、しかし、全く見当違いの場所に叩きつけられていた。
殺すつもりはなかった。
精々その一撃で怯むか、ビビッてセシリアに譲ってくれればそれでよかったのだ。
だが、このシェルビーという男は飄々とした態度のまま、回避してみせたのだ。
「団長、彼を甘く見ない方がいい」
「あっ、それ言っちゃダメな奴じゃん。めっちゃ甘く見てくれていいから。手加減大歓迎よ?」
――油断ならねえ。
セシリアだけが脅威だと思っていた中で、自分の一撃を余裕で交わしたように見えたこの斥候の男は、無視してはいけない存在のように思えたのだ。
決して、力量で負けているなどと思いはしなかったが。
だが、放置すれば何をしでかすか解らない、そんな面倒くさそうな雰囲気がひしひしと感じられた。
「んじゃまあ……俺と一杯泥沼しようぜぇっ!!」
楽しそうに口元を歪めながら襲い掛かってくる男に、団長もまた、同じように笑い。
「いい度胸だ、死なねえように凌ぎきってみな!!」
ひとまずは、この男と踊ってみたくなってしまい、セシリアを無視する事にした。
元より互角の相手。
この男を前に、セシリアにまで手を伸ばすことは叶うまいと、そう理解しながら。
そう、そう考えてしまったことが、団長の過ちだった。
何故なら、シェルビーはそう考えてくれることを期待して、自分では絶対勝てない相手に挑んだのだから。
(へへへへっ、死ぬっ、これ一撃喰らったら絶対死ぬ奴だわ! だけど、爺やさんの攻撃より全然遅ぇっ! ミノスより全然軽いっ! かわせるっ、見えるっ、ぎりぎりだけどっ)
内心で泣きそうなくらいに怖い思いをしながら、シェルビーはセシリアに「行けよ」と短く言い放ち。
セシリアもまた「任せた」と、全幅の信頼で以て彼に殿を任せた。




