0-4-5.5 先生と私 Ⅰ
私は名の無いハイエルフ。ハイエルフは数千年に一人の割合でしか生まれず、そもそもエルフが生殖行為をする事が稀だからもっと低い頻度でしか生まれない、とされているそうです。
私が先生と呼ぶ人は、そうであるという知識を基に呼んでいるだけで、私からすれば親の様な存在です。勿論本当の父と母はいましたが、それは先生が処分したそうです。
私には先生しかいないので先生の命令に従って同族のエルフの集落を壊滅させましたが、結局は他人だからか何の意識も湧いてきませんでした。終わったと報告した時に撫でられた感触は、親の温かみという物を感じたと思います。
ここだけの話ですが、私にはこれらが全て一度体験した様な感覚を覚えるのです。全く違う箇所も有れば、似通った記憶とも言えない感覚が私の脳裏に過ぎるタイミングがあります。
もしかすると私は一度この世界を――そんな事はあり得ないと思いますけどね。
エルフに伝わる神秘――先生曰く『魔術』と呼ぶソレを世に普及させる為に私を利用するという事は分かりましたが、先生が本気を出せばそんな事をせずに普及出来そうなものですが、どうしてやらないのかは聞きません。
初日は同族を殺しましたが、次の日からは訓練になりました。先生の要求するレベルはとても高く、しかし私ならギリギリ熟せる課題ばかりです。先生の観察力は凄くて、終わった後には私はいつも倒れそうになるのを堪えています。夜の訓練は自主的なモノなので「何もしない」というのも許されていますが、私は先生の期待に応えたくてそんな事はしません。
だって、私には先生しかいないから。
近接戦闘の訓練もしていますが、これは先生が魔力の尽きた時用の護身術だと語っていました。先生の分身は倒せますが、先生があいてになると私は簡単に倒されてしまいます。寸前で止めるなんて優しい事はなく、私も先生も有効打は思い切って放っています。
何度か胃袋の中身が地面に吐き出されましたが、先生はそれでは止まってくれません。蹴り起こされ、体勢を整えさせられます。
私はこれについて何とも思っていません。先生は訓練が終わればきちんと回復してくれますし、死に至る攻撃は手加減してくれているお陰で私はこうして元気にしているので。
そして数日の訓練で私は先生が言うところの体内魔力コントロールの理想的な状態を会得しました。
これは一度発動すると覚醒状態に入って自身と魔力の繋がりがより深くなる様に感じます。先生の分身との訓練で空間を歪ませた一撃を放った時は何とも言えない感覚を覚えました。
先生は狙って出せるそうですが、普通の人類種は狙って出せる代物でないと聞いてがっかりしました。ですが私は先生に取り上げられ、先生が直々に教える存在。狙って出来る確率を上げる方向に訓練を重ねる事にしました。
そして一週間が経ち、私は先生の課題を失敗しました。先生は私なら出来ると思っていたのに、裏切ってしまった。これ以上落胆させない為にも、私は先生の理想的な教え子であろうと決めました。だから私は夜の研鑽をより一層励みました。あの日の鋭い視線は二度と向けられたくらありません。あの目は、私に失望した目をしていました。
そしてそれと同じくらい私が誕生して数日は撫でてくれたあの手の感触は忘れられません。先生は厳しい人だから簡単には撫でてくれない。だから期待に応えたくて、最近は先生の言い付けを破る事にしました。
先生は夜は星を見て何かをしているみたいで、私はソレが何なのかわからないけれど、藁に宿る魔力を通して体外の魔力コントロールも身に付けようと思っています。
私に与えられた知識によれば体外の魔力コントロールは極めて難しいモノであり、習得にはどれだけ優れていても数年かかると言われていますが、私は先生によって様々な恩恵を与えられた存在。出来なくてはならないのです。
最初は寝不足で先生に心配されましたが、今ではすっかり慣れたもので睡眠と訓練を両立させられる様になりました。私が生まれてから二週間が経ち、先生は新しい魔術を一つ作れと課題を出しました。
思いつく限りの魔術は既に魔導書に記載されており、新しいという事は発展させたモノでは無いということです。私は発想豊かな存在ではないので大変困りましたが、五日かけて漸く答えを得られ、二日でその魔術を実現するに至りました。
初めの発想は、先生にも通用する時空系統でした。
これは流石に記載されておらず、日々更新される魔導書にも欠片もヒントが無い魔術の種でした。
思いつくのは簡単ですが、時空系統が効かないと断言した先生に通用する魔術を作るにあたってヒントとしたのは体内魔力コントロールによる空間の歪みでした。
先生の分身にも時空系統は効かないそうなのですが、その一撃はかなり受けたくないモノらしく、先生は避ける事に徹します。空間の収束と魔力の爆発は先生でも痛いと語っていました。
そこで私が考えたのは、ある空間一とある空間二を指定してその間の空間を歪ませ、捻じ切るという魔術です。
これなら時空系統を無効化出来る先生でも通用すると思い、理論を組み上げて魔術という形にしました。理論は適当で、体外魔力に相当する座標を指定してその間にある空間や物質をとある距離毎に百八十度強引に回転させていくという大雑把なモノ。
結果から言うとこれは成功し、先生にも認められました。
先生と組み手をする時に魔術ありの組み手を此方から提案して分身を捻じ切れたのは興奮しました。
「よく思いついたな」
未だ小さい私を、先生の大きな手で撫でてくれました。
私は、先生さえ生きていてくれればそれでいい。だけど、百年後には先生はいない。あの先生が断言したのだから、きっとそれは覆せない。だけど、今日みたいな事があるかもしれない。
だから私は先生の言葉を一言一句聞き漏らさず、忘れる事なく魔導書の最後のページから書き記していく。私も先生を見て記録の真似事を始めました。先生はページの無くなる事のない魔導書と言ってましたから、次のページが増えていくのだと推察しました。先生が初めを書いて、私が終わりを書く。交わる事はないけれど、なんだか二人だけの思い出を記しているみたいで、私は嬉しい。
これからも、まだあと百年近く先生と触れ合える。
一日一日を無駄にする事なく、私は先生と関わっていきたいと思います。先生には内緒ですが、私の想いは先生にしか向けていません。きっと気付かれているかもしれませんが、私は先生と魔術、マホウにしか興味が有りません。
この身体は幼く、成長しても先生の大きな身体には追いつけませんが、数十年後には先生に異性として認識される存在になりたいです。私をこんなにしたのは先生ですから、責任はきちんと取って貰います。
私は、エルフは、見初めた人に振り向いて貰えるまで、諦めたりしませんよ。
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