#80.ちょーじゅーよーぶんきてん
「――実は私は、各地で再会した友達に、ある場所で暮らすことを提案していたんですよ」
占い師の提案通り分かれ道を右側に迂回し始めてすぐ、占い師はまた、雑談のような話を語りだした。
セシリアたちも周囲を警戒しながら話に耳を傾け、どんな話が出てくるのか、と、内心でちょっと楽しみに感じていた。
つとつとと、ゆったりとした口調で語られる少女のその声が、なんとも癒される、可愛らしい仔猫の鳴き声のようで。
「レーゲンヴェリエの更に西に、誰も住まわない静かな世界が広がっているのだと聞きます。そこで、ゆったりと静かに、『自分たちだけの村を作って暮らしませんか』と」
「村を開拓するのか? そりゃ大仕事だな」
「でも、夢がある。気心の知れた友とそうやって暮らすなら、きっと苦難も苦難と感じず、目的のために頑張れるかもしれない」
「とっても素敵だと思いますわ。まるで物語の世界のよう」
誰もいない場所で、自分たちだけの村を作る事は、物語の中ではよくある話ではあっても、現実にはかなり困難が付きまとう大事業だった。
確かに今も、そうやって村を新たに開拓している地域はある。
だが、多くはそれは国からの公共事業の一環として、移民希望者や新たな就業希望者に住む場所や働く場所を提供する為のもので、この少女の語る様な夢のある話とは縁遠いものである。
だからこそ、ロマンを感じてしまったのだ。
少女も「えへへ」と、へにゃっとした顔になる。
「実現するにはかなり遠いとは思うのですが……それでも、私達には『時間』があるから」
「まあ、まだ若いもんな。その友達がどうかは知らんが、占い師さんくらいの歳なら、やりたいことをやりはじめるには全然遅くねえだろうし」
「シェルビーがそういう事を言うと、まるで自分が言い出すには遅いみたいに思ってそうだな?」
「そりゃ遅ぇだろうさ。俺なんて、子供から見たらおっさんって呼ばれる歳だぜ?」
もうくたびれちまったよ、と、手をフリフリ皮肉げに口元を歪めるシェルビーだったが、セシリアは笑い飛ばしたし、アルテも「そんなことありませんわ」と、眉を下げながらフォローしていた。
「私も、シェルビーさんはまだまだお若いと思いますよ?」
「そうかぁ? 俺が酒場で酒飲むかーって言ってるとシャーリンドンの奴、『おじさんなのでは?』とか言ってきやがったぜ?」
「シャーリィさんがそう言うならそうかもしれませんわ」
「そこは最後まで粘ってくれよ!」
あっさり変節するアルテに「参っちまうぜ」と、苦笑いを浮かべながら後頭部で腕を組む。
小さな笑いが起きていた。
「私も人生の大半が旅の中にありましたが、貴方がたはとても仲が良くって……見ていて楽しく感じられます」
「そう思ってくれたならよかった。ああ、今はいないが、別れた仲間達とも仲が良かったんだ」
「素敵なPTだと思います。人生に巡りあいはつきものですが、良い巡りあわせなくして良い人生はないものです……貴方がたは既にそれを引き当てているのですが、幸運な事ですよこれは」
そのまま口にすれば恥ずかしくなってしまいそうな事でも、少女はためらわずに伝えてくれる。
シェルビーなどは照れくささから頭を掻いたりそっぽを向いてしまったりしているというのに。
セシリアでも少し照れたように笑ってしまったりしているというのに。
「私の友達は……全てがそんな良き仲間だったとは言えない人達ですが……それでも、中には貴方がたが仲間を想うのと同じように、大切だと思う人も居て。だから、今は別れてしまっていますが、一緒に居たいのです」
「そういや、各地にバラバラに居るって言うけど、最初はそうでもなかったん?」
「一番最初はバラバラでした。けれど、ある出来事でみんな集まって……そこで仲良くなった人たちが居て、今は訳あってバラバラなのです」
「なるほどな。何があったのかは解らないが、それなら必ず見つけ出さないとな」
「はい……まだ、間に合うはずなのです」
楽しげに語っていた少女ではあったが、最後だけは神妙な面持ちで……どこか神秘的にも思える、そんな表情をしていたので、セシリア達も「きっと何かあったんだろう」と察して、必要以上には深入りしないように気遣っていた。
