#101.きえたせかいじゅとかみのまものたち
フレースベルグが着陸した先には、既に先客がいくらか、集まっていた。
ティアマート達曰く「先に向かった同胞」らしく、セシリア達には見慣れぬ人外の出で立ちをしたものばかりである。
「むう……『フォレスティエ』。『ガジョマート』。それに『カルノバ』。まだ生きてたなんて……」
「……? ケットシー。なんなのですかこの少女は?」
一行を出迎えた中で先頭の三人を見て、名無しが唸り声をあげる。
真っ先に反応したのは、一番前に立っていたリーダー格の神の魔物であった。
全身を植物で覆われ、髪のようになっている緑色の蔓に、艶やかなオレンジ色の花を咲かせていたその神の魔物は、口調こそ丁寧なものではあったが、名無しに対して疑心に満ちた目で見つめていた。
『我らの名前を知っているという事は、我らの眷属か、あるいは……神界の者なのではないか? かすかではあるが、神威のようなものも感じられる』
次に声をあげたのは、その右に立つ、おぼろげな姿をした神の魔物であった。
外見の輪郭が時折ブレて全く違うものが見えたり、男とも女ともつかぬ、どちらも合わせたような声が同時に放たれ、セシリアたちは酷く不気味なものを感じたが。
三人の最後の一人が「まあまあ!」と、ハイテンションに対応する。
「こうして無事フレースベルグ様達もきたんですからぁ♥ ケットシーちゃんもいるし♥ ローレンシアさんもいるし♥ ティアマート様もいるし♥ 狼老様もいるし♥ 鬱陶しいスケアクロウもシャドウも死んだし♥ 楽しく生きましょうよー♥ 楽しくー♥」
ウサギの着ぐるみを着た様な少女であった。
見た目ばかりはケットシーとそう大差なさそうではあったが。
だが、その歯はギザギザで、まるでサメを思わせる様に鋭くギラリとした光を放っていた。
「お前が一番危ないから警戒してるの。理解しろ殺神ウサギ」
「えーっ♥ 気にしないでくださいよー『大天使』さまー♥ あたしぃ、もう神殺しとかこりごりなんでー♥」
「だ、大天使っ!?」
『ちょっと待てカルノバ、お前今、この少女を指して大天使と呼んだのかっ!?』
それは、彼女たちにとって忘れられぬ天敵の一人であった。
いや、神の魔物ならば誰であっても戦慄するほどの。
最強の神の手駒だったのだから。
「カルノバ……サナキ様から聞いたことがありますわ。この世で最も多くの『神』を殺した神の魔物……」
「えーっ、地母神様ったら、そんなに私の事知ってくれてたんですかー? 嬉しい……嬉しいなあ♥ 生きててよかったー♥」
心底嬉しそうに歓喜の涙を流しぴょこぴょこ飛びながら「嬉しい!」と喜ぶ様を見て、シャーリンドンは自分で口にしたその情報を疑わしいものと感じてしまったが。
セシリアもアルテも、真面目な顔でカルノバを油断なく見つめ……いや、睨みを聞かせていた。
明らかな警戒。
ケットシーどころかフレースベルグやティアマート相手でも見せなかったそれを、疑心と共に。
「……カルノバの兎の話は、私の国にもわずかながら伝聞が残っている」
「『その兎、牙一つで相対した神々を……敵も味方も構わずに殺して回った』と、狂気に染まった人を指して『兎のようだ』とか『兎病になったんじゃないか』とか、古い時代に慣用句に使われていたほどだったとか……」
「そう。こいつは古代の神々や人間にウサギ恐怖症を植え付けた張本人」
だからウサギは今の時代も生き延びてるの、と、カルノバをじろり、睨み続ける名無し。
当の本人は「いやあ♥」とぽりぽり頬を掻きながら満面の笑みであった。
「大天使様からもそんな風に知られちゃうなんて、嬉しくなっちゃうなあ♥ あっ、別に今あたしが大天使様と気付いたわけじゃないですからね? あたしは世界中の声が聞こえる地獄耳って奴で―♥」
「その耳から聞こえる音は全て頭に叩き込まれるんでしょ。じゃあ、セシリア様達の事も解かるよね?」
「いぇーい♥ ミノス様をぶち殺した張本人御一行様でーす♥」
「ミノス様をっ!?」
『あの化け物を殺したのかっ!?』
最早今更となった反応に、シェルビーは「もしかして神の魔物と話す度にこういう反応になるん?」と疲れを感じ始めていたが。
幸い、これがあったからか「なるほど」と、一緒に立つケットシーやティアマートらに納得の視線を向けるようにもなっていた。
「……つまり、我々としてもきちんと出迎えねばならぬ『客人』という事ね?」
「ええ、まあ。当初の予定にはなかったんですが、色々と私達も事情があって~」
『まあ、大方ローレンシアが何かやらかしたんだと思うが……』
「えー、私の所為なの? ちょっとひどくないガジョちゃん?」
「じゃが、概ねそれであっておるようじゃのう」
