第二王子のみぞおち
「殿下、ご報告が二点ございます」
王宮にある執務室の一つ。まだ煌々と灯る明かりの下には、レオンハルトが一人執務机に着いていた。側近の一人である宰相補佐官は、入室すると素早くレオンハルトの側に立った。
書類から目を離したレオンハルトは、補佐官に片手を挙げると目頭を押さえた。前回休憩を取ったのは何時間前だったか思い出せない。
眉間あたりを揉むレオンハルトの顔には、色濃く疲労の色が広がる。
その顔にギョッとした補佐官だったが、平静を装って口を開いた。
「本日の夕方、ローゼ男爵家へドレス一式を届けました」
「そうか」
レオンハルトは目を閉じたまま短く返事をした。補佐官が何か言いたそうにレオンハルトを見つめる。
「何だ?」
「……いえ」
「いいから言え」
レオンハルトの言葉に苛立ちが混じる。補佐官は意を決した。
「確認です。クララ・ローゼ男爵令嬢へのドレスの色は、あの、殿下の瞳の青色でよろしかったでしょうか。間違いなら今からでも……」
「構わん。間違いではない」
補佐官は口を閉じた。
第二王子と男爵令嬢との恋の噂は、今、王都で一番の話題である。皆、口にはしないが側近たちの耳にもしっかりと噂は届いている。他人から聞かれても肯定はしないが、立場上、噂は紛う事なき事実だと補佐官は受け止めるしかなかった。
スケジュールの調整をして男爵令嬢との逢瀬の時間を作り、夜会の度に男爵令嬢のためのドレスを手配してきたのは、自分たち補佐官なのだから。
補佐官は、レオンハルトに聞こえないほどの小さなため息を吐いてから再び口を開いた。
「続けます。先ほど、エレオノーラ・フォン・ローゼンベルク侯爵家のご令嬢が手紙を受け取られたと報告がありました」
レオンハルトは表情を変えず頷いた。目頭を押さえていた左手がみぞおちに移動する。
それだけ言うと、補佐官は礼をして執務室を出て行った。執務室は、またレオンハルトだけになる。
レオンハルトは、そっとみぞおちを擦った。
エレオノーラへの手紙は昨夜書いた。
書いては捨て、また書いては破り。結局、短い一行を書くのに一晩かかった。
手紙が夕食後に届くように手配したのは、せめてもの罪滅ぼしのつもりだ。
しかし、こんな苦しい時間も明日まで。
明日になれば、きっと新しい景色が見えるだろう。
そう考えると、みぞおちの痛みが和らいだような気がした。
レオンハルトは椅子に座り直し、再び書類に視線を落とした。
明日からは一話ずつの投稿となります。