一時だけの仲間である。
聞かれたくない事もあるだろうし、必要ならきっと話すだろうから。
「――大分日が暮れて来たか。今日はこの辺で休もう」
「んじゃちょっとこの辺り見てくるわ。休むのにいい場所が他にあるかもしれないから、設営はちょっと待ってな」
「解った。気を付けてな」
「あいよ」
陽が落ち、空が赤焼けてきた頃、セシリアはそれ以上の移動は危険と判断し、足を止めた。
慣れた道なら多少無理をしても休憩ポイントにたどり着いてから休むつもりだったが、はじめて通る道である。
地図上にも周りに特に記載はなく、シェルビーがよさそうなポイントを見つけられなければ、この場での野宿が妥当だろうとセシリアは考えていた。
平坦で、比較的開けた場所。横になるにはいいポイントだった。
「シェルビーさんは、いつも率先して周りを警戒してくれますよね」
すぐ見えなくなったシェルビーに「はえー」と感心しながら、占い師はちょこんと、転がっていた丸太に腰かけた。
合わせて、アルテもセシリアも荷物を下ろし、一旦休みの姿勢を取る。
「斥候だからな。彼に任せておけば問題ない」
「私もそう思います……冒険者さんで、斥候やシーフをやっている方とご一緒する事も珍しくありませんが……あの方は、そういった職の方としてはすごく話しやすい方ですね?」
「そうなのか? まあ、経験が豊富らしいからな。色んな事を体験したんだろう」
「どんな経歴の方なのかは私も知りませんでしたが……姉様は、何故シェルビーさんを選んだのですか?」
「誰かを待っていたように見えたからだ!」
胸を張って答えるセシリアに、アルテも少女も首をかしげる。
「ええと、セシリアさん、それはどういった……?」
「シェルビーと出会ったのは酒場でだが、彼は自分と組む相手を探していた。彼に声をかけた中には新人PTも居ればベテラン冒険者も居て、彼は選び放題だった」
「それだけ、知名度があったという事ですの?」
「そんな感じだな。私は知らなかったが、きっと腕利きとして名の知れた人だったのだ、シェルビーは」
すごいよな、と、我が事のように誇らしげに語る姉を見て、アルテはもう嫉妬の感情を抱かなくなっていた。
少しだけ複雑な気持ちにはなっていたが、それでも。
「きっと仲間が欲しかったんだ。独りぼっちでいるのが嫌なんじゃないかなと思う。だから声をかけた」
「それって、セシリアさんは腕の良し悪しは気にしなかったという事ですか?」
「それは気にするさ。私の前にも声を掛けていた人がいたから、その辺りは心配していなかっただけで……だが、例え彼が腕利きでなかったとしても……そうだな、普通くらいの腕前の人だとしても、きっと私は迷いなく仲間に誘ったと思う」
あの瞬間大事だったのは、腕ではなく、彼という人がどんな人であるか。
ただそれを見ていて解ったから自分はあの時誘ったのだろうと、思い出しながらに語り。
(……初心者に対して、彼は決して雑に扱ったりはしなかった。彼らだけでなく、周りでそれを一人見ていた者にまで意識を向け、巡りあわせたりしていた……彼は、きっとそれができる人なんだと、私は思ったんだ)
自分より他者を気に掛けられる人。
きっとそんな人なのだろうと思った。
だからどんな悪態も笑って許したし、斜に構えていても気にならなかった。
そんな人だからこそ、背中を任せられると思ったのだから。
「実際、アルテも助けられただろう?」
「え、ええっと……そう、ですわね」
何より、指摘されてとても恥ずかしそうにうつむくこの妹が、彼の人格を保証している。
自分と別れた後のアルテが、爺やではなく彼に頼ったのだから。
そして彼は実際、頼られた際に力になったのだから。
(そうでしたわ。私、シェルビーさんのおかげで救われたのです。ああ、なんだかとっても複雑……最初は姉様に近寄る害虫のように思っていたはずですのに、いつの間に……)
(それにしてもいつものアルテらしからぬ照れ方だ……はっ、もしや、アルテはシェルビーに気があるのか……?)
