近衛騎士ルーカスの願い
王族にはそれぞれ担当の近衛騎士が付く。
ルーカスもその近衛騎士の一人だ。子爵家の四男ながら、その剣の腕前で十八歳で近衛騎士になった。
間者を捕らえたり、禁止薬物を持ち込もうとした商人を犬並みの嗅覚で摘発したり、その類いまれな騎士としてのセンスで入隊からたった四年で第二王子付きの騎士となる。さらにルーカスは、その弟気質からか近衛騎士たちだけでなく王宮の使用人たちからも愛されている。
「なぜか憎めない奴」。これが王宮でのルーカスの評価だ。
「お前な、日誌を絵で描くなと何度言えばわかるんだ」
「この方が一目でわかりやすいっすよ」
「お前の絵が下手くそ過ぎて、毎回難問なんだよ」
交代の引き継ぎ中、いつものように先輩騎士から小言を頂戴していたルーカスは、執務室に戻ってくるレオンハルトの姿を見つけた。
「殿下、おはようございます」
第二王子が登場してしまったら先輩騎士も黙るしかない。二人は直立してレオンハルトを執務室の前で迎えた。レオンハルトが頷くと、先輩騎士はまだ何か言いたそうにルーカスを見ながら持ち場を離れる。執務室に入れる近衛は一人だけだ。ルーカスはいつものようにレオンハルトと執務室に入った。
レオンハルトの登場はいつもより一時間以上も遅い。しかも、その顔はかなり疲れて見える。
ルーカスはレオンハルトを心配しつつも、いつもの通り邪魔にならない場所に立つ。ルーカスから見れば、どれだけ疲れていても年下であっても、レオンハルトはとても格好いい。この人に忠誠を誓えたことは誇りだと、今日もルーカスは一人満足していた。
そんなルーカスに、突然レオンハルトが声を掛けた。
「昨日は休みを堪能できたか」
ルーカスにとって半年ぶりの休暇。自分の不在をレオンハルトが認識してくれていたことに、ルーカスは嬉しくなった。
「はい! 殿下のご厚意で頂戴した休暇、とっても満喫しました!」
元気いっぱいのルーカスに、レオンハルトは苦笑いする。声が大きいのだ。そうか、と答えるとレオンハルトは執務に取りかかろうとした。
「あの、殿下」
レオンハルトの態度に、少し不満を持ったルーカスの声が思わず漏れてしまう。
「何だ?」
レオンハルトが首を傾げる。
「気になりませんか? 俺の休暇の話」
レオンハルトが考え込む。まるで、どこに気になる点があるかというように。ルーカスにますます不満が積もる。
「半年ぶりに独身の男が休暇を取ったのですよ。普通、気になるでしょう」
「そうなのか? では、何があったのか教えてくれるか」
「それは秘密です」
「……」
レオンハルトは固まった。まるでルーカスという人間が理解できないというように。
「そうか」
「でも、殿下がそこまで仰るなら教えてもいいです」
「……」
執務に戻ろうとするレオンハルトに、ルーカスが畳みかけた。レオンハルトはため息を吐いた。
「兄上がよく、『妃はこちらが聞いても教えてくれない。しかし聞かないと機嫌が悪くなる』と愚痴を零す。今、兄上の気持ちがよく理解できた」
レオンハルトは首を振った。そんなレオンハルトなんてお構いなしに、ルーカスは目を輝かせた。
「俺、昨日、指輪を買ったんです」
普段のルーカスからはとても出そうにない話題に、さすがのレオンハルトも少し興味を持ったようだ。ルーカスの目をまじまじと見つめ返した。
「俺、今日、プロポーズするんです」
そう言うと、ルーカスは照れたのか頬を染めた。
「今日? 大事な、いや、夜会があるのにか?」
「夜会があるからこそです」
「確かに夜会があるから王宮には多くの貴族が来る。なるほど、上手くいくよう願っている」
「そこで、殿下にお願いがあるんです」
ルーカスは持ち場を離れて、つかつかとレオンハルトの目の前まで来た。レオンハルトが仰け反った。
「俺が指輪を渡すタイミングを、教えて欲しいんです」
「……私が?」
「殿下しかいません」
「しかし今日の私は、きっと縁起が悪い」
「縁起が悪かろうが、俺は忠誠を誓った殿下の指示に従いたい!」
「……」
レオンハルトはみぞおちを押さえた。しばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりとルーカスに視線を合わせた。
「ルーカス。今じゃない」
――気安く話してくれる普段のレオンハルト様の表情ではない。第二王子の顔だ。
ルーカスは頭を下げて素早く持ち場に戻る。
確かに、相手がこの場にいない今ではないな……ルーカスは、レオンハルトがいつ合図を出してもいいように、今日一日、レオンハルトの言動にはいつも以上に気をつけようと鼻息を荒くした。ルーカスは思った。
――今日の殿下は、いつも以上に真剣だ。そして格好いい。
主な人物が出揃いました。不幸な人、不幸にさせる人、様子のおかしい人…。
色々な歯車が、噛み合ったりズレたりしていく様子をお楽しみ下さい。
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