エレオノーラの決意
まどろんでは目を覚まし、寝たのかどうかすらわからない。重い瞼のまま、エレオノーラは朝を迎えた。
ヨハンナがいつもと同じ無表情のまま、淡々と朝の支度をする。昔からヨハンナは勘が良い。エレオノーラは努めていつも通り行動した。
朝食は好物のオムレツだったが、さすがに喉を通らない。夜会があるからと言い訳をして、エレオノーラは朝食にほとんど手を付けなかった。
朝食後、父である現侯爵に呼ばれた。
レオンハルトと男爵令嬢の件は、とっくに父も知っているだろう。しかし、エレオノーラのことを思ってなのか、父もその話だけは一度もしなかった。
しかし、もう限界だろう。
本来ならば挙式の日取りが決まってもおかしくない時期。これ以上、父に心配を掛けられない。
エレオノーラは心を決めて、父の書斎の扉をノックした。
「おお、エレオノーラ」
侯爵はそれだけ言うと立ち上がり、一瞬ためらった後、エレオノーラを抱き締めた。まるで娘を嫁に出す父親のように。もう涙は流さない……そんなエレオノーラの昨夜の決心が、思わず揺らいでしまいそうになる。
エレオノーラはぐっと息を飲んでから、努めて明るい声を出した。
「お父様なら、すでに色々とご存じでしょう」
エレオノーラの顔を心配そうに覗き込んだ侯爵の顔が歪む。
「ああ。しかし……」
「残念ながら、きっと事実ですわ。とうとう、夜会のドレスも届かなくなりました」
エレオノーラは、心配しないで、と心の中で叫びながら、侯爵に向かって無邪気な笑顔を作った。
娘が無理をしていることぐらい侯爵には痛いほど伝わっている。だからこそ侯爵も、安心しろと思いながら、無理に笑顔を作ってみせた。
「婚約の要請があった時、お父様もお母様も最後まで反対して下さいましたものね」
「私ひとりになってからは、どうしても断れなかった。すまなかった」
エレオノーラは首を横に振った。
「今夜の夜会では婚約破棄を言い渡されるでしょう」
「ああ」
「お父様。私、楽しみなんですよ」
娘から出た意外な言葉に、侯爵は目を丸めた。その表情がおかしかったのか、エレオノーラに作り物ではない笑みが零れる。
「婚約破棄されたら当初の予定通り、私が侯爵家を継ぎます」
「も、もちろんだ!」
「王室から、きっと少なくない慰謝料も出るでしょう」
「それはなんとも言えないが……小さくない額だろうな」
「でしたら、それを元手に我が侯爵領に流れる川に橋を架けましょう。交通や流通も良くできる。それに、有料でも橋を利用したいという商人たちも少なくないでしょう」
侯爵は言葉が出なかった。婚約者の裏切りに心を痛めてばかりいると思っていた娘が、慰謝料を元手に領地のために動こうとしている。
誰に似たのか。いや、聞くまでもなく妻だな、と侯爵はひとり考える。
「お父様?」
エレオノーラの声に、侯爵はハッと我に返った。そして頭の中で算段する。確かに悪い案ではない。むしろ、なぜ今まで思いつかなかったのか。娘に対して感じた悔しくも嬉しい気持ちを隠して、侯爵は深く頷いた。
「よし。夜会が終わったらすぐに橋の建設について話を詰めよう」
エレオノーラは嬉しそうに頷いた。
「だから、しっかりと夜会に参加してきなさい。お前が戻る家はここだけだ」
侯爵が檄を飛ばす。力強く頷くエレオノーラの気持ちは、もう揺らぐことはなかった。




