#81.えれべーたーしらない?
シェルビーに案内されてたどり着いた遺跡は、ところどころ崩壊している建物もあったが、反面説明された通りかなりしっかりと形を保っている建物もあり、驚くべきことに、扉がきちんと開け閉めできるほど機能を維持しているものもあった。
規模としては小ぶりで、ところどころ土や砂がこびりついている事から「やはり地震か何かで隆起してきたのか」とセシリアたちは判断したが。
休息するには確かに便利で、一晩をそこで明かすことに決めた。
「このくらいの規模、となると、祠や地下墓所などの宗教関連施設だったのでしょうか……古い紋様ですわ」
「暇な時ならこういうところを探索すれば結構な褒賞が出るもんだが、今は寝泊まりしかできねえのが残念だな」
「ああ、全くだ。今回の事が終わったら、調べてみるのもいいかもな……」
床もそれほど汚れておらず、埃も積もっていなかった事から、そのまま地べたに座り、壁の紋様などを眺めながら思い思いに語る。
「ともあれ、雨風が凌げるのはいい事だ」
「そうですね。火を焚くにも風があるのはよくないですし……屋内なら安定して火を維持できますわ」
石壁の一角に薪を積み、魔法で炎を発生させて焚火を熾す。
ほどなく、冷えた屋内が温かくなってきた。
「この部屋……密閉されてる訳でもないんだな。煙が上に逃げていきやがる」
煙で充満するようなら、と、扉を開けようかと立ち上がったシェルビーだったが、煙の動きから空気の流れを察知し、上を眺める。
セシリアも同じように上を向いて……けれど、小さく首を振った。
「小さな隙間があるのかな? 見た目では穴が開いているようにも見えないが」
「古い遺跡ですし、長い年月を経て隙間が空いているくらいはあるのでは?」
「まあ、そういう事もあるよな」
占い師の少女の言う事はそれほどおかしな指摘でもなく、「確かに」と一同も頷けるものだったので、その話題はそこで終わったが。
占い師の肩に止まった小鳥だけは、その煙の行方をじ、と眺め続けていた。
「――よーし、出来たぞ。ポテトの粉と干し肉で作ったスープだ」
「外も冷えて来たからな、こういうのは助かるぜ」
「ほかほかしますねえ♪」
その日の夕食の用意はセシリア。
保存性のいい乾燥させたポテトの粉末と干し肉を入れただけの豪快なスープだった。
「ただの塩味じゃねえんだな。なんか独特な風味がするぜ」
「ふふふ、このスープはな、騎士団特性の魚醤が使われているのだ」
「あー、なんか前にそんな事言ってたな……持ってきたのか」
「屋敷に戻った時にな。ふと思い出したんだ、ミルヒリーフに到着したばかりのことを」
バカげた料理についての喧嘩だった。
だが、振り返ればそれすら楽しい思い出だったように思えたのだ。
そう、それはただ、非日常になり果ててしまった世界を日常へと引き戻すための、そんな旅なのだと忘れぬようにするための、些細な感傷のようなもの。
だが、シェルビーは覚えていたし、「なんだか懐かしいぜ」と、肯定的に受け取ってくれていた。
「ミルヒリーフですか?」
「ああ、訳あってそこに旅したことがあってな。町に前に馬車の中でした会話が元でPT全員で喧嘩になっちゃってよ」
「まあまあ……そんな事があっただなんて。仲が良くても喧嘩をしてしまうものなんです?」
「くだらねえことほど白熱しちまうって奴でな。まあ、今にして思えばほんとバカらしい理由でなんだよ」
わざわざ人に聞かせるほどの事もねえ、と、少し照れくさそうに後頭部で手を組み壁に寄り掛かるシェルビーに、「まあそうだよな」とセシリアも頷いた。
アルテと占い師は少し不思議そうに二人を見ていたが、すぐにまた食事を再開する。
「醤は塩と違い、味に深みを増してくれるんだ。その分作るのに手間もかかるしすぐにはできないが、スープや煮物に使うと格段に風味がよくなる」