「相変わらずやらかしてばかりっすねーローレンシアさん♥ あたしも見習わないと」
『見習うな、直せ』
フォレスティエ達の後ろにも他の神の魔物たちがいたが、名無し的には気にするほどの価値もないのか、あくまで先頭の三人……特にカルノバを注視しているだけで。
相手がどれだけの力を持っているのか、どんな存在なのかもよく解らないセシリアたちは、とりあえずは敵にはならないらしい事に安堵しながら「本当にこれだけいたんだな」と、神の魔物らを見やる。
大体が、動物や植物が人の形になったような異形ばかりである。
人間そのまま、みたいな外見の者は一人もおらず、また、魔族のような姿をした者もいない。
セシリアらの視線の意味を悟ったのか、ティアマートは「一応言っておくと」と、彼らの前に立つ。
「この場に居るのは、皆動植物が元になった神の魔物よ。だから自然に溶け込んだり、人間と関わらずに生きてこられた者達なの」
「そいつら全員、人間や神々に恨みを持ってた奴ら」
「えーだってしかたないですよー♥ 住処追われちゃったり―♥ 大切な子供殺されちゃったりー♥ つがいになった相手をシチューにされちゃったりしちゃったんですからー♥」
『話がややこしくなるからだまっててくれ……』
「少し静かにしてほしいわ、カルノバ……」
そのままでは険悪な雰囲気になりかねない事を言い出した為か、同じく先頭に立っていた身内からも窘められ「えー♥」と不満気味ではあったが。
カルノバは言われたとおりに近くにあった切り株にちょこんと座りながら、ニコニコと笑みだけを浮かべていた。
これでとりあえず話が進むと、誰ともなくほっとしたが。
「……人の業故に生まれたというなら、無理に対立する理由は無いな」
「ま、恨まれても仕方ねえって感じだもんな。それはそれとして、生きるために必要だからやったんだろうけどな、俺らのご先祖様も」
「えぇ……別に私たちは代表としてここに来たわけでもありませんし。一旦、その辺りの確執は横に置いていただければと思いますわ」
「ボクは許してなむぐっ」
「ポーターちゃんはシャーリンドンとちょっと拠点の設営頼むぜ?」
「わ、解りましたわっ、行きましょうポーターちゃんっ」
「むぐぐぐぐっ、はなして、はなしてーっ」
神の魔物たちを前に敵対的な視線を向け続ける名無しをシャーリンドンに押し付け、セシリアとシェルビー、アルテは「そういうのでどう?」と神の魔物たちに向き合う。
フォレスティエらもケットシーに視線を向け……この猫耳少女が迷いなく頷いたのを見て「そういう事なら」と頷き返した。
幸い、敵対する事はなさそうだと、互いに安堵する。
「――大事な事なんだけど、俺達はローレンシアをここまで護送する事が目的なんだよな。無事にここにたどり着けば、後はもう何かするつもりもなくってさ」
「そういう事なら、我らもどうこうするつもりはないわ。何よりフレースベルグ、貴方が気にしないのでしょう?」
『気にするも何も。我は今更この羽を散らすつもりはない。少しでも長く、我が子孫たちの行く末を見守りたい。それだけだ』
「それならば、私たちもそれでいいわ。この『聖域』は、私達の新たな安息の地。楽園となるはずなのだから」
邪魔さえしなければそれでいい。
そういうスタンスなのが分かり、セシリアたちもほっとする。
対立する心配はなくとも、やんわりとでも拒絶される可能性はあると思っていたのだ。
自分たちは移住者でもなく、単にこの場にいるだけの余所者。
これからここに移住する神の魔物たちにとって、イレギュラーな存在でしかなかったから。
「その……『トネリコ』は、必ず復活させますから……いつの日か、西の空に見える巨大なその姿を見たら、私達が頑張ったのだと思って頂ければ……」
「ああ、楽しみにさせてもらうよケットシー。とはいえ、別れにはまだ少しばかり早いが」
フォレスティエ達の側に立ち、もう今すぐにでもお礼を言い出しそうなケットシーに、セシリアは「まあまあ」と手を前に笑いかけ。
つまらなさそうなぶーたれ顔で焚火を起こし始めた名無しを指しながら「少しの間ここで休ませてくれ」と言い出すと、猫娘もまたにこやかあに「はい♪」と喜びの声をあげたのだった。
「――見つけました。やっと」
「本当によろしかったのですか、天使長様」
「もう、私は天使の長などではありません……」
楽しげに夜の入りを迎え、焚火を囲う人間たち。
まだ不慣れな様子で焚火の前に座り、緊張気味に猫耳帽子の少女から串焼肉を受け取る異形の者達。
のんびりと木の枝に留まりながら、そんな全員を悪くない顔を見やる、そのサキュバスをじっと見やりながら。
かつて神界へのゲート前を守り抜いた者達が、空に居た。




