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初等科編7

 ハルスノ学園に入学してから三日目。

 朝食も昼食も、少食なために軽食で済ませてしまうおじさんは蒸かしたじゃがいもを、この世界で言えばマヨネーズ的な調味料をかけた後、出来たてほやほやなじゃがいもをあちあちっと言いながら大きく口をあけて食べ、あまりのホクホクとしたじゃがいもの舌触りに、んー! と言葉にならない声を叫び、恐らく満面の笑みで食べているのは簡単に想像がつく。

 目の前に手作りの野菜ジュースが置かれ、蒸かしたじゃがいもを食べることだけに夢中だったおじさんが顔を上げてみると、食べる姿を眺めて嬉しそうにノーリは微笑えんでいた。


 そんなノーリは優しすぎるのだ。少食気味なおじさんのために、文句も言わずに朝食や昼食を作ってくれると言ってくれた彼のあまりに優しすぎるその性格は長所でもあり、短所でもあるの。

 だけど、ノーリは誰に対しても優しすぎる態度を見せている訳じゃない。

 自分が大切にしたいと思う相手にだけに優しすぎる態度を見せるが、周りに常に作った微笑みを浮かべているのは、自分を恋愛対象として見ている人とか、自分の貴族と言う看板と繋がりが欲しい人に必要以上に期待させないように一線を引いた態度で接すると決めているからなの。

 だから、ノーリは本当に大切な相手にしか“本当”の微笑みを見せてない。


 自分の中で大切な人のためならば、その大切な人が傷つけられた時に容赦なく殺気をぶつけることも出来るし、どんなにその相手から好かれていようと、自分がその相手を好きでいようと……、例え自分の大切な人の一人だったとしても、一番優先順位の高い大切な人が傷つけられたらその時は情けをかけず、容赦がない行動を取るのもノーリの性格なのよ。

 けしてそれは自分のためではなく、……大切な誰かの思っての行動であり、自分のために殺気をぶつけるとしたら、自分の命に危険があった時のみであり、けして自己中心的な考えでノーリは行動をしたりはしない。


 だからこそ、常にノーリの側にいるおじさんに嫉妬していても、けして傷つけるような行動を安易に取ってはいけないし、人を見る目がある彼にとっては例え罪を擦り付けてきても、どちらが嘘をついているのかを見分けることはそう難しいことではないの。

 ……誰か、ノーリの周りで不審な行動を取らなきゃ良いけれど……。

 おじさんだってノーリのことを大切に思ってるよ? ……だからこそ、この微笑みを奪って欲しくないの。


「どうした? 急に怖い顔なんてして」


 ノーリにそう言われた。だから「んーん、何でもないよー」と答えようとした瞬間、相変わらずのクスクスと上品に笑いながら、親指でおじさんの口元についたマヨネーズを拭われたことで、そう言うことを遮られてしまった。

 ノーリは口元についていたマヨネーズを拭いてくれた親指を、近くにあったナプキンで拭いながら未だに何か可笑しいのかクスクスと上品に笑っていた。


「調味料ついてたぞ?」

「ん、ありがとー」


 器用なことにクスクスと何処か笑いながらも、そう言ってきたノーリに、笑われ続けて少しだけ不機嫌になってきたおじさんは拗ねたような声でそうお礼を言えば、それと同じタイミングで呼び鈴が鳴った。

 誰だろう? とそう思いながら、丁度良い温度になった二個目の蒸かしたじゃがいもを食べながら、ノーリと共に玄関へと向かい、ドアを開ければニコニコと微笑んでいるトーゴ先輩とハルク先輩の姿があり、どうしたんだろう? と口を動かしながら考えていると、当本人の一人であるトーゴ先輩がこう言った。


「もう朝食なのに食堂来ねーなぁと思ってよぅ、食堂のおばちゃんに聞いてみれば、朝食と昼食はここで食べねぇみたいだって聞いたからよ、少し心配になって様子を見に来た訳よ?」

 と、そんな言葉にノーリは珍しく自然な微笑みを浮かべながら……、

「ご心配ありがとうございます。クラは朝食と昼食は特に少食でして、決まった物しか食べないんです。

自炊するのも嫌いではないのです、本当は毎食自炊にするつもりだったんですけどね、学費に食事代も含まれているらしいですし……、夕食だけは折角なので食堂で食べようって話し合ったんですよ。気が利かなくてすみません、昨日のうちに話しておけば良かったですよね」