(ですが、あの方がまともで頼れる方だというのは事実……これはむしろ、危険だと思わなくてはいけないのではないでしょうか……姉様を、とられかねないですし!)
(もしそうなら姉としては応援してやりたいが……歳の差もあるだろうし、ううん、難しいな)
互いに悩む姉妹に、占い師は「なんかすごい勘違いが生まれてそう」と、嫌な予感を覚え始めていた。
「ただいまっと。収穫があったぜ。この先に、地図にねえ遺跡っぽいものがある」
その後、ほどなくシェルビーが帰還。
雑談も一旦止まり、シェルビーが地図を広げ始めると、皆の視線がそこに集まった。
「この辺りは探索され尽くしてて、そんな情報があったらすぐに地図に書き足されるはずなんだがな……」
「ああ、俺もそう思って油断してたわ。地震か何かで埋もれてたのが出てきたとかかな?」
「長い時間を経て埋もれた遺跡が何かの拍子に出てくることは珍しくありません……ですが、遺跡があるからと探索する訳にも……」
アルテの指摘通り、新たな遺跡がそこにあったからと、そこに首を突っ込む時間はなかった。
ただでさえ通常ルートより遅くなる道を進んでいるのだ。
だが、シェルビーは「でもな」と、その遺跡のあるポイントに指を当てながら話を続ける。
「この遺跡、建物の方がかなりしっかりしててよ、確認したんだが、中で休憩できそうなんだよ」
「人が入り込めそうなくらいしっかりとした建物が……? それはまた……」
「普通では考えられないが、実際にそうだというなら、有用かもしれないな」
アルテもセシリアも、怪しいものを感じずにはいられなかったが。
だが空を見れば、うっすらではあるが雲が遠くに見えていた。
風向き次第では、寒くなるかもしれない。
降りそうな天気とも言えないが、万一雨に当てられるのは避けたかった。
「君はどう思う?」
「ふにゃっ? 私ですか?」
突然セシリアから話を振られ、占い師は気の抜けた声をあげてしまったが。
すぐに「こほん」と咳をし、真面目な面持ちで言葉を紡ぐ。
「ええと、一般論から言うなら、遺跡そのものの存在が不可解ではありますが、シェルビーさんの腕を信じるなら、そこに入ること自体は問題無い、ですよね」
「ああ、私もそう考えてはいるが。君はどう思うのかを聞きたいんだ」
「そうですね……とりあえず、メリットを優先していいのでは。雨風を凌げて、壁を背にすれば襲撃も防げる……これは、野宿にはないメリットのはずです」
「ああ、雨に当てられて風邪っぴきに、なんてのは避けたいから、そういう意味では間違いなくメリットだよな。襲撃の対処もしやすい」
魔物のみならともかく、朝のように他のPTから襲撃されることもあると考えれば、身を守りやすい遺跡は休息の場としては間違いなく野宿よりマシだった。
「よし、今夜はそこで過ごそう。シェルビー、案内を頼む」
「あいよ。こっちだぜ。そんな遠くはねえ」
先導するシェルビーに、セシリアたちは一旦下ろしていた荷物を背負い、再び歩き出す。
既に道は暗くなっていたが、誰もそんな事は心配せず、彼の後をついていった。




