クララの感情
「よく寝た……って言うか、寝過ごしたわ」
クララはベッドから出ると軽く伸びをした。視界に入る青のドレスをチラリと見ると、そのまま階下にあるダイニングに下りた。
「おはようございます、お嬢様……って、寝間着のままじゃないですか!」
クララの祖母ぐらいの年齢の侍女マータが、クララの格好を見て目を剥いた。クララは気にせず、テーブルの上に準備された朝食のフルーツを一つ摘まむと、そのまま口に入れた。
「お嬢様!」
「もう、煩いな。こんなに自由に過ごせるのも、あと少しなんだからいいじゃない」
クララが拗ねると、マータは思わず黙ってしまった。
クララの生まれ育ったローゼ男爵家には、侍女はこの老婆一人しかいない。あとは、料理長兼執事の老人と、御者兼雑用係の青年だけだ。
クララが物心ついた時には、母親はもういなかった。死んだのか、それとも出て行ったのか。それすらも聞けない雰囲気の中でクララは育った。
「お父様は?」
「もう、お出かけになりましたよ。お嬢様も夜会の準備がございます。早く朝食を召し上がって下さいませ」
マータはそう言うと、クララの朝食の準備を始めた。クララはいつも通り、ひとりテーブルに着いた。
ローゼ男爵家は、もともと弱小貴族だった。領地も持たず、名声も功績もない。何代か前の当主が一山当てたらしく、平民から成り上がった貴族だ。
勢いが良かったのはその時まで。あとは経営センス皆無の当主たちが財産を食い潰していき、例に漏れず現当主である父親も金策に走る毎日だ。
そんな時に降って湧いた第二王子との縁。男爵家の面々はとても盛り上がった。
今日は朝食が済んだ後に、マータがかつての侍女仲間を呼んでクララを飾り付けるらしい。
クララはまるで他人事のように、はしゃぐマータを見ていた。
朝食が済むと、これまたベテランと言っても差し支えのない年齢の侍女たちがローゼ家に集まった。クララは何も言わずに、ベテランたちに身を委ねる。
生まれて初めて受けるボディケアやヘアアレンジに、クララのテンションも徐々に上がっていく。
「なんて素敵なドレスでしょう」
「こんな生地、触ったことないわ」
侍女たちが声を上げる。クララは姿見に映る自分を見た。
ドレスはとても綺麗だ。贈られた首飾りは見たことがないほど輝いている。
クララは鏡に映る青色のドレスをじっと見つめた。
「綺麗……」
「お嬢様、とてもお美しいですよ」
思わず零したクララに、マータが笑顔で話し掛ける。
クララは何も考えないように焦点をぼかした。そしてにっこりと微笑むと、こう言った。
「本当に綺麗な色のドレスね。私は幸せ者だわ」