 と、そう言ったノーリに対して肩を軽く叩きながら、トーゴ先輩は……、

「まあ、気にすんな? 確かに痩せすぎなくらいに細身なクラトルには、朝食や昼食を食堂で食べるのはきつそうなのは見た目から見てもわかるし、大食いなハルクの食欲を分けてやりてーぐらいだぜ。食堂では周りの目を気にしてあまり食べないが、本来ならもっと食うからな。まあ、あまり偏食はするなよ? 身体に悪いからな」

 怒ると言うよりも、逆に心配されているような言葉を言われてしまった。


 そんな言葉を聞いて本当に、トーゴ先輩は器の大きい人だとそう思った。

 そんなことを内心で思いながら、だいぶ身長差のあるトーゴ先輩を見上げるように眺めていると視線に気づいたのか、おじさんと視線が合うところまでしゃがみ、微笑みながら懐から取り出したハンカチで口元を拭いてくれた。


「よし、取れた。

ほんと、抜けてるよなぁ。

うちのハルクに似てる、そういうところ」


 そう言った、トーゴ先輩の目は見たことがないくらい穏やかな表情だった。

 そんな表情を呆然と眺めながら、ありがとうございますとお礼を言えば、構わん構わんと言いながらおじさんの寝癖のついた髪をとかすかのように撫で、

「遅刻すんなよ」

 と、まるで子供を想う母親のような声で、トーゴ先輩は言った後……、

「また夕食を一緒に食べようね~?」

 ハルク先輩がそう声を掛けてくれた時には、トーゴ先輩はすでに歩き出していて、そう声を掛けてくれた後、慌てて追いかける姿を見て、時折不良のように感じさせるからわざわざハンカチを懐から取り出して、口元を拭いてくれたことに意外性を感じながらも、少しずつ遠ざかっていくそんな二人の背中を生暖かい目で見守ったのだった。


◇◆◇◆◇◆


 一時間目、座学。

 座学と言っても、竜騎士について学ぶくらいかなぁ。竜騎士科を含めた騎士科、魔法騎士科の三つの学科に入るためには一定の学力がなければ入れないの。

 その三つの学科は筆記よりも実技の方が、指導の優先順位を高くされているけど、ただ腕っぷしが良いだけでは肝心なところで失敗してしまう可能性が出てくると言うことで、何年か前からこの学園ではその三つの学科だけ、ある一定の学力基準を満たさなければ入れない決まりが出来たらしいの。それでも魔法騎士科の生徒は座学は多くなるみたいだけどね〜。

 まっ、この話はおいといて。ルト先生の授業に集中することにしましょう!


「えー。竜騎士には三種類のタイプがいる。まずは飛行タイプのドラゴンと契約している竜騎士だな。

主な仕事は飛行が出来る魔物退治だったり、戦争している大陸から攻撃が飛んで来ていないか確認したり、リノアノ大陸に異常が発生してないか確認することが担当している仕事だな。部隊の名前はそのまんまで、飛行竜騎士だ。

で、次は空は飛べるものの、竜騎士を乗せることが出来ず尚且つ低飛行しかしないタイプのドラゴンだ。見た目は蛇みたい奴で攻撃力が強いタイプだな。

一度、戦った姿を見た称号者の中ではクラトルやノリトと戦闘時の相性が良いタイプのドラゴンでもある。ちなみに飛行タイプのドラゴンは防御面に強いから、魔法攻撃の威力のあるアンリ、弓術や魔法攻撃が得意なリースとかが戦闘時の相性が良いタイプだ。

で、話は戻るが……、攻撃力が高いタイプであるドラゴンと契約した者を陸上竜騎士と言い、魔物が住むところの偵察、陸に生息する魔物の退治とかが主な仕事だな。で、ちなみに陸上竜騎士になった奴らは俺の部下になるからな、その時はよろしく頼む。……まあ、この訓練メニューに耐えることが出来たならばの話だけどなぁ」


 と、珍しく面倒くさそうな表情は消えて、物凄い意地悪そうな表情を浮かべてながらそう言ったルト先生。

 そんな表情に周りの生徒達は青ざめていると言うのにおじさんはのんきなことに鼻歌を歌っていた、また新しい情報が入ってきてとても嬉しかったから。

 長文を話していて疲れたのか、喉の調子を調えるかのように咳をした後、ルト先生はまた話し始める。


「んで、最後のタイプはなかなかいないんだが、古代竜と契約した竜騎士。

一番可能性があるとすればナナセだが、クラトルとノリトも契約出来る可能性がないことはないな。

古代竜は強い者と変わり者を好むから、例えば真面目な性格でもただの真面目では駄目だな。鉄壁じゃねぇーの? と思うくらいの真面目じゃないと興味すらも示してはくれないぞ。

まあ、クラトルとノリトの変わり者具合には絶対に食いつくのは間違えないし、契約するか云々は一先ずおいといての話だが。本当に運が良かったり、奇行を見せなければ気に入られて契約さられることはないだろうけどな。

ナナセの場合は実力もあるし、後は古代竜の気分次第だろうなとは思う。

で、古代竜と契約をした竜騎士は神殿を護るのが仕事なっている」


 ふへぇ、古代竜の思考回路は訳わかりませんな。変人を好む……ってうん?