「確かに、ほのかに香る匂いが食欲をそそりますね」
「ええ、いい匂いですわ……お屋敷で食べる料理とはまた違った良さがあります」
普段あまりこの風味に慣れていない占い師やアルテも肯定的で、セシリアは「ふふん」と胸を張り自慢げに喜んでいた。
「セシリアのそういうの……ポーターちゃんもよくやってたなあ」
「ポーターちゃん、というのは?」
「別れた仲間の子ですわ。まだ幼い女の子ですが、とっても力が強いんですの」
「へえ、すごいんですね。子供なのにポーターだなんて」
尊敬しちゃいます、と、へにゃっと笑ってみせる占い師に、一同頷く。
「あいつは人の真似をするのが好きなんだ。色んな事を真似たりする。たまにやっちゃダメな事もやるから、そういう時は怒って聞かせないと駄目だが……」
「あんたがポーターちゃんを怒るシーンなんて全く想像できねえな」
「私だって怒る時は怒るさ。そういう時は関係がぎくしゃくしてしまう事もあったが……なんだかんだ、すぐに仲直りしてたな」
二人だけの時なら、素直にゴメンナサイが言えた。
だが、仲間の数が増えていくと、それができなくなっていた。
「きっと、私にとってあの子は特別な存在だったんだ。思えば初めて会った時も、妙に懐かれていた記憶がある」
「へえ、どんな出会いだったんですか?」
「国内が落ち着いてからは、一度『国内の危険な場所を把握して危険度を予め再認識しよう』と、騎士団で各地のダンジョンや危険区域の再調査をするようになっていたんだが……」
焚火で壁に影が揺らめく様に面白味を感じながら、思い出す様に視線を少し上向ける。
「その日の私の隊は、折悪く私以外が腹痛を起こしてダウンしてしまっていた」
「割としょうもない理由でダウンするんだなあの騎士達……」
「ああ、あれは本当にしょうもない、情けない理由だったな。食事当番の騎士が料理下手で、入れちゃいけない食材を入れたんだ。確か、ギンコウジの肉だったか。血が付いたままの」
「よりによってギンコウジですかぁ。あれは危険ですよお」
占い師が口元に手を当て「うわあ」とぐんにゃりした顔になる。
シェルビーもやはり同じように「そりゃそうなるわ」と呆れた様に呟いていたが、アルテだけは解らないのか、不思議そうに首をかしげる。
「ギンコウジのお肉でしたら、私も食べた事がありますわ。木の実ばかり食べるからか、とても芳醇な香りがして……そんなに危険な食材なんですの?」
「ああいや、ちゃんとした下処理されてたらいいんだけどよ。やばいのは肉じゃなく、血の方なんだ」
「血……ですか?」
「ギンコウジの血には毒がありますから。お肉はとても美味しいんですけど、ちゃんと血抜きして、火を通さないとお腹が痛くなっちゃうんです」
怖いんですよねえ、と、占い師が呟くと、シェルビーとセシリアも頷いて見せる。
「実際、その料理当番の者もたまたま狩猟で捕れたからと、よく知りもせず使ったらしい。料理下手というのは、食材に関する知識も浅いからな……」
「あんたはよく無事だったな?」
「その程度の毒など私には効果がないからな! ははは!!」
セシリアはとても頑丈な女だった。
「それで、私一人で目的地まで移動していた所で、あの子と出会ったんだ。なんか、くったりと倒れていてな」
「行き倒れてたのか?」
「そうらしい。助けるためにそこで足を止めて、一緒に食事を共にしたら『恩返しする!』って言ってついてきてな……最初は教会に預けるつもりだったんだが」
「まあ、教会はあんまり性に合わなかったみたいだな」
「その通りだ。結局あの子は自立する事を選んだ。あの歳でそこまで考えられるのはとても偉いと思ったから、私はあの子の願いを聞き入れて、一緒に旅する事にしたんだ」
そんなに込み入った話でもなく。
話そのものはそこで終わったが、だが、シェルビーとアルテは「なるほど」と、妙に納得がいく気がしたのだ。