 変人を好む……って。も、もしや!


「あのですね、ルト先生。ら、ラティー先輩ってもしかして……」


 と、おじさんがそう言い掛けた途端、ルト先生は口元に人差し指を当てるような仕草を見せたため、何となくあとで訳を話してもらえるんだろうなぁとそう思い、何でもありませんと取りあえずそう撤回して席へと座るのだった。


 一時間目の座学が終わり、案の定おじさんはお呼び出しをされて、ノーリの腕を掴み、引きずるように歩いていればルト先生はその小柄な体型の何処からそんな力が湧き出ているのかと言いたげな目で、歩調を合わせてくれながらとある空き教室のドアの前で止まり、そのドアを開けば……。

 そこには艶やかな微笑みを浮かべているジーシェ先輩と、凛とした王者の雰囲気を出しているラティー先輩の姿が見えた瞬間、やっぱりあの推測は合っていたのかとそう考えていた。

 その瞬間、ラティー先輩の雰囲気は一変し、面白いものを見たと言いたげな雰囲気を出しながらも、花魁のような深く独特な色気を放ちつつ、妖しい艶やかな微笑みを浮かべている。


「ふふっ、今までの中の称号者では最速な早さで見極められてしまったね。

まだまだ、俺も人の振りをする演技が甘いと言うことがわかったよ」

 と、ラティー先輩がそう言えば、相変わらずの口説くような口調で、

「私の方こそ、……メイクの腕を上げなければいけませんね。

そうではなければ、貴方が願ったこの学園に学生として通いたいと言う願いも叶えてあげることが出来ませんからね。ラティーが悪い訳ではないのですよ?」

 ラティー先輩を抱きしめながらそう慰めている、ジーシェ先輩。


 きっと……、ラティー先輩が顔を知られたくないと言ったのも、この学園に学生として通いたいとそう願ったのも、全てはジーシェ先輩を特別視をしてくる人達から守るためなのかもしれない。……照れ隠しだろうね、我儘としてそう望んだのは。

 それにジーシェ先輩は、我儘言われることに対して苦痛でもないんだろうし、ラティー先輩を特別視する周りからのあの視線からも守ろうとしているのもわかるし、例え自分が劣等生だと言われても契約した竜(ラティー先輩)がそう望む限り、それでも構わないと思っているタイプだね。

 ――でも、何故? 古代竜であるラティー先輩が太陽の称号者としてこの学園に入学出来ているんだろうか?

 そう疑問に持ち始めた時、その答えをあっさりジーシェ先輩が答えてくれる。


「実はですね、ラティーと出会ったのは僕が幼かった頃なんですよ。

その頃から変わった子供でしてね、人とは違う行動ばかりをしていましたら、たまたまその行動を見ていたラティーに気に入られまして、契約しようと言われたのです。当時の僕の思考回路は今となれば自分にとっても理解不能なものでしてね、のちのち古代竜だとわかった時には驚きましたが、契約を交わした理由が“特に断る理由もなかったから”だったんですよ。

で、それはともかく。ラティーの竜としての姿も、竜人の姿もとても綺麗だから確かに人として学園に通いたいと願ったのはラティーでしたが、そんなの私にとっては我儘にもなりませんし、竜の姿を見せなくて済むと思えば私にとっても嬉しいことだったのです。

だから、ラティーを古代竜だと知っているのはルト先生を含め、古代竜だと言われなくても気づいた一部の教員と、言われなくても気づいたここの学園内の中でも優秀な竜騎士として卒業して行った一部の卒業生しかいません」


 と、ジーシェ先輩は相変わらずの艶やかな微笑みを浮かべながら、口説くような甘い声でそう言った。


 そんなジーシェ先輩の言葉に納得ができ、うんうんと何度もおじさんは縦に首を振りながら、良い情報を得たと考えていると……、今度は自分が質問する番と言うかのような好奇心に満ちた表情を浮かべながらラティー先輩はこう聞いてきた。