きっと、本当に「恩返し」のつもりでずっと一緒にいたのだろう、と。
大天使と呼ばれた少女は、きっとセシリアに抱いた恩義を、ずっと忘れなかったのだろうと。
少しだけしんみりしてしまった。
「いいお話でした。セシリアさんはやっぱり、素敵な出会いをしていたんですね」
「そういう事らしい。ああ、シェルビーは知らないか。さっきそういう話をしていて――」
《どごぉんっ》
シェルビーが戻るまでの間の会話を説明する流れになっていた中で、不意に爆発音のようなものが聞こえ、全員の意識が外へと向いた。
「……なんか、遠くから妙な音が聞こえたな? どう思うセシリア」
「ああ、かなり離れた場所のようだが……戦闘でもしているのか?」
「もしかしたら、朝のように冒険者PT同士がぶつかり合ってるのかもしれませんわね……?」
耳のいいシェルビーでも具体的な位置が把握できないほど離れているようで、即座に危険があるようには思えなかったが。
方角はある程度分かっているのか、セシリアが彼を見ると「ああ」と、その可能性に頷いて答える。
「本来のルートの方だ。あっち通ってたら、もしかしたら巻き込まれてたかもな?」
何が起きているのかは解らないが、面倒ごとになったのは間違いなかったようで。
占い師の言葉を信じた結果、こうして雨風凌げる場所で安全に夜を過ごせたのもあって、一層この少女への信頼が高まったのだった。
「――シェルビーさんも勤勉な方ですねえ。夜くらい、お休みになってもいいのでは?」
その後も散発的に続いた爆発音は、距離的には遠いままでやがて聞こえなくなった。
食後、ある程度安全そうな近くの小川で用を済ませた後は遺跡内で眠る事になったが、シェルビーだけは「俺は外を見てるわ」と、一人建物の外で警戒していた。
そんな中である。
他がそろそろ寝ようという時間になって、占い師が一人、シェルビーの元を訪れたのだ。
何の用事か把握出来ず、ただの雑談くらいのつもりなのだろうとシェルビーは考えて「気にすんなよ」と、外へ視線を向けたまま手をフリフリ。
雑な扱いではあったが、気遣ってくれているらしいと感じた少女は「まあまあ」と、適当な石片の上に腰かける。
「さっきの爆発、なんだったと思います?」
「戦闘だろうな。多分、冒険者同士の」
「つまり?」
「グラフチヌスの揺り籠争奪戦が起きてるんだろ」
「んー……やっぱりそう思いますよねえ?」
概ね正解だと思います、と、少女が頷いているのをチラ見し、シェルビーは小さくため息をついた。
「それも占いの結果か?」
「いいえ? これは……街で私がお聞かせした、『状況からの推理』って奴ですよ」
「ああ、そっちか……どういう推理だったのか聞いても?」
「んー、理屈はとても簡単なものなんですけれど……」
シェルビーの問いに、占い師は口元に指を当て「あのですね」と、爆発音のあった方角を見やる。
「私が最初にご一緒した、他の国の一団……あの方たちも、何かに追われたように急いでいましたし。貴方がたを見つけて迷いなく挑みかかった……のを見て」
「自分たちの目的を阻害する相手と見て潰すつもりだった、と。さっき俺達が話したのが大体当たってた感じか」
「そうですねえ。ただ、これが解っているからとあの占いの結果になった訳ではなくって。あくまで『あの占いを信じるなら』って感じで理屈を持っていった結果ですけれど」
順番が違うので、と、指を立てながらにはにかむ。
シェルビーも特に破綻した部分を感じなかったので「そうかい」とだけ返し、また外へと意識を向けた。
「こっちには誰かが来る気配はねえ。多分、こんな遠回りルート、誰も選ばないって事なんだろうな。皆一目散に最短を目指す……って感じか」
「一体何がそんなに人々を駆り立てるのでしょうか? グラフチヌスに、そんなに大層なご褒美でも待っているのですか?」
「待ってるんだろうな……あんたの『お友達』じゃないのか?」
「うーん、それはどうでしょう?」
色々な事をはっきりと言うこの少女が、はっきりと言い切れない部分が、そこにはあった。
肯定とも否定ともとれる曖昧な表情。
それそのものに何かありそうな、そんな『面倒ごとの気配』を、シェルビーは目ざとく感知していた。
この少女の事は信用できる。けれど、この少女の持つ何らかの事情は、自分たちにリスクとなりうるのではないだろうか。
そんな微かな疑念が浮かんでいたのだ。
「私の友達は、とても変わった人ですから。でも、人を傷つける事なんて考えた事も無いような人で、沢山の人を幸せにしたいと願っている、とっても素敵な人なんですよ」
「まるで聖人か何かみたいだな」
「うふふ、そうかもしれません。何せ慈愛の女神さまが救おうとしたこともあるくらいで――」
そのような素晴らしい存在がそんな場所にひっそりと暮らしているというのが、なんともうさんくさかったが。
だが、そんな聖人めいた存在が本当にいるというなら、会ってみたい気もしていた。
自分も、大分セシリアたちに毒されているのだと、そう自覚して、自嘲する。
(案外シャーリンドンみたいな奴かもしれないしな)
きっと面白い奴に違いないと思いながら。
別れた仲間の、拗ねた顔を思い出すのだ。
「なあ占い師さん、良かったらこのままグラチヌスに入って大丈夫か、占ってみてくれないか?」
「ええ、よろしいですよ。水晶を見てみましょう」
「いいや、水晶じゃなく、あんたの推理の方でだ」
「……私の? ですが、水晶で見た方が」
「あれはなんか怖いからいいや」
「……はぁ」
懐から水晶を取り出し占おうとしたのを止めてきたシェルビーに、どこか納得がいかなさそうな顔をしながら「解りました」と、思考を巡らす。
「……多分、このまま突入するのは危険だと思います。本来のルートで起きたあの爆発音が戦闘の音だというなら、そして、グラフチヌス争奪戦が起きているというなら、ダンジョンそのものを抑えようとする勢力が数多く入り込んでいてもおかしくありません」
「ルート策定はこのままでいいとしても、到着してからがヤバい事には変わらねえもんな」
「はい。現状のままでいけば安全にダンジョンまではたどり着けるかもしれません。ですが、たどり着いてからが問題となるでしょうから……」
そう、何が起きるのかは解らないまでも、面倒ごとが待ち受けているのは確実だった。
「避ける方法とかは?」
「昼間にも言いましたが、起きる問題を避けるなら、いつもと違う行動をとるか、引き返すか、あるいは……」
「『そのルートを通らない』って奴か? だが、入り口なんて他にはねえだろうしなあ」
「ええ、私もグラフチヌスの揺り籠に複数ルートがあるというのは聞いたことがありません。ただ、あそこはそもそもそんなに古くからあるものでもないですし……」
近年になって存在が知られるようになったダンジョンである。
この遺跡のように、誰も把握していないだけで、未知のルートが存在していてもおかしくはないが。
だが、それは言ってみればあるかどうかすら解らない博打に賭けるようなもので、最悪それが無駄足になった場合、時間的な浪費がそのままセシリアたちの状況に直結したリスクとなってしまう選択である。
「入り口から最奥に至るまで、俺は事あるごとに壁やなんかに触れて『隠し』がないか調べてたもんだが……そもそも違う入り口があったなら、その限りではねえ」
「そうですね。貴方がたが知らない私の『お友達』も、もしかしたらその先にいるかもしれませんし、ね」
大体そんな感じです、と、そこまで話、占い師は「よいしょ」と、石片から立ち上がる。
「戻るのかい?」
「はい。ちょっとシェルビーさんが気になっただけなので」