「そもそも、何で俺が古代竜だってわかったんだ? 会議をしていた時には全く気づいていなかったのに……」

 と、そう指摘され、そう指摘してきた言葉に対して思わず可笑しさのあまり笑みを溢しながらおじさんは、

「大した根拠はないんですけど……。そうだと思った理由をあげるとするなら、古代竜が好む人間の条件が強いと言うことと、変わった性格をした人間だからですよ。だから、ラティー先輩はもしかしたら古代竜なのかな? とそう思ったんです。

だってそうでしょう? ジーシェ先輩はおじさん以上に変わっているのに、少しだけ変わった奴なんだと言えてしまうくらいの包容力を持っているとしたら、きっと古代竜くらいなんだろうなとそう思ったからですよ」

 と、そう答えれば、きょとんと呆けたような表情をラティー先輩は見せる。

 何故か、そんな反応が可笑しくて堪らなくて、おじさんは思わずクスリと声に出して笑ってしまった。


「君は不思議な子だね」


 ラティー先輩はそう呟いた。おじさんは何故、そう言われたのかがわからず首を傾げていればクスクスと上品に、艶やかな笑い声で笑われてしまい、理由もわからないまま笑われているのは流石に少しだけ不快だとそう思った。

 が、ラティー先輩はそう思っていることを知りつつもこちらの方へと近づいて来て、男性とは思えないような細くて、血が通っていないんじゃないかと思うくらいの真っ白な指の指先でおじさんの顎を撫でた後、ゆっくりとした動作で顔を耳元まで寄せて来て、こう言われた。


「神殿は退屈だよ、身動きが今のようには自由に取れなくなってしまう。

神殿の奴等にスケジュールを縛られて、自由を好む君には向かないだろうね。

勿論、俺もだけれど……、それでもジーシェと契約をしたのは、例え自由のない縛られた世界だろうと、ジーシェはきっと俺を飽きさせないと思ったからだ。

君は人よりも、我々との方が感性が似ている。だから、あえて忠告しよう。

古代竜とは契約をするべきではない。もし、古代竜と契約したいと言うのなら、稀に人に近い感性を持った古代竜がいる。そういう古代竜を見つけて契約するんだな、そうでなければ君は神殿専属竜騎士の役目など耐えられる訳がない」


 何故、そう言う風に言い切れるのだろうかとおじさんはそう思った。

 その疑問を読み取ったかのように、ラティー先輩は続けて内緒話をするように耳打ちをしてきた。


「ジーシェも感性が古代竜に近い人間であるからとも言えるし、俺は彼以上に人らしい感性を持ち合わせているからと言う理由から忠告をしただけだから、そこまで思い悩む必要はない。もし、君が古代竜と契約するとなった時に思い出してくれれば良い。今はただ、竜の戯れ言として記憶の奥底へとしまい込んでくれていて構わないから、そう言っていたことだけは忘れないで欲しい」


 そう言ったラティー先輩の声は、何処か悲しげで苦しそうだった。

 過去に契約者と何かあったんだろうけど、おじさんが聞くべきではないと思ったから、無言のままラティー先輩が離れていく姿を見送ることにした。

 長年生きているのだろうから、辛いことだってあるだろう。……世の中、幸せなことばかりではないのだから。


「聞きたかったことはそれだけかな?」

「ええ、そうですね」


 そう聞かれ、おじさんは内心で思っていた疑問を伝えることなく、とっさに浮かべた営業スマイルをしつつ、そう返事をすれば、そう聞いてきたはずのラティー先輩が、後輩に気を使わせて悪いと言うような表情でもあり、聞かれなくて助かったと言う安堵のような表情を浮かべていた。

 それでは失礼しますと言った後、おじさんは前を歩く二人に気づかれないように後ろを振り返り、ラティー先輩だけにこの言葉を読み取れるような角度で、声に出ずにこう言った。


『貴方が聞かれなくて助かったと思った疑問は、話されるその時まで聞くつもりはありませんから。話したくなければ、おじさんは一生聞くつもりはありません。だっておじさんは貴方の後輩であっても、貴方と契約をしている訳ではありませんので』


 そう一方的に口パクで言い残した後、おじさんはもう振り向きもせずにこの教室から立ち去った。

 さて、次は実技だなと呟くルト先生の背中を眺めながら、一方的に言い過ぎたかしら? と反省しつつ、やっぱり初日だから竜とは契約せずに施設の紹介をするのかなぁー……とそう考えながら隣で歩いているノーリに撫でられることを、抵抗せずに受け入れるのだった。



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