「俺が外の警戒するのなんて今に始まった事じゃないはずだが?」
「ええ、ですが、疲労はダンジョン内では大きな問題になるでしょうから」
「明るくなる前に大体セシリアが起きてくるからな。そしたら飯の時間まで仮眠をとるさ」
「そうでしたか。要らない心配でしたね。では私はこれで……」
「いつも肩に止まってる小鳥、さ」
屋内に戻ろうとしていた占い師の背を見やり、ふと気になっていたことを口にする。
一行が屋内に入るとともに占い師の肩から飛び立って、今はどこかにいるかも解らない、そんな小鳥である。
「あれは、なんて名前なんだ?」
「お友達からはフーレちゃんって呼ばれてる子です」
「お友達から?」
「ええ、お友達から」
それだけです、と振り返ってへにゃっとした笑顔を見せ。
占い師はそのまま、屋内に戻っていった。
どこかで聞いた名前だと思ったが、その時は思い出せず。
シェルビーもまた、外への警戒を再開した。
「――別の入り口を模索しよう」
朝、屋内での食事中、開口一番にセシリアがそう宣言し、その日の方針が決まった。
ダンジョンへの入り口は、複数あるかもしれない。
同じ場所を進めば他のPTとの戦いで足止めを受ける可能性を考え、別の入り口を探すべきだ、と。
これ自体は占い師の話からシェルビーも考えてはいた事だが、生憎とその『別の入り口』の情報は誰も持っていなかった。
「んで、何か当てがあるのか?」
「そういうのは無い。そもそもこちらは調査自体そんなに進んでない道の可能性があるしな。おかげで遺跡も発見できたわけだが」
「昨夜姉様と寝る前にルートとリスクに関してお話していましたが、姉様が『やはりこのままではいけないな』と言ってらっしゃった事……これですのね?」
「ああ、実際このままだと面倒ごとに巻き込まれそうな気もするからな。昨夜の爆発音を聞いて、その可能性がより高まった」
「魔物相手でもなきゃ、まあ大体は冒険者同士か賊か、いずれにしても人間同士の争いだろうからな。共倒れになってなきゃ、どっちか一方はそのままダンジョンに来るだろうし」
一つの入り口に複数のPTが入るなら、当然そこに争いが生まれる事もあろう。
今までそういうケースが少なかったから救われていただけで、ここからはそうなるかもしれないのだ。
そして、それを避けるための選択肢は、セシリア自身が既に選んでいた。
「間違いなく面倒ごとが待っているなら、それを避けた方がいいかもしれない」
「あるかどうかも分からねえ別の入り口を探すのか? 今から? リスク高くねえ?」
「だが、リターンも大きい。上手く違う入り口を見つけられれば、冒険者たちの妨害は避けられるかもしれない」
「……解かるけど。解かるけど、なあ?」
「私も、姉様の仰ることは解るつもりですが……どちらが正しいのかが測りかねますわ」
本当にそれでいいのか。
そういう迷いがシェルビーにもアルテにもあったが。
だが、セシリアは自信からか胸を張る。不安など無いかのように堂々と。
「既に遅れてるんだ。急ぎの為だからと無茶な事をして消耗するのは避けたい。ただでさえ、私達は目的を果たすための手段が限られているんだ」
「ああ、まあ、な。確かにそうだ」
「不要の戦闘で消耗するのは、後々を考えるとよくないですものね……解りましたわ」
直接の言及は占い師が居るから避けてはいるものの、時間的な制約に加え、今のセシリア達には大きな問題があった。
聖典奇跡を扱える名無しが居ない以上、ローレンシアを直接討伐する方法がないのだ。
ただこれに関しては、斬撃によって大ダメージを与えられたこと、ローレンシア自身があまり争いを望んでいないらしい事から、全く分のない絶望的な戦い、とはセシリアも思ってはいなかったが。
だが、それですら消耗していてはままならないのだ。洗脳の危険もある。
可能な限り、無駄な戦闘は避けたかった。
「――占いましょうか?」
そうした中で、占い師がヒスイの水晶玉を手に提案してくる。
会話の切れ目。ほんのちょっとの隙間に食い込むようで、三人ともが彼女を見た。
にこりと微笑み返してきた彼女に、セシリアは「頼めるか」と依頼し。
言われるままに、占い師は水晶を撫でる様にして覗き込んだ。
「うーん? これ、洞窟の、入り口でしょうか?」
「ああ、多分そうだな。見覚えのある入り口だ」
「間違いねえ。グラフチヌスの揺り籠だ。なんか、すげえ事になってるな」
「皆さん……武器を構えてらっしゃいますわ」
水晶に映しだされるのは、ダンジョン入り口前で睨み合う冒険者の集団。
かなり規模が大きいのか、どちらも大人数で、そして互いに道を譲り合う様子は無いようだった。
「なんかいかにも『僕たち今から殺し合います』みたいな感じだなあ?」
「これが今起きている入り口の状況だとするなら、こんなところに飛び込むのはやはり危険だ」
「そうですねえ。私も、水晶がこのように映すなら、とても危険な気がします。このまま進むのは、やはり危険だと」
占いの結果は、セシリアの意見を補強するようなものとなっていた。
結果的に、昨夜シェルビーが二人きりの時に聞いたものと同じである。
《トンッ、トンッ》
不意に、扉に何かがぶつかるような音が聞こえ、全員の意識がそちらに向く。
「なんだろうな……誰かいるのかっ」
《トンッ、トンッ》
警戒するシェルビーが問うも、返答はなく。
尚も扉にぶつかる音が鳴るばかりだった。
「ああ、これは――」
何かを察したのか、占い師が立ち上がり、扉に手を掛ける。
「あ、おい、勝手に――」
危ないかもしれないのに。
そんな危険の可能性を考えず、がらりと開けた先に立っていたのは……青い小鳥だった。
扉が開いたのを理解し、そのまま占い師の肩の上に飛び乗る。
「この子が叩いていたんですね。目覚ましか何かのつもりだったんでしょうか」
「ふふっ、よくあることなのです。すみません、お騒がせして」
「あんたの鳥だったからよかったけどよ、よく解らん奴や魔物がやってるかもしれねえから、一応気を付けてくれよ?」
「はい、次からは気を付けますね」
許してくださいね、と、手を合わせお願いしてくるので、シェルビーもそれ以上悪態をつくことはなく「まあいいや」と座り直す。
『ピピピピピピピッ』
「あっ――」
しかし、大人しく占い師の方に乗ったままでいるかと思いきや、すぐに飛び立ち、天井付近でばたばたと羽ばたいていた。
こつこつと頭を天井にぶつけながら。
まるで、そこから飛び立とうとしているかのように見えて「それは無理だろう」とセシリアたちは苦笑したが。
ある瞬間に「カチリ」と、何かの音がして……急に、建物が揺れた。
《ガチャ》
「えっ、あっ、おいっ、まさか今の――くそっ、扉を閉められたっ! セシリアっ」
「てやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
《ズドォンッ》
「ダメか……私の斬撃が通らないとは」
「皆備えろっ、何が起きるのか解らねえっ」
「えぇっ? な、何が起きるのですかっ? 姉様っ、怖いですっ」
「アルテ、私の傍に……占い師さんもこちらに来るんだ」
「あわわわわっ、い、一体何を――」
何が起きるのか全く分からない中、突然遺跡の中に閉じ込められ、建物全体が激しく揺れ。
やがて、ずん、と、ひと際強い振動と共に、揺れが収まった。
《チーン》
……と同時に、強固に閉められたドアが自動的に開かれ……目の前に、鬱蒼としたジャングルが広がっていた。
「えぇぇ……なんなんこれ」
「姉様、これは……ここは、ダンジョン内の……」
「ああ、間違いない……グラフチヌス内にあった、ジャングルパークだ」